008 人知れず命を救う



「……そうか。どうしてもお前は口を開かんと言うのだな」
「ミリアちゃん、近い。ステラちゃんが今来たら絶対誤解する距離だよこれ」
「ふん、ステラなど、構うものか」
「セブセブに誤解されちゃうよ」
「ええい離れんか、なれなれしいっ!」
「そんな馬鹿な」

お約束すぎるだろう、これ。どーんっ!と大して強くもない力で突き飛ばされたわたしはなんとなく大人しくふかふかのベッドの上を転がってみることにした。ミリアちゃんは「セブルス、違うよ?今のは違うよ?私はレズではないぞ?」とか何とか天井に向かってブツブツと語りかけているが実際セブセブはここにいないし、というかセブセブがいるの地下だし、というわけでわたしは心中そのようなツッコミをかましつつ、うまくミリアちゃんの追求から逃れることに成功したのだった。ミリアちゃんの課題を手伝うという約束は黒夫人とのお茶会によって破られてしまい、先に彼女に言った通りわたしは彼女と会うことを誰かに告げたりはしなかったわけで、それゆえこうして『私の課題より大切なものがあると思うのかっ!ばかっ!』とかいう何とも手前勝手な追求を受けていたわけなのであったが、しかしそこはミリアちゃんの可愛いところ、簡単に話を摩り替えられてしまっていた。

「恋人はセブルスだけだよ?ほら千智はどちらかというと私達の娘みたいな」
「未だにチビ扱いか」

っていうか、
『だけだよ?』って。
可愛らしくなってんじゃねえか。
ていうかわたしのような娘がいたらいたでセブセブ怒りそうだなあとかなんとか思いつつ。

「で。ミリアちゃん宿題は?」
「ステラに教えてもらったぞ。なんだ、今更手伝いたくなったって、無駄なんだからなっ!ふん」
「いや、別に手伝いたくなったわけじゃないんだけど……まあ、悪かったよ」

素直に謝るとミリアちゃんは「まあ、反省したなら、よい」と偉そうにふんぞり返ってわたしを快く許してくれた。

「まあ今週はよいのだが、間違っても来週の土曜日だけは、土壇場でキャンセルを入れてくれるでないぞ」
「え、来週って何かあったっけ?」
「ばかっ!来週は、一緒に出かける約束をしておいただろう!それも、1ヶ月も前から!」
「……ああ、」

そうだったねえ、と呟いておきながらわたしは少し考えて、ようやくミリアちゃんのクリスマスプレゼントを買いに行く約束をしていたことを思い出した。わたしの持つ移動フール(前にセブセブに盗まれかけたやつ)を使えば何処にだって転送できるし、単純にホグズミードをぶらついているよりは買うものにバリエーションがある。

「でもミリアちゃん、気が早くない?クリスマスはあと3週間も先だよ」
「ふん。愚問だな千智。いいか、クリスマス直前に、たいていの週末はセブルスと熱く過ごしている私がお前と2人で消えてしまえば、プレゼントを買いに行ったということが明らかではないか。こういうのは早めに用意しておいた方が、気分も高まるということだしな」
「へえ、そんなもんかなあ」
「それによく言うだろう。楽しみは最後まで取っておけ」
「要するに、クリスマス直前の休みは一日中べったりとしていたいと」
「そういうわけだ」
「要するに、嫌なことは先に済ませてしまいなさいと」
「そういうことだ」

要するにわたしと2人でお出かけするのは『嫌なこと』扱いだった。ていうかその言い回し、わたしみたく付き合いの長い人間が相手じゃないと、意図が全く伝わってこない危うさがあるぞ。と横目で睨んでみても、ミリアちゃんはうかれていて全く気付かないし、このままだとわたしが不敏すぎるので止めた。

