014 シリコン製ではない



目を閉じて、
周りを遮断する。
懐古する。

まずは七生。
拾ってくれた彼女。
彼女がいなければ、
わたしは生きてすらいなかった。
そのことに深い感謝と、
果てしない信愛と、
そしてほんの少しの恨みを。

次はカイ。
あいつに会ったら色々と言いたいことはあるのだけれど、
まずはお礼を。
そして愛の鞭。
そして伝えたいことがある。
色々と。

次はあの子。
凡てを話そう。
そしてきみの、
決して強くない渾身の力で、
殴られよう。
そうすれば次はきみの番だよ。
もうお互い、
確かめ合うのは止めにしよう。

そして、
逢えなくなったあの人へ。
あなたはもう、
わたしに逢いたくはないのでしょう。
でもわたしは逢いたいです。
逢って、
今度は、
昔みたいに、
あんな形でではなく、
今度は親子として。
名前をくれて、ありがとう。
今度は、
『さようなら』
以外のことをあなたに言いたい。

わたしは行きます。
わたしは生きます。


カイの皮肉な欺瞞。
あの人の叙情な詔。
七生の優しい性格。
そして、
言いたい放題なあの子の表現。
受け負おう。
受けて負おうじゃないか。

全身全霊をかけて、
誓う。
願いを、
祈りを、
凡てを。
護り育てていくと。

それが、
彼女への当て付けにもなり、
生き方の違いにもなると思うから。


目を開けた。
今までとは、全然違う景色。
宮殿みたいな造り。
床は真っ白。
壁は真っ白。
柱も真っ白。
天井も真っ白。
全てが真っ白の建物の中にいた。

「……え、ここどこ?」

なんか、こっちのが幻覚ぽいんですけど……と悪魔くん(カイの手下と勝手に解釈)の説明を聞こうとして、声を探る。何も聞こえなかった。……あ、そっか、悪魔くんは幻覚だったんだっけ。んで世界も幻覚で、幻覚を解いて、だから悪魔くんも解けてしまったと。

「……って、駄目じゃん!」

迷子変わりないじゃん!
……ここ、パーティーの会場からどんだけ離れてるんだろう。結構長い間、追いかけっこしてたような気がするから(それも全力疾走)……相当な距離になるかもしれない。

「くそ……あの妙に長ったらしい説明はこの状況を隠喩していたというのか……してやられた……」

ちょっと考えれば気付きそうな感じだったけれど、とりあえずそう呟いてみることで自己肯定を保った。とりあえずわたしは帰りたいので、なんか普通に存在した入口(真っ白だったから見え難かったけど)から外に出て、今度こそ周囲の状況を把握してみた。

「……うん。これは幻覚だ」

宮殿が宙に浮いていた。
……マチュピチュ?
いや、あれは単に高原に位置しているだけの都市遺跡。真実空を漂っているわけではない。わたしは即座にカイの創った幻覚と判断したのだけれど、冷静になった現在もうそれは解けている。

「……空中楼閣?いやそれは比喩だ」

混乱し過ぎて、声に出して一人ノリツッコミ。虚しい。

「蜃気楼……逃げ水……とも、違うか…………」

宮殿の入口と繋がっている階段は何故か螺旋しており、雲より高い位置に在しているこの宮殿からずっと下まで続いているらしい。真下にあるのは、魔術学校ホグワーツ。そんな馬鹿な。

「……でも、帰るには、ここを降りるしか……」

ないんだよ、ね。
手すりも蹴上げの踏面もなく、ただ同じ大きさの薄いプレートが少しずつズレて浮いて、たまたま階段の形になっているようにしか見えない階段を見下ろす。……高いなあ。あんまり見たくないなあ。わたし何気に高所恐怖症のケがあるからなあ。こんなとこまで、一体どうやって登って来たんだか──まあそれはわたしが、よっぽど平静を失っていたということなのだろうけれど。

「ううう……南無三」

仕方がないので、なるべく下を見ないように、そして足場だけは確保出来るように焦点を固定して、ゆっくりと降り始めた。


「あーっ!」

地上に着陸したのは、それから3時間後のことである。階段の終わりはちょうどホグワーツ城の正面玄関の階段の前で、その正面玄関には仁王立ちしている我等がグリフィンドールの寮監であらせられるミネルバ・マクゴナガル教授──略してミネちゃんを発見し、わたしはなんだか懐かしくて「ミネちゃーんっ!」階段を駆け上ると彼女の胸にダイブした。「きゃ!」などと、女の子らしい声を上げるミネちゃんはまだまだ若い。

「でもミネちゃんちょっと見ない間に目尻の皺が一本増えたような……」
「戻って来て第一声がそれですか!」
「眼鏡もフレーム変わってるー」
「え、ええ変えましたけど……」
「イメチェンイメチェンー」
「…………」

げんなりとした様子のミネちゃん。可哀想だが、しばらくはこのテンションを落とすつもりはない。久々に人間と触れ合っているこの感覚は、酷く安心するのだ。それでもミネちゃんはわたしを抱きしめ返してくれたから大好き。

「えへへへへー……」
「……どうしたのです、一体」
「なァんでもないよー。元から千智ちゃんは可愛い甘えん坊キャラだったよー」
「…………」
「でも後でちゃんと話すから、ダンブルドアの部屋に来てね」
「……はい」
「ふふっ」

笑ったら、歌うような声が出た。ミネちゃんはわたしを身体から少しだけ離して、わたしを見つめる。酷く優しげに微笑んで、おかえりなさい、と言う。わたしはただいまと返した。

「私は眼鏡を変えましたが……千智は髪が伸びましたね」
「へ?……伸ばしてないよ?」
「伸びていますよ。1年と半年前には、胸の辺りまでしかなかったじゃないですか」
「……うん?」

ミネちゃんの奇妙な言い回しに首を傾げると、ミネちゃんはわたしから完