020 ドラゴンの末路



「いくらお前が不安になったって心配したところで、結局どうこうするのはあいつらじゃん。仕方ねーだろ?」というのは、マイダーリン、かっこハートマーク、のシリウス・ブラックくんである。彼はどうして、こうも顔立ちが整っていて髪の毛のツヤも上々、というかアゲアゲで、声なんかもう耳元で囁かれると腰も砕けそうなくらいにセクシーで、そして手があたたかいのだろう。すれ違った女子生徒が軽くときめいたような表情をするのでその時わたしはいつも彼女達を睨みつけそうになるのを必死に抑えているのであるが、いくら真剣に悩んだところでそんなのシリウスがバカかっこいいからに外ならない。だから悩んでもムダなのだ。仕方がないのだ。それにまあシリウスはわたしのものだからいくら他の女の子にときめかれたところで黄色い声をあげられたところで熱視線向けられたところでこちとら彼女の余裕というかナナメ上から目線でしっかりと落ち着きを払い至って冷静に平静で爽やかな笑みを絶やさずにいられるはずなのであるそう、いくらモテたところで。いくらモテモテモテモテモテモテモテモテモテモテモテモテモテモテモテモテモテモテモテ…………

「仕方なくなーいっ!」
「うん!?え、ああゴメンゴメン!そっか千智にとっては可愛い後輩だもんな!ほっとけないよな!」
「うん?あれシリウス、なんで謝ってんの?謝らなくていいよ。むしろ謝るならかっこよすぎてごめんなさいと言って」
「うん!?」
「あ。ごめんちょっとトリップしてた」

ふう。しかしまあ、シリウスにナイショ話のように囁き合っただけでこんなに話がズレてしまうとは。恐るべきイケメンパワー……。……皆から、祝福されたと思ったのにな。まだ狙ってくるとは。恐るべき女子パワー。いやイケメンパワー……。…………。防衛術の教科書の内容をつらつらと読み上げるクソつまらん授業中、真摯に老女、ブリッジ教授を見つめ羽根ペンを動かす驚異の集中力を持つリリーの後頭部を見下ろしながら、わたしはやっぱり防衛術クソつまんなくなったな、と一人ごちた。「カイが防衛術やめてから、クソつまんなくなったな」というのはホグワーツ全生徒が共通して持つ思いである。本人は『教師冥利に尽きるなー』などと笑ってごまかしているが、つまり魔法省での仕事がそろそろ忙しくなってきたので本業に集中したいだとか何とかだということらしい。錬金術相変わらず教え続けているものの、奴は城にいないことの方が多くなった。必然的に特別授業から講座に格下げである。クラスからゼミといった具合だろうか。授業も実践に移ってきたようだというのに呆れたことだ。というわけで代理で教授になったブリッジ教授。中年のオバサマ。爬虫類系のカオをしておきながらフリル満載の可愛い服を愛用しているというある意味すごい人だった。人の外見についてとやかく言うのはあまりよろしくないことだから一つだけ確かなことだけを述べておく。彼女の授業はクソつまらん。

「くあー……前みたいに、ドラゴンと戦いたいなー」
「千智は素手で殴り倒してたよな」
「うん。ちょうどシリウスがわたしにツンしてた時期で、フラストレーションだったからドラゴンを」
「フラストレーションて……オレのこと殴りたかったの!?」
「まあでもシリウスを殴らずに済んでよかったよ」
「そりゃあな!そういえばあのドラゴン破裂したからな!」
「あ。見てたんだ、わたしの活躍」
「ボガートで良かったな……」
「ホント。ドラゴン愛護協会に訴えられるとこだったよ。危ない危ない」
「…………」

まあわたしがドラゴンに紛したボガートをぶん殴って破裂させたことはどうでもよくて取るに足らない些細なことだけれど。しかしリリーはよくああも熱心に……。3年からずっと、隙間なく授業をギチギチに詰めている彼女は一体いつ大量の課題をこなしているのだろうと疑問を抱く。そして片手間にわたし達のような騒がしい連中を相手に出来るとは。精神力ハンパないなあの子。リリーから視線をずらして、端っこの方に完全なる二人の空間を作っているミリアちゃんとセブセブの背中を見やる。ミリアちゃんがわからない箇所を尋ねるそぶりをしてそのままセブセブの肩に頭を預けた。セブセブの横顔が茹でられたタコになる。ミリアちゃんに一口で食われそうなくらい赤い。…………。

「……レギュラスとあのガキがどう転んでも、絶対にああはならないだろうな」
「や、可能性としてはなくもないかも。セブセブだって元々あんなキャラではなかったらしいし」
「どっちも見たくねぇな」
「め」

ところでそろそろリリーが頻繁にこちらを振り返り、睨み始めたので真面目になろうと思う。鞄からワインレッドのケースを取り出して、パカッと開ける。メガネが入っている。「お」と声を上げるシリウス。クリスマスにリリーから頂いた、集中力の増すメガネである。視力はいい方なので度は入っちゃいないが、リリー手製の魔法はこれでもかってぐらい入っている。どんだけ不真面目だと思われてんだ、わたし。手にとってかけると、うん。確かに今すぐベタベタしてくるシリウスから離れて、教室の最前列を占領し、教科書を開いて教授の喋ることを一字一句漏らさず書き留めたいという欲求がふつふつと沸いてくる。気がする。これ軽くマインドコントロールなんじゃないだろうか。

「なー。それよりさ、ジュエリーを生む花が中庭に咲いたとかでさあ」
「シリウス、黙りなさい。そして今すぐ離れなさい。そして真面目に授業を受けなさい」
「ツンデレだ…………」
「そして」

うっとりとするシリウス。…………このメガネ、色気の増す効果でもあるんじゃないだろうか。でも贈り主がリリーなことを踏まえるとありえないありえない。いやでもこの犬の盛りようを見るとなんかもう、ちょっと、こっちまでというかなんというかってヤツで。これ軽くマインドコントロールなんじゃないだろうか。いやいかんいかん。欲求。真面目に真面目に。…………。

「キスをしなさい」
「…………。もう、千智、好きっ!」

あれ。
最初何考えてたんだっけな。


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