「で、ミリアちゃん。プレゼント候補はあるのかな?」
「うむうむ。まず北海道に行ってだな、黒毛和牛をまる一頭──」
「セブセブそんな食べれないと思う!」

わたしはセブセブの命を救った。

「……まあともかくとして、わたしもプレゼント買わなきゃいけないしねえ……えーっと、ミリアちゃんでしょ、シリウスでしょ、ジェームズでしょ、リーマスでしょ、ピーターでしょ、リリーでしょ、ステラちゃんでしょ、ミネちゃんやアギー姉妹の分にー、ザリンじゃあセブセブとレギュくんとミューちゃんか」
「カイは?」
「やらん」
「……こら。仮にも兄妹であろう」
「そうなんだけどさあ。……、ミリアちゃんは勿論、ミューちゃんにあげるんでしょ?」
「当然だ。妹だからな」
「はあん。生まれつき家族のいなかったわたしにはよく分かんないんだけどさ、ミリアちゃん、兄妹っていいもん?」
「ああ。命に代えても守りたい存在だ。むろん、セブルスの次にだがな」
「ふうん」

じゃあわたしもカイのことはシリウスの次に命に代えても守りたい存在ということにしておこうかなあと呟くと「その位置は私だから。だめ」と言われた。可愛いやつだ。シリウスと喋る機会を完全に失ってからは、ミリアちゃんは一番をシリウスに渡してやることにしたらしい。本人いわく、寛大な心を会得したらしかった。……どこまでが真実なのやら。


「──え、ほらミューちゃんも日本で何か特殊なもんをプレゼントに充てるのかなって。故郷だし」
「ありえないわね。家が無くなった時点であたしがあそこを故郷だと思う理由はなくなるわ。理由がなくなった今、あんな『後れてる』場所にあたしが留まる意味はない」
「後れてるって?」
「感性が」
「感性?」
「あの凡人どもは揃いも揃って、あたしのフェイスペイントを馬鹿にしたわ」

何気に憤慨するミューちゃん。そんなにほっぺたの黄色いお星さまが大切なのだろうか彼女は。こうやってカイの授業が終わった後に2人して教室に居残り、おしゃべりするというのもそろそろご恒例となりつつある12月のはじめ、わたしは適当な椅子に腰掛けて、ミューちゃんは適当な机に腰掛けた。勿論、机の方が高さがあるため、わたしはミューちゃんに見下ろされている形である。……見下されている、わけではない。と思いたいところだ。「このアートセンスがわからない人間は馬鹿だわ」ミリアちゃんに聞いた話だが、日本にいる頃は彼女の髪は、まだちゃんと黒かったらしい。

「あの馬鹿女は問答無用で馬鹿だけど」
「口ではそんなこと言ってたって、結局ミリアちゃんにはプレゼントあげるんでしょ?ほら、わたしって4年の時はクリスマスに消えたから見てないけどさあ」
「ふん、そういえばそうだったわね。けれどアネキ、あんたがあの阿呆にどんな兄妹概念植え付けられたのかは知らないけどね、あたしはあれを姉だなんて思っちゃいないんだから。だからプレゼントなんてくれてやるわけがないのよ」
「口の減らない妹だなあ」
「ふん、まあね」
「ミリアちゃんの」
「それは違う」

ミューちゃんはきっぱりとわたしの言葉を両断した。何を意固地な、と思い、そういえば今までのミリアちゃんに対する発言だって少し行き過ぎというか言い過ぎというか、そう思ったのでちょっとだけ、たしなめようとしたのだ。──そう、家族にだって、言っていいこと悪いことがあるのだからと──そんな風な言葉を、彼女に投げ掛けようとした。けれどそれは、結局は空振りとなる。

「本当に、違うのにな」

騙されているのか、からかわれているのか、そのどちらでもない本心なのだろうか、ミューちゃんはふと呟いた。その表情からはあまりにも普段の強気が窺えないので、わたしはというと間抜けに口を開いたままミューちゃんを見つめた。

