005 誘いなさい



「ハロウィン?」

と、首を傾げるとリリーは少し怒ったような声で「あなた、まさか忘れたの!?」と叫んだ。美人は眉間に皺を刻んでいても、その美しさにおいては劣化しないものだという事を痛感させるリリーである。こちらを睨んでいらっしゃるリリーに「いやそんなまさか。覚えてないわけないじゃんか」と返事して、パンにかぶりつく。やっぱりパンは焼きたてが一番だ。──グリフィンドールの談話室、ミリアちゃんが食堂からくすねてきた大量のパンが入ったバスケットをテーブルの真ん中に囲み、お食事会、なんて言っちゃって。ちなみに他の生徒は授業中。夕食前の最後のひとふんばりに、わたし達3人は加わらなくてもよい、魔法生物なのだ。「例に漏れず、今年もダンスはあるのだけれど、仮装必須になったわ」人差し指をピンと立て、教師みたく説明してくるおしゃまなリリーに、それは知らなかったと返す。仮装必須。つまりそれは、今年はリリーやミリアちゃんの、ドレスではなくコスプレ姿が見れるということ。イッツワンダフル。ナイスダンブルドア。「というか」内心喜びに悶えていると、ミリアちゃんが呟く。

「……お前、ダンスには何人か誘われていただろうが」
「あ?あー、そうだっけ?」

言われて、そういえばそのようなな記憶がないでもないことを思い出したが、しかし何だか適当に断りを入れた記憶がある。

「……あれ。そういえば一昨年にも似たようなことがあったような」
「それはあなた、3年の時でしょう?だったら先一昨年だわ」
「恐るべし時差ボケ」
「お前が鈍いだけだ」
「千智が鈍いだけよ」
「まさかのハモり!?」

意外な声のコントラスト。
魅惑的なハーモニー。
……それは言い過ぎか。

とにかく、と言ってリリーはジャムを塗りたくったパンをちびちび食べて終わると、まっすぐ伸ばした人差し指をわたしの方へやった。ビシッ!とキマった。

「シリウスを誘いなさい!」

……勢いに呑まれてやるもんか。
わたしは「いや多分ムリだと思う」と、一見ただボケてみただけかともとれる言葉に的確なツッコミを入れた。入れられたリリーは不満そうに頬を膨らませる。可愛い。じゃなくて。今度は自分にツッコミを入れたわたしだったが、そんな余裕など、次からのリリーの怒鳴りでどこかへ吹き飛んでしまう。

「あらどうして?シリウスはあなたが好きなのよね?千智、あなたもシリウスが好きなんでしょう?これを世間で何と言うか、あなた達はご存じなのかしら?だったら私が教えてあげるわ。両思いよ。──そう、両思い!両思いなのよ、あなた達は!なのにどうしてあなたはシリウスがあなたの誘いを断るだろうと考え、そしてシリウスはあなたを誘うどころか休み時間でさえ話し掛けにも来ないのかしら!」
「……り、リリー?」
「大丈夫よ千智、ただでさえレディーに誘わせるだなんて非常識だというのに、恥を忍んで誘って、もしあの男が断りを入れるようなことがあれば、私が、あいつを、殺す」
「怖いし!キャラ違うから!」
「──ああもういい加減、鬱陶しいのよあなた達2人は!一体いつまで、こんなギスギスした空気を漂わせるの!あなた達はそりゃあ本人同士お互いに切ないフリして想い合っていればいいでしょうよ!けれど周りでそれを見なくちゃならない私の身にもなってよ!もう限界なのよ!目障りなのよ!耳障りなの!何よこれ!こんなの恋じゃないわよ!こんなの愛じゃない!好きなら好きって、愛なら愛してるって、言って抱きしめてキスしてセックスすればいいんじゃない!そうじゃなくて!?そんな簡単なことが、どうしてあなた達には出来ないの!」
「ちょ、ジェームズ!ジェームズ来て!リリーが壊れた!」

今は野外活動(禁じられた森での中動物との戯れ)中であるジェームズには届くとは思っていなかったがとりあえず叫んだ。談話室の入口に穴が空いた。次の瞬間にはジェームズがリリーを抱きしめていた。……そんな馬鹿な。見ると、合言葉を告げれば貴婦人はちゃんと通してくれただろうに、それすらも待てなかったのか空けてしまった穴はピーターが頑張って塞いでいる。「ジェームズ……」と、リリーは大人しく抱きしめられている。

