右。スリザリンのおねえさん。 左。スリザリンのお嬢ちゃん。 前。スリザリンのおんなのこ。 後。壁。 ……わーい! 楽しいなあ! 緑しか見えないや! 「あんた、シリウスくんに何したの」 そんな言葉から始まった。は?何が?と首を傾げると、「とぼけないで!」と、首筋に杖。おお、ドラゴンの琴線。大人しく杖をつきつけられながら彼女達の言い分を聞くことには、どうやら彼女達、シリウスにハロウィンパーティーのペアの誘いを断られた、元遊び相手さん方。揃いも揃って美人さんやら可愛い子ちゃんやら、金髪黒髪様々で、何気にシリウスってストライクゾーンというか、許容範囲が広いのかもしれない。好みの子と遊ぶ、とかじゃないようだ。とかそんな考察をしている内に、また何か地雷でも踏んでしまったのか、「聞いてるの!?」──と、杖先に光が灯る。閃光がわたしの首に当たる前に、その杖腕の手首を掴んで捻った。骨の軋む、嫌な音が鳴った。 「きゃああっ!」 「あ、ごめん。なんか反射で」 パッと手を離すとその子は手首を抑え、痛みに声を漏らしている。相当に加減はしたつもりだったけど、どうやら痛かったらしい。「あー……ごめんね?痛かったよね?ごめんね?」涙目の美少女を慰めようとすると、あからさまに脅えたような目で見られた。周りを見ると、美少女たちはザワザワと顔を見合わせ合って、しゃがみこんでしまった涙目の美少女を見下ろして、それからわたしに、たじろいだ。……ああ、これもしかして、この場を脱け出して、ステラちゃんと双子たちのところで特製の双子アップルパイを食べることが出来るチャンスなのか。……………、 「ふっ。わたしを誰だと思ってんの?あんたらごときのヒョロい魔法なんか、かかる前に杖腕ごと、今度は遠慮なくヘシ折ってやるから」 ミリアちゃんのような不敵な笑みを浮かべてみた。女の子らしい叫び声を上げて逃げて行った。…………なんだこの茶番は。結局あの女の子達の目的が意味不明だし。えっと確か、シリウスに何をしたかとか聞いてきた(というよりは問いただしてきた)よなぁ。何もしてないけど。しいて言うならシリウスに手紙を書いたぐらいだ。別にシリウスがどうにかなるような変な内容を書いた訳でもない(ステラちゃんにチェックしてもらった)し、シリウスに何したのって、シリウス、どうにかなってしまったのだろうか。……ん?でも、今の女の子達は全員、シリウスに断られた女の子なんだよね。……ん?てぇことは……あれ……?……どうなるんだ……? 「──と、あれ?」 「…………」 まだ一人、残っていたか。 名前も知らないその女の子は、先程わたしが手首を捻った女の子ですらなく、わたしが忘れているだけかもしれないけれど、見たこともないような女の子だ。「逃げないの?」と尋ねると、睨まれた。……まあ、睨むよなぁ。 「逃げないわよ。あたしはまだあんたに──用を果たしていないんだから」 「さっきの子も、シリウスがどうとかって言ってたね。えっと、何?」 「……あんたが」 その子はわたしをもう一睨みしてから、唸るような低い声で、憎むような表情で呟く。その声があまりに小さいので、わたしは拾うために意識を傾けた。 「あんたが、シリウスくんに手紙を出したって本当なの」 「手紙?……ああ、うん」 なんで知ってるんだろう。 女ってこわい。 「だからあたし達が断られたのね」 「え?」 「あんたの誘いを受けるって、噂だわ」 「シリウスが?」 「そうだって言ってんでしょ。いちいちすっとぼけて、ムカつく女」 「……はあ」 どんな噂だよ、と、突っ込んでいい場面じゃないんだろうなあ。──もしシリウスがそんな噂の通りにするつもりだったなら、嬉しいけど。 「あたしはね、力であんたを脅して暴力振るおうとしても、そんなのは無駄だって分かってたわ。あんたは強い。見ていれば分かる。そんなのは意味のない事だって、分かってた。だからあたしはあんたを袋叩きにするために、あの集団にいた訳じゃないのよ」 「……じゃあきみは、一体わたしに、何をするためにここにいるの?」 「お願いよ」 「────は?」 「お願いをしに来たの」 お願い、と言いながら睨む。 ミリアちゃんよりふてぶてしい。 何をお願いされるのかは、多分大体想像がつく。