「……ミューちゃん?」
「さてと。あたしはレグのためにこれからマフラーでも編むとするわよ」
「マフラー?ミューちゃんが?」
「レグに言われたのよ。『少しは自分もいい女になろうと努力したらどうなんですか』ってね。もちろんあたしは、このままで万分にいい女じゃないって返したけどね」
「相変わらずなんだね」

一体どんな人生を送ったら、たった13歳でこうも際立つことが出来るというのだろう。合いの手を入れつつ、そういえばレギュくんは2年生の時にクィディッチチームに入れられたらしい。もちろん、ミューちゃんに。本人としては初対面でのミューちゃんの命令(『あんた、スリザリンのシーカー目指しなさい』)をきいているつもりは毛頭なさそうな素振りなので、どうやら単純に、スポーツが嫌いではないらしかった。

「で、家庭的をアピール?」
「そうよ」
「でもレギュくんと結婚したら、家事する必要はないよね。しもべ妖精がやってくれるから」
「『必要がないからといって出来ないことをやろうともしないのを、果たして最高の女と呼んでよいのだろうか』ふん。言ってくれるわよね」
「……………」

レギュラス・ブラック。
扱い……学んだらしい。
「レグには赤も似合うと思うのだけれどグリフィンドールのものだと思われちゃあ心外だから緑にしようっと」ミューちゃんはそんなことをぶつぶつと述べながら、ぴょんっと机から飛び退いて、わたしを置いてけぼりにして、教室から出ていってしまった。言いたいことだけ言って気が済んだからといってさっさと消えてしまうというのは、なんて酷い妹だろうとちょっぴり腹を立ててみたところで、はたと緑のマフラーをしたレギュくんが目に浮かぶ。そして連鎖するようにして、真っ赤なマフラーを巻いたシリウスを思い浮かべた。

マフラー……。
それも、いいかもしれない。

「マフラー……」


「……というわけでミリアちゃん。休日の日本行きはパスして、わたしは通販で届いたばかりのこの毛糸セットで、マフラーを編むことにするよ」
「ばかーっ!」

…………。
殴られちゃった。

「だって編み物なんてしたことないし、どれくらいかかるかわっかんないし。休日とか無駄に出来ないんだよね」殴られた頭をさすりつつそんなことを言うと、ミリアちゃんはショックを受けたような顔をして、涙目になった。可愛いなあ。「わ、私との時間を、無駄なんて言うなっ!」あ、本気で泣きそうだ。可愛いなあ。鼻をすすり、こちらをギッと睨みつけてくるミリアちゃん。わたしがその顔を見たくなったがためにこんなキャンセルを入れてみたことに気付く様子は全くなかった。

「ミリアちゃん、編み物できる?」
「馬鹿にするでないぞ。仮にホグワーツに家庭科というジャンルの授業があったらば、万年トップのあやつらなど出し抜いておるところだわ」
「へえ。あ、ミリアちゃん、プレゼントをそれにするとかはしないの?セブセブに毛糸アイテム」
「たわけ。この私が、既にその家庭的アピール満載なプレゼント作戦を、試していないとでも思ったか」
「この私が……」
「このミリアちゃんが、だ」
「このミリアちゃんが……」

