021 その価値がわからない



年上らしく先輩らしいアドバイスなどひとつもしてやれなかったわたしとシリウスはとても情けない先輩であり兄姉であるなあという結論に(一人で)行き着き、しかしそれでもシリウスの弟はさすが名家の優等生である。注意して見ると頻繁にミューちゃんと並んで歩くその姿を見かける上に、なんと以前はミューちゃんがペラペラペラペラ喋り歩いているのをことごとく無視しているだけだったのに今は適当に相槌を打ち、それどころかたまには話題を提供してやり、結構な割合で意義のあるのかないのかの議論に発展しているようである。つまり、レギュくんとミューちゃんは、ハタから見れば友達に見える、おしゃべりをしているのだ。というかレギュくんが歩み寄りの姿勢を見せている。わたしとシリウスはよくわからない感動を覚えつつ、「よくわからんがこのまま仲良くなっちまえヨ!」とノリノリな手紙をレギュくんに送ったのが一週間前のことである。当然のように返事は来なかったけれど、正直言って、彼らの抱える問題というのは、レギュくんの方さえ両手を広げてまでとはいかないがガードさえ緩めれば、順調にものごとが進展するとわたしは思っていたのだった。レギュくんの頑なささえなくなれば、いつも馴れ馴れしいミューちゃんのことなのだし、隙を逃さず入り込んでくれることだろうと、わたしは予想していたのである。

さてそんな後輩ウォッチの日々がしばらく続き、3月も下旬になった頃。

今日も何かヒマ潰しになるような面白いヤツはいないかなー、とハグリットの家の付近をうろついていた昼下がりのことだった。マイラブ・ベストフレンズのみんなはどいつもこいつもクィディッチだの勉強会だのデートだのと付き合いが悪いったらない。カイは公務で城におらず悪戯ツインズは遊びに出かけ、後輩コンビも授業中。ハグリットも今日は畑の世話に忙しく、面白い魔法生物はいないかと森の入口をブラブラするも、なんとなく一人なのが寂しい。寂しくて泣いちゃうぞと目をうるませてみても、慰めて抱きしめて愛でてくれるシリウスがいないので意味がない。孤独な時間だ、と唇を突き出して、城の周りをランニングしていたころ。ふと見ると、ホグワーツの長い階段の一番下のところに、見知った貴婦人の姿があるじゃないか。相変わらずの美貌と高貴な召しものに感心しながら、わたしはそちらへと向かう。階段を駆け降りていくと途中でわたしに気付いた彼女は、わたしに綺麗な笑顔を見せてくれた。

「ヴァルブルガさん!」
「千智ちゃん」
「お久しぶりです」
「少し見ない間に、また綺麗になったみたい」
「え、あ、どうも……」
「……ふふっ」

会うのは数回目になるけれど、わたしの向こうに懐かしい人の姿を見て、未だによく目を細めるヴァルブルガさん。この綺麗な人に、憂いの表情は似合わない。彼の言うような、ヒステリックな表情も、きっとまた。ん。というかヴァルブルガさん、ホグワーツに何の用事だろうか。正式にアポをとってる訪問ならばハグリットは畑なんかに掛かり切りではないはずだ。階段を昇ろうとする彼女に「正門はハグリットしか開けられないし彼は今畑仕事に忙しいので、わたしが案内しますね」と言うと顔を綻ばせて「そう?じゃあお願いするわ」と頷いた。

「ご用事、校長先生にですか?」
「いいえ」
「じゃあ、……授業参観とか?」
「ええ」
「え、マジですか?」
「ちょっと様子見に、ね」
「授業参観かー。いいないいな。わたしもガッコ通ってましたけど、親死んでるんで誰も来てくれなかった」
「ふふ。私で良ければ来るわよ?嫁姑になるのだしね」
「まったまたー。はは。じゃー、まあ、今度」

雑談しながら、ぐるりと回り道して庭を通り城内へ入る。歩きながら、一番道に迷いにくいスタンダードな道順はどうだったっけと思案していると、隣から声がかかる。

「千智ちゃん、道が違うわ」
「え?合ってますよ。塔へはこっちから階段を昇って……」
「グリフィンドールじゃないのよ」
「……へ」
「私が行きたいのは、スリザリン寮」
「…………」

もし今の時期でなければ、はあ、すみませんとマヌケな声を返して案内し直すところだけれど、わたしは反射的に一瞬、硬直した。用があるのはグリフィンドールでなくてスリザリン?否、授業参観、否否、様子見、だったか。グリフィンドールでなくスリザリン。ということは、シリウスでなく、今回はレギュラス・ブラック。そして優秀で完璧の良いご子息であるレギュくんが、様子見されるようなことといえば。

「……レギュくんなら、多分、今の時間は魔法生物飼育学ですよ」
「あらそう。でもレギュラスに会いに来たわけではないから」
「…………」
「ミュー・ポップス、だったかしら?」
「ヴァルブルガさん」
「彼女なら、いるでしょう」

ああ、ここでペアレント・ストップか。せっかくいいカンジだったのに。やっとレギュくんが疑問を持ち、相談し、自分で考え、行動して、進展しようとしていたというのに。ここで親が入るのか。ミューちゃんが立場上マグルである以上、レギュくんと前以上に仲良くなることを、スリザリン気質の人間が見逃すわけがない。わかっていても、やはり相容れない。自然と立ち止まっていた足を、動かすつもりはない。ヴァルブルガさんは笑顔を崩さない。わたしは笑顔を作れない。この人には、お母さんのことで言ってないことがある。そしてだから、他のことで偽りたくない。でも、でもこれは。

「──やめて、千智ちゃん。そんな目で見ないで頂戴」
「……すみません」
「仕方がないのよ。私だって本当はこんなことしたくない。でも見逃すわけにはいかない。私達はあの子まで見過ごすわけにはいかないのよ。もう失敗は許されないの」
「──『失敗』、ですか」
「……怒らないで」
「怒っちゃいませんよ。ただ、わたしにも色々ありましてね、そういったワードにはちぃっとばかし敏感なだけでして」
「……ブラック家はもう、後がないの。あの子しかいなくなるのだから。だからあの子が必要なのよ」
「……わたしには、わかりません」
「千智ちゃん」
「わたしには、わかりません。あなた達が生涯をかけて守ろうとしている家の大切さが。あなた達が自分の命を、子供の命までも犠牲にしてでも護ろうとする、今の地位の価値が。わたしにはわからないんです」
「…………」
「ヴァルブルガさんは、怖くないんですか?人を殺して、自分も死ぬかもしれない。夫が、子供が、人を殺して、殺されるかもしれない。生き残っても、人に恨まれて、憎まれて、呪われて、そうやってずっと生きていく。人を信頼出来なくて、泣くことも出来ない。ヴァルブルガさんは、怖くないんですか?それとも、生まれた時に身も心もあの方とやらに貢ぎましたか」
「…………」
「…………」
「……駄目よ、千智ちゃん。私は、私達は、ブラック家は、あの子まで失うわけにはいかない」
「…………」
「その子のところへ、案内して」


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