もしパーティーの誘いをオーケイされたら断れとでも言われるのだろう。もちろんそんなお願いなんか更に断るつもりで、目の前の女の子を見据える。 「シリウスくんと、縁を切って」 「……いやいやいや。いきなり何を言い出すのかきみは」 「いやいや言ってんじゃないわよ。あたしがこうして頭を下げてやってんのよ」 「…………」 ……ミューちゃん属性? 決して和んでいるわけではない。 わたしは首を振って、そのお願いに答えた。途端に傷付いたような表情をする女の子は、先程よりも鋭く睨んでくる。ぎり、と拳に力が入っていて、静かに震えている。スリザリン典型のお姫様タイプだなぁ。我が儘で、傷付きやすく、プライドが高い。今にも叫び出しそうな女の子。 ……口では色々言っていても所詮は、この子だって、他の女の子達とは変わらないってことなのか。 「……きみはさ」 じり、と、 少しずつ、 追い詰めるようにして、 言葉を選んだ。 少しずつ、 逆鱗に触れるように。 「……シリウスのこと、好きなの?」 「…………っ!」 ばしん、と衝撃。 今度は避けなかった。 頬にピリピリとした痛みと熱が出て、勢いで下がった目線を戻すと、怒りを顕にする彼女がいた。 「……謝らないから」 「いいよ。お詫びだから」 「お詫び?」 「お願いをきけない、お詫び」 「……是が非でも、きいてもらうわよ」 「その杖でかな?したらさっきの連中と同じだよね。チカラでどうにか出来ると思ってる」 「……知ったような口を。シリウスくんが、どうしてあんたみたいな女を好きなのかが理解出来ない」 「えー…でもそーいうのって、シリウスが好きに決めることじゃん。確かに手紙は送ったけどさぁ、シリウスがこれからわたしとどうするつもりかなんて、わたしにも分からないんだから」 「……そういう、瓢々とした態度が気にくわないのよ。何よ、余裕ぶっちゃって、シリウスはずっと自分を好きだからどんな扱いをしたって構わない、そう思ってるんでしょ!?」 ついに叫ぶ。 堪えきれずに吠える。 「──あんた、ムカつくのよね!当たり前のように生まれが良くて、当たり前のように才色兼備で、当たり前のように強くて、当たり前のように周囲の人間や環境に恵まれて!当たり前みたいにシリウスくん保有して、ちょっといい気になり過ぎたんじゃないの!?あんたみたいに、何もかも出来ちゃうような人間に、あたしたちの辛さなんてわかるわけない!!」 ミリアちゃんもミューちゃんもステラちゃんも、そしてシリウスも、ずっと『家柄』を背負って生きてきた。 「あんたに分かるの!あたしは!あたしたちは!ずっと、『そういうこと』の為に育てられてきた!ブラック家に長男が生まれて、それがたまたまあたしたちと同年代で、たったそれだけの理由で、『そうあるべく』育てられてきた!生まれた時から決まってて、そんな人間は山ほどいて、だから同じ寮だろうと気なんて抜けなくて、少しでも近付いて、家のために──近付こうと──家のために、家の繁栄と、地位を勝ち取るために、どの家の人間だって、あたしらは少しでもいい家柄の人間との繋がりを深めるか、そればっかりで、その果ては人殺し。……それが、どんなに空しい人生か、あんたにわかる?」 家のために、 血のために、 家族のために、 繋がるために、 地位のために、 繁栄のために、 自分じゃない誰かのために、 自分の気持ちを押しやって、誰かが定めた常識と価値観に従って育てられ育ち、培い、そして生きていく。 気は、 許せなくて。 抜けなくて。 緩められなくて。 縛られて。 ……わからない。 わたしはそんな気持ち、 知らないから。 持っていないから。 わかるわけがない。 そうなりたいとも思えないけど、 羨ましくは、思う。 「……それでも、シリウスくんなら。シリウス・ブラックとなら、そんな人生でもいいと思ってた。知ってた?これまで数多く開かれてきた純血家系の人間のみ参加の許される仲間内のパーティーで、いつだってシリウスくんは注目の的だった。容姿。家柄。才能。それだけじゃない。《純血主義》で生きてきたあたしたちも馬鹿じゃないわ。たとえブラック家の恥じ晒しと言われていても、シリウス・ブラックが、過去最高のそれであることぐらいわかる。