って、自分で言うな。
話を聞くところによるとミリアちゃん、ホグワーツに入学した最初のクリスマスのプレゼントが既にセブセブへの、ブラウンのマフラーと手袋であったそうな。「ふん。私にかかれば毛糸など、ちょちょいのちょい、だ」今ばかりはミリアちゃんの、主に家庭科全般に対して発揮される手先の器用さが切実に羨ましい気分なのだった。わたしが取り出した真っ赤な毛糸の玉を手の平でもてあそんでいると、名前を呼ばれて、顔を上げると少し淋しそうな表情のミリアちゃん。「本当に、私について来てはくれないのか」わたしはその言葉に、少し申し訳なくも頷く。事実、編み物を経験したことのないわたしにとって、どれくらいかかるかわからない作業をするにあたって、出来るだけ時間は多くとっておきたいところである。もしよかったらリリーを誘って、2人で行ってきたらどうか、と提案してみると、ミリアちゃんは不満げだったけど大人しく頷いて、誘ってくる、と部屋を出て行った。最近は、入学当初ほどミリアちゃんにべったりな生活ではないので、ミリアちゃんにとっては不満だったり不審だったりするのかもしれないが、しかしわたし一人にいつまでも焦点を置いているべきでは恐らくなく、ミリアちゃんはもっと視野を広げるべきなのである。最も、これは4年の時から少しずつ計画していたことではあったのだけれど、わたしのいなかった1年以上で、ミリアちゃんの髪型以外の変化があまりにも乏しかったため、やっぱりわたしのことをもどかしそうに見つめてくる赤毛ハニーのリリーと少しは『自分から』仲良くしに行ってほしいと考えた末の判断であった、というのは絶対にミリアちゃんには感付かれてはいない筈である。

「んー、でも、ミリアちゃんがいなくなったら、わたしに編み方を教えてくれる存在がなくなってしまうんだよね……」

たった今気が付いたけど。
やっぱり本を買って、自力で地道な努力をするしかないかなあ、と思って机に向かい、梟通信販売の注文票に必要事項を書いて飛ばした。マフラーなんて、カイあたり楽勝で編めると思う(というか小さい頃に手編みマフラーをプレゼントされたことがある)けれど尋ねるのが煩わしいし、なんか色々からかわれそうだから、編むことさえも内緒で編むことにしようかと思う。ミューちゃんに尋ねてみたところで、恐らく彼女だって編み物は初心者なはずだし、三人よれば文殊の知恵だとか言うけどあの子基本的にご令嬢育ちだしなあ……。

「……うし」

まずは編み方を勉強するとしようか。


「愛するシリウスとちゃーんと腹を割って話し合う、あるいは自分の気持ちをあますことなく伝える!って決心をとうとうきみがしてくれたのはどちらともの親友である僕にとっては非常に喜ばしいことなのだけれど、多分きみははやる気持ちをいまこの時でさえ抑えきれそうにない想いでいっぱいで、出来ることならばいますぐにだって寮を飛び出して、ちょろまかした、僕のポケットに文字通り忍んでいたあの地図でシリウスの居場所を特定して、会いに走って首根っこ引っつかむ勢いで押し倒してシリウスが逃げられないように捕縛してからいままで避けられ続けてきたこの恨み晴らさでおくべきかとまずは散々好き勝手に振りまくってきた腰を切断して散々好き勝手に立ちまくってきたシリウスのアレを引きちぎってから、ゆっくりとしたかった話をした上で再び愛し合うようになりたいって思っていることなんだろうけれど、その意思を尊重したい思いは山々なのだけれどね、まことに勝手ながら、今すぐそれを実行してしまうと僕たちにとって非常に不利益な事態になってしまうからね、こうしてお願い申し上げているんだよ。ねえ千智、シリウスを捕獲するのは、もう少し待っては頂けないだろうか。むろん、僕の、いやむしろホグワーツにいる全生物からの懇願をきっぱり拒否することは簡単だけどね、頼むからどうか、シリウスを捕獲するのをせめてクリスマスイヴまで待ってやることをしてはくれないかと、僕たちは今祈っているところなんだけど、千智はこのことについて一体どんな考えを抱いているのかな?」

半月前。
保健室で。
色々と間違っていたわたしは、
リーマスは間違ってるよ。
と、思った。

「まずわたしはシリウスの首根っこを引っつかんで押し倒したいと思ってないしシリウスを捕縛したいとも思わないしこの恨みは晴らさでおくべきというかそもそも恨んでないし今まで散々好き勝手振ってきたシリウスの腰を切断したいと思っちゃいけないし散々好き勝手立ってきたシリウスのアレを引きちぎりたいなんて思っちゃいないんだけどね」
「千智!きみ、本当に解決する気があるのかい!?」
「どうしてリーマスはシリウスと和解するのにその行為が必要だと考えているのかが疑問だよね」
「え、必要でしょ。『わたしはきみに無視をされてこんなに傷付いたし嫉妬したし、こんなにきみを愛してる!』っていうアピールをするのに、これほど説得力のある行為はないんじゃあないかな」