「愛しいリリー。こんなに綺麗な涙を流して、きみを泣かせたのは一体誰?声も少し、かすれてしまっているみたいだ」
「ああ、ジェームズ。違うの。違うの。違うのよジェームズ。誰も悪くない。悪くないの。少し悲しくなってしまっただけだから」
「少し!少しだって?僕は知っているよリリー、きみのその可愛い瞳は、滅多なことでは潤み、涙が溢れるようなことはないということを」
「……千智とシリウスが、いつまで経っても、仲直りしないから、私、悲しくなってしまったのよっ」
「……ああ──ああリリー、きみは、なんて優しいひとなんだろう。友達を思って流す君の涙は、真珠より美しい」
「ジェームズ!」
「リリー!」

ひしっ!
と抱き合うジェームズとリリー。
……あの、帰ってもいいですか?
隣を見ると、ミリアちゃんも2人を見て何故かハンカチをギリギリ噛んでいた。……ひがみ、か?

「あの……お2人さん……?」
「話しかけないで!」

びしっ!と制された。
リリーはわたしを睨んでいた。

「ジェームズ……私、泣き疲れて、少しクラクラしてきたわ」
「それはいけない!さあリリー、もう部屋で休もう?僕、付き添うよ」
「…………」
「それじゃあ千智」
「またね。ミリアも」
「うむ」

手を振って、2人は去った。
…………。
あのリリー、実はステラちゃんだったりしないのだろうか。よくよく思い返せば、恥じらいのない箇所がいくつかあったぞ。

「ピーター、こっちおいでよ。あの2人はとんでもないバカップルになってしまったよ」
「え?あ、2人ともいない……」

一生懸命穴を塞いでいたピーター。
いい奴だよなぁ。
おいでおいででピーターを正面のソファに招いて、ミリアちゃん特性のジャム各種(ストロベリー、オレンジ、アップル、クランベリー、レモン)の瓶とバスケットを寄せてやると、頬を綻ばせた。もらうね、とパンを手に取る。

「あ。そういえばピーター、ハロウィンパーティーの相手って決まったの?」
「ハロウィン?ああ、ダンスだよねっ。決まったよ。っていうか、あのね、実は僕、1年生の頃からパートナー変わってないんだ」
「え、うっそ。6年間?」
「うん。ハッフルパフに友達がいて」
「へー……」

照れくさそうに笑うピーター。
……何気にすごい話だよなぁ。
ピーターはどのジャムにしようか決めかねているようで、ミリアちゃんにオレンジを進められるとそれに従ってパンに塗って食べ始めた。わたしは何もつけないまま、パンをかじる。ふんわりと香る小麦のにおいがあたたかい。

「む。先程千智がジェームズを呼んだら飛んで来たが、お前達、授業は一体どうしたのだ」
「ああ……うん、悪戯の仕掛けで……」
「サボりか」
「悪い子だなー。てことは、あれ、もしかしてシリウスも?」
「うん。多分リーマスと一緒に図書館にいると思うよ」
「図書館……」
「あそこなら、女の子達も騒いだり出来ないから──マダム怖いし……」
「なるほど」

やっぱシリウスは一番人気か……。相変わらず、このシーズンになると、女子生徒からはひっきりなしに誘われまくっているんだろう。なるほど、最近やたらとシリウスに絡みつく女子が大量に増えたのと、心なしかシリウスが不機嫌そうなのはそういうわけだったのか。と得心する。……あれ。じゃあもしかするとシリウス、もう誰かと約束しちゃってたりして……、

「あ、心配はいらないよ」

と、ピーター。
どこか嬉しそうに笑う。

「シリウス、全部断ってるから」
「……さようで」
「チャンスじゃないか、千智。誘うなら今だ。私もセブルスを完膚なきまでに誘うぞ」
「完膚なきまでに?」
「近付く女は、焼く」
「こわっ!」

これがリーマスの言う嫉妬?


『仮装ってもなー……』
『む。どうかしたか千智、私に相談してみてもよいのだぞ』
『……ミリアちゃんはハロウィン、何に化けるか、もう決めた?』
『ばかっ!化けるとか言うなっ!』
『……ミリアちゃんは何にコスプレするのか、もう決めた?』
『うむ。実はもう密かに着々と準備に取り掛かりつつあるところだ』
『密かに着々と……』

コスプレはいいのかよ、という模範的なツッコミはミリアちゃんには効果をなさない。ていうかほぼ毎日わたしと一緒に寝ているミリアちゃん、わたしに隠れてそんなことをしていたのか。『ふふん。まあ精々ウキウキしながら待っているがよい』ミリアちゃんは胸を張って言う。相変わらず、自分に自信のある子だなあと思いながら頷いた。