そしていくら誹謗中傷されようと、ホグワーツでの、彼の自由を追う生き方は決して非難されるべきものじゃない。憧れたわ。とてつもなく、憧れた。そんな生き方で、生きていける彼の才能に。そんな生き方で、好きな人間とだけつるんで、仲良くして、表面取り繕わなくて、なんて──なんて自由さに。あたしだけじゃない。シリウス・ブラックは憧れなのよ。高潔なの。純潔なのよ」 わたしが知らないそれを、 わたしに欠けてるそれを、 シリウス・ブラックは持っている。 そいでいて尚、生きる。 自分のために、 ひとのために、 思う通りに、生きようとする。 自由を求める。 羽ばたこうとする。 駆ける、 跳躍する、 飛ぶ、 踊る。 だから高潔。 だから、純潔。 「ちょうだいよ!いらないんでしょ?いらないから捨てたんでしょ!?それならちょうだいよ!大嫌いな、あんたが捨てたものでも、使い古しでも何だっていいから、あたしたちにシリウスくんちょうだいよ!」 涙の滲む、声。 縋るような、 懇願するような、 ただの声。 「──あんたいらないんでしょ、あんた強いから、何でもできるから、シリウスくんいなくても平気じゃない!他全部あるんだからいいじゃない!お願いだから、あたしにシリウスくんちょうだいよ!」 「……駄目だよ」 「どうして!」 「好きだから」 「…………っ」 好きだから。 言葉にしてみると、すとん、と何かが簡単に剥がれ落ちたような気がする。「なによ、そんなの、ただの我が儘じゃない……」多分、震え、しゃくりあげながらに呟く彼女の、まさしく言う通りなのだろう。 ──わたしは、 彼や彼女たちの生き方を知らない。 その道の苦しさも、 険しさも、 何も知らない。 けれどそれは、 わたしにとっても同じこと。 彼女にわたしの生き方を『当たり前』に携えていたものだと断言される筋合いなんてなかったし、 それに、 シリウスを渡す気なんてなかった。 「でも仕方ないよ。好きなんだもん」 かっ、と目を見開いて、涙を流す彼女の行動はあまりにも、戦いに慣れ過ぎたわたしにはスローモーションに映る。 抵抗はしない。 避けもしない。 お詫びだから。 振り下ろされる右手に、 ただ目を閉じて待った。 ぱん、と、 渇いた音が響いた。 「…………」 「…………」 「…………」 あれ? 衝撃が──痛みが、ない。 というか、まるで何かが光を遮っているかのように、目を閉じているだけの闇が影ったのだ。目を、ゆっくりと開く。珍しく、まるで恋する乙女のような、淡い期待を抱きながら。 「…………」 「────あ」 わたしに背中を向けて、 その広さにどきりとする。 この寒い時期だというのに──ローブは羽織っているだけである。 黒髪がさらさらと、 気持ち良さそうに風が滑っている。 わたしと女の子を遮るように、 女の子を邪魔するように、 両手を広げ、 背中にわたしを隠して、 まるで盾のように。 「……シリウスくん……」 「…………」 「……シリウス、」 冷たい風が吹きつけてくるにもかかわらず、すぐ側に人の存在を感じるからか、わたしの身体はほんのりと熱かった。 「はい千智、これ貼って」 静まった医務室、たまたまポンフリーが不在だったためにわたしの代わりに引き出しをあさっていたピーターが、魔法薬の染み込んだガーゼをピンセットと共に渡してくれたので、それを頬にあてた。ひんやりと浸透する薬の温度を感じながら、ありがとうとわたしは言った。……入院している生徒がいないせいで、ここにいるわたしとリーマスとピーターの3人があまり口を開かないためか、医務室は変に静かで殺風景である。 「…………」 「…………」 「……あ、えっと」 気まずそうな声を上げたピーターは、多分ことの経緯をあまり解してはいないのだろう。沈黙をもってして治療を行うリーマスと、治療を受けるわたしを、不思議そうに、おどおどした様子で見比べて立ち位置に困っていたようだったので、見かねたのか否か、リーマスは「ピーター。きみ、呪文学のレポートはもう提出したのかい?教授は午後からはダイアゴン横丁へ出かけてしまうよ」落ち着いた風に言った。