わたしが思うに、リーマスはきっと、わたしたちとは違う惑星からやって来た、そして地球にやって来た際にうっかり事故でオオカミの遺伝子を取り入れてしまった魔王さまだ。

「わたしは大好きなシリウスに暴力をふるったりしないよ」
「どの口がそんなことを言うのかな」
「それにさあ」
「うん?」
「シリウスのアレが無くなったら、わたし困るし」
「……そうだね」
「うん。さらにねリーマス」
「ん?」
「腰を切断されたらいくらイケメンだってたいていは出血死だよね」
「あ」

「いっけない僕としたらうっかり者だなあ、頭こつん!」この間違ったリアクションの知識は恐らくミリアちゃんから輸入したものだろうとあたりをつけて、先のリーマスのお願いにちょっと考えた。あの残虐な予測自体はおちゃめな冗談と仮定したところで、クリスマスイヴまで行動するのを待って、だなんて。そこには一体誰の、何の意図があるというのだろう。リーマスはわたしの視線に気付くと、ああ、と声を出す。

「それは単純にね。ホグワーツ内の、生きとし生けるものの身の安全を保証しておきたいから」
「保証?」
「うん。だってきみさ、例えば今僕らがきみら二人きりにさせてみたとするよ。はい想像して」
「うん」
「きみは必死に演説するように喋り、シリウスに訴えかけます」
「うん」
「シリウスはグラグラ揺れながらも、とりあえず逃げます」
「うん」
「で、きみは追いかけます」
「うん」
「しばらくそれが繰り返されます」
「うん」
「で、きみはキレます」
「うん。……あ」
「きみはこの築1000年以上の立派な建造物を破壊し始めます」
「…………」
「当然ながら、城は崩れます」
「…………」
「元々、きみの自制心のリミッターを外して本心のままをシリウスにぶつけるという企画です。千智がリミッター外した状態でシリウスが逃げて、そうするともう止まりません」
「…………」
「さてここで問題になってくるのは当事者である千智とシリウス以外の僕たちが城の倒壊に巻き込まれて命の危機にひんしてしまう点です」
「…………」
「きみらのバカップル喧嘩に巻き込まれて死ぬのは誰だって嫌だよ」
「……そうですね」
「それに、きみかシリウスのファン諸々の邪魔が入っても煩わしい。きみだって、他の人間が誰ひとりいない状況の方が素直になれるだろう」
「……そうだね」
「仕掛人からのクリスマスプレゼントだと思ってよ。二人きりのイヴを、好きなだけ堪能するといい」

リーマスは今度は優しい笑顔。胸に、じぃんと染み入るような感覚を覚えた。わたしは感極まってリーマスに抱き着こうとしたけれど「感極まる相手も抱き着く相手も間違ってるよ」かっこいい台詞でびしっと決めて、リーマスはそして今度こそ医務室を後にしたのだった。颯爽と立ち去っていくリーマスの背中に惚れ惚れした。


うっかりリーマスに感動して見惚れてしまったばっかりに、わたしは肝心の、『どうやってクリスマスイヴにシリウスと二人きりになるのか』という疑問に対する答えを頂くことを忘れてしまったというお馬鹿にわたしが気付いたのはその晩にミリアちゃんがベッドに入る際「見ろ、千智。私はこれを着て眠るぞ」とか言って、どらえもんの着ぐるみを丸かぶりしてやって来たときに受けたショックでリーマスに対する尊敬が一瞬ぶっ飛んだときであった。次の日にでも確認しようと思っていたけど、翌朝の大広間にて、察することが出来た。グリフィンドールのテーブルで朝食でとっていたときのこと。わたしはシリウスの斜め前にいた。シリウスがチキンにかぶりついていると、ハッフルパフからやって来るひとりの少年がいた。名前は確かエメットで、シリウスの友達である。「シリウス。この間もらった糞爆弾、中々良かったよ」話に聞き耳をたてているところによるとどうやら彼は兄弟仲が悪く、レイブンクローにいるお兄さんに糞爆弾を投げつけたらしい。