『あ。魔女コスは駄目だぞ。被るから』
『バラしてんじゃねえか』

しかもそのまんまかよ。
…………そんな訳で。
きたるハロウィンに向けての仮装もといコスチュームプレイのコスチュームを考えるにあたって、周りのひとが何にコスプレするのかを聞いて参考にすべく、わたしはリリーの部屋の扉をノックする。はぁい、と可愛らしい声で開けてくれたのはリリーではなく、同室のヘレン。

「あ。千智だ」
「ハロー。リリーいる?」
「いないよ?んーとね、レポートを出しに行ったの。まだ期限まで1週間もあるのにね」
「あー、真面目なことで。ところでヘレンはハロウィン、何にコスプレする?」
「私?私はねぇ……りんご」
「は?」
「りんご!」

この子もこの子で変わっている。
即効でヘレンにバイバイした。

「魔女に、りんごねぇ……」

とんとんとん、と階段を降りると談話室にいたのはリーマスとステラちゃん。一見ほのぼのしているように見えるが、周囲に漂うオーラははっきり言って周りにひかれている。「お、千智」と、誰かがわたしに気付いてくれたので、わたしは2人を除いたみんなに向かって、ハロウィンでは何にコスプレするのかを尋ねてみた。すると、返ってくるわ返ってくるわ、個性的でありヘンテコであり愉快である化け物や生き物の数々。わたしは挙げられる声にいちいち箇条書きでメモをとってみる。「ミイラ男に切り裂きジャック、ハサミ男にゾンビにそのままかぼちゃ、黒猫に子悪魔に魔性の女……最後のちょっとおかしくないか」読み上げながらツッコミを入れ、そして最後にやっぱりリーマスとステラちゃんが何にコスプレするのかが気になって手をもみながら尋ねてみたところ、

「んー、王的な何か」
「んー、姫的な何か」

そりゃもうにっこりと笑顔で。
すいませんでした。


「で、ジェームズはどうなのさ?」

悪戯を仕掛けている途中で運悪くフィルチに見つかり、珍しく捕まってしまい罰として医務室で薬品の整理をしていたジェームズを見つけたので、しゃがんで目線を合わし、やる気はないがスムーズな手際を観察。「きみ、まだ何にコスプレするか決めてなかったのかい?」ミリアちゃんやステラちゃんやリーマスやその他同寮生たちは突っ込まなかっただけであったがジェームズに至っては自らも仮装をコスプレと表現するあたり、わたしとジェームズの性癖の類似を述べているんだと思うよ。

「こういうのって、当日にお披露目して驚かせるから楽しいんじゃないか」
「わかってるけどさぁ……お願いジェームズ、参考までに!」
「うーん……リリーに言わない?」
「言わない言わない」

カチャカチャと薬瓶を扱う手を止めてジェームズは、どうやらリリーをときめかせたいらしい。苦笑しながら約束すると、にっこりと笑う。

「僕はね、オオカミ男なんだ」
「え、人狼?」
「ノン!ノット人狼!」
「ユーア、狼男?」
「イエス!」

「衣装はちょうかっこいいやつを手作り中なんだ。千智も見たら惚れるよ!惚れちゃうよ!参ったなぁ僕にはリリーがいるのに!」一人で勝手に照れ始めたジェームズを白い目で見た。こいつが、ちょう、とか言うのにも引いた。オオカミ男ねえ、と呟く。どうやらリーマスへの嫌がらせではないようだ。まあジェームズがそんなことするわけないんだけど。「あ。リリーなら今中庭にいるみたいだよ」との情報には、有りがたくお礼を言っておいた。忍びの地図って、やっぱり便利だよなぁ。


「あ。リリー!」
「あら千智、シリウスはもう誘ったのかしら?」
「…………」
「ふん」

まだ怒ってらっしゃる。
つい、とそっぽを向くリリー。
か……可愛い……?
ジェームズもこんな気持ちになるから、何年もリリーを追いかけ回していたのだろうか。

「り、リリーは何のコスプレするのっ?ハロウィンとかさっ」
「コスプレ?仮装よ。はしたない言葉はあまり使うものじゃないわ」

…………おお、
やっとまともな訂正が。
ちょっと感動。
ていうか、つい先日、怒りの勢いではしたない言葉を叫んでしまったことは、リリーの中ではなかったことになっているらしい。わたしは苦笑しながら「誘ったは、誘ったよ」と言って、リリーの隣の椅子を引いて、そこに座る。文句は言われなかった。

「……誘ったの?」
「誘えって言ったのはリリーじゃん」
「それは、そうたけど……」
「直接言うのは憚られてね。面と向かって断られてもショックだし、パニクったシリウスが他の女の子誘っちゃうのも嫌だし、手紙で」
「手紙……」
「返事は、まだないけど」


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