ピーターはハッと思い出したように慌てて出ていったけど、少し安心していたような感じがしたのは多分、気のせいではなかった。ピーターが退室した後のわたしたちは、相変わらず寡黙で、たっぷり十分ほどは睨み合うようにして黙り合っていたと思う。 やがて。 「……シリウス、行かないってさ」 ハロウィンのパートナー。 と、リーマスは言った。 その顔は僅かに苦笑していて、わたしは最近、彼らにそんな顔しかさせていないな、と自嘲した。うん、と頷いて、回想する。あの時、わたしとあの子の間に滑り込むように割り込んで、名前も知らない女の子のビンタを頬に食らったシリウス。本来ならばそれはわたしが食らうべきものだったのだろうけれど、どこでどうあの場所を聞いたのか突き止めたのかは知らないが、とにかくそうして頬を赤く腫らしたシリウスに、女の子は終に『なんなのよ、もう!』と泣きながらわめいて、走り去ってしまう。ああ、あの子は今やっと失恋したんだなあ、と呑気にもそんなことを思って(ただの現実逃避だったんだけれども)、取り残されたわたしとシリウスはというと、医務室に引っ張ろうとしたわたしの手をやんわりと振り払ったシリウスが何処かに消えてしまったので一人になったわたしがとぼとぼと廊下を歩いていると、『今さっきシリウスとすれ違ったよ』と偶然出会ったリーマスに『うわ、なにその頬。今流行りのペアルック?』と鼻で笑われて、それから心配され今度は逆に医務室へ引っ張られ、そこにたまたまピーターが通りかかって3人がいたという、冒頭へと続くのであった。 「……まあ、さすがに無神経だったかなって思うよ」 「でも、千智」 そう言って、リーマスはやけに優しげにわたしの頬を撫でる。それがあまりに優しい手つきであったので、少し戸惑ってしまった。リーマスは時々、ひどく割れ物でも扱うかのように、女の子なんかよりもよっぽど、綺麗な顔をするのだ。じくじくと痛む筈なのに、撫でられた皮膚は痛覚が麻痺しているかのように、穏やかだった。 「叩かれたんでしょ?わざと」 「……別に、あの子の気持ちを汲んで、同情したからってわけじゃないんだ」 ただ、あの子。 最後のひとり。 泣き出しそうな顔で、 綺麗な顔をくしゃくしゃに歪ませて、 わたしにありのままの気持ちを、 シリウスへの想いを叫んだ彼女。 シリウスを欲しいと言った彼女。 家柄でなく。 富でなく。 容姿でなく。 才能でなく。 シリウス・ブラックが欲しいと言って、言い切った彼女に、 ほんの少しだ。 ほんの少しだけ── 気持ち悪いと、思った。 必死に懇願する彼女を、 必死で哀願する人間を、 生まれて初めて、 うとましいと思った。 不愉快だと感じた。 吐き気を──もよおした。 嫌悪感が先立ったのだ。 「……千智」 と。 リーマスは呼ぶ。 こんなに身勝手で、ご都合主義で、我が儘で、傲慢で、醜い、わたしの心中を知ったというのにまるで動じず、むしろ先程よりも尚いとおしげに、わたしの頭を撫でてくれたのだ。そして言う。 「──それで、いいんだ」 リーマスは言う。 それで、いいんだと。 醜いのに。 汚いのに。 ずるいのに。 悪質なのに。 性悪なのに。 劣悪なのに。 卑劣なのに。 卑怯なのに。 低俗なのに。 こんなわたしでいいと、 それでいいと、リーマスは言う。 「千智は嫌だったんだろう?その女の子が、本当に本気でシリウスを好きになっちゃったのが」 「……わたし、汚い、ね。誰が誰を好きになろうが、そんなの、自由なのに」 「そうじゃないでしょ?」 「……でも、ヤなもんはヤなんだ。わたし、ホグワーツに来て結構すぐにシリウスに告白されてたし、両思いになってからは女の子たち遠慮してくれてたし、だからあんまり、ああいうの慣れてなかったんだね。ああいう、必死に、こっちに揺さぶりかけようとするやつ……嫌い」 シリウスを好きだとかいう奴は嫌い。 泣くほど好きな女の子は大嫌い。 シリウスを好きなのは、 この世にわたしだけでいいのだ。 「わたしはシリウスが好きで──シリウスもわたしが好き。それだけのことなのに、ねえリーマス、どうしてこんなにややこしいことに、なっちゃうんだろう」 「……幼子みたいに、ありのままの感情を素直に晒け出せる人間なら、人生における波乱の大半は、すぐに解決出来るんだろうけどね」 「……幼子、ねえ──」 「千智はちょっと、老成し過ぎちゃってるんじゃないかな」 「わたしはババアか?」 