「おお。要り様になったらいつでも言えよ。イートコも教えてやるし」
「サンキュー!あ、予備と合わせてもう3つほど貰っていいか?へへっ、うちは通販とか親が許さねーからなあ」
「厳しい家だな。ほらよ」
「お互い様だよ。じゃな」
「あ。おいエメット、お前クリスマス休暇はどーすんだ?去年は残ったよな。またこっちの寮に来て騒ぐか?」

シリウスが尋ねる。そう、ここだ。ここでエメットは微かに肩を震わせて、「え、い、いやー……」言いよどんだ。そしてシリウスから目をそらしたエメットがしばらく遊ばせて到着した視線の先は、何故かわたしに。

「オレ、こ、今年は帰ろっかなー……なんて……」
「なんだよ帰んのかよ、つまんね……なあ!みんな!みんなはどーすんだ、休暇」

不満げに声をあげたシリウスは、エメットから目を離してグリフィンドールのテーブルに着いている生徒達に大きな声で尋ねる。彼らはエメットとほぼ同じような反応をみせた後に、休暇は家に帰る、と答えて更にシリウスを不機嫌にさせた。ホグワーツのクリスマスパーティーはいつだってそれは見事なものらしく、それを目当てに残る生徒も多いという話だ、まさかシリウスひとりしか残らない、なんて考えてはいなかったらしい。シリウスは動揺した。

「んだよ、グリフィンドールはオレ一人かよ!ちっ、じゃあ今年はオレがハッフルパフ寮に行かなきゃなんねーのかよ」
「い、いや、シリウス?ハッフルパフの奴ら……その、全員、家に帰るんだってさ」
「は?全員って……全員?」
「そう。……あのな、多分他の寮もそうだぞ。多分、休暇中はお前ひとりになると思う」
「はああああっ!?なんだそれ!」

驚愕したシリウス。
うーん……、
これは……、
怪しさ満点すぎるだろう。
いくらシリウスでも、
ていうか賢いシリウスなら、
意図的なものだと気付くだろ。

「まじかよー……オレひとり?」

疑いのシリウス。
疑心のシリウス。
懐疑のシリウス。

「ひとりかぁー……ひとり……」

疑いのシリウス。
疑心のシリウス。
懐疑のシリウス。

「ひとり…………?」

疑いのシリウス。
疑心のシリウス。
懐疑のシリウス。

「…………へへっ」

…………、
疑いのシリウス?

「そっかーひとりかー、オレひとりかー、何しよっかなー、オレひとりでっ!まず悪戯のための発明品作るだろー?んで城中に仕掛けておくだろー?あっついでに城中くまなく探険しよ!こりゃあ十日あまりじゃ足んねえな!」

…………、
…………、
……シリウス……。

「よかったね、シリウスが単純で」と言って、こっそりリーマスが微笑む。わたしは小声で話しかけた。

「どうやったの、あれ」
「ああ。脅したんだよ」
「…………」

…………、
そうか……。
脅したのか……。
って、
全校生徒を!?

「いちばん手強かったのがミリアだったなあ。年越しは千智と一緒に過ごすつもりだったらしい」
「…………」

とりあえずこれで後はわたしがホグワーツに残りさえすればオッケイということで、わたしは再会した黒夫人に『今年シリウスが家に戻らないことを咎めない』ようお願いをして取り付けたのだった。これでお膳立ては調い、あとはわたしの心の準備だけだった。


[*prev] [next#]