「そうじゃなくて……あのさ、千智ってよく笑うけど、激怒も号泣も、あんまり表に出さないでしょ?わかるんだよね、壁があるって。感じるんだよ」 わたしは子供だ。 まだ16年程度しか生きていない子供。 子供の癖に、 よわい癖に、 大人みたいな真似をするから。 本音と建前を使い分けたり、 へらへらした笑みを浮かべ、 何かを思っても我慢して、 ごまかして、 言い訳して、 はぐらかす。 子供のくせに、 そんな、 割に合わないことをするから── ボロが出る。 ヘマをする。 読み違えてしまうのだ。 「……子供、ねえ……」 お母さんと共にいた時も、 カイたちと暮らした時も、 子供らしい言動をしていた記憶はない。 思えば、最初から愛に恵まれなかったわたしは、最初から変にヒネていた。そのせいで今までに取りこぼしをして──その結果、もうどうにもならなくなってしまった過去もある。 リーマスは言う。 「千智は、格好悪いとか気持ち悪いとか醜いとか汚いとかズルいとか卑劣だとか卑怯だとか、そういうことを気にせずに、今思ってる感情を、そのままシリウスにぶつけてみればいいと思うよ。もしかしたら何かが変わるかもしれないし、何も変わらないのかもしれないけど、でもそれだけで、千智はスッキリするんじゃないかな」 「……スッキリ?」 「爽やか」 「爽やか……」 「爽快」 「爽快……」 「何だって同じこと、なんだけどね」 「…………」 リーマスは爽やかに笑ってみせるけど、わたしはまだ少し不安だった。──吐き出しても、『いい』のだろうか。自分の中に、あんな醜い劣情があるとわかっただけで、わたしは酷く、気分が悪いのだ。ましてや他人のそれなど、わたしはともかくシリウスは、受け入れてくれるだろうか。嫌がられはしないだろうか。嫌われやしないだろうか。シリウスに嫌われてしまったら、それで全てが終わってしまうような気がするんだけど……。今のわたし達がなんとかギリギリ関わっていけているのは、(わたしはもちろん、)シリウスがわたしを好きだという基盤があってこそのものだというのに。それがもしなくなってしまえば、それこそもう何もかもおしまい、である。 「……千智、もしかして怖いの?トロールを素手で殴り殺せるきみが?」 「だって、こんな汚い、わたし……」 「……じゃあ、このままでもいいの?」 「それはっ……」 嫌だけど、と、勝手にか細くなっていく声に自分でも驚きながら、『いつまでごねている気だ意気地無しが』とでも言うような眼差しのリーマスを見て、これまでの自分と、その気持ちを振り返る。……これはもう、やるしかないみたいだ。 「……けどどの道、まずはシリウスと2人きりになれなきゃ、駄目じゃないか」 「その点は心配いらないよ」 最後の悪あがきに、リーマスはすぐさまそう返答してきた。「ぼく達を、誰だと思ってるの?」リーマスを窺うと、彼にしては珍しく、たくましい程のしっかりとした声。 「……リーマス?」 「今回は、千智にとって進展だしね。きみがもしシリウスに、本当にぶつかる気持ちでいるのなら──協力するよ」 「…………」 「最近は寮点を減らすようなものばかりだったからね……仕方ない。悪戯仕掛け人が仕掛けるのは、叱られて罰則を与えられるような悪戯だけじゃないってこと、思い出させてあげようじゃないか」 リーマス・ジョン・ルーピン。 いつも穏やかでたおやかで、朗らかな人のいい笑顔を携えていて、時折わりと頻繁にその表情は悪戯に笑んで、それでもどちらかというと防衛術より魔法薬学、クィディッチより監督生、アクティビティよりインテリジェンス。そんなリーマスは、まるで彼にしては酷く突発的に、大胆な発言をする。それは、そう、彼がいつも憧れている、がっちりとした体格を持っていて、たくましい『男性』へと変わりつつあるジェームズのような。 「仕掛け人総出で、ドッキリ企画だ。特別ターゲットはシリウス・ブラック。シリウスが逃げるに逃げられない、千智が止めるに止められないような、どうしようもないシチュエーションをぼく達が作り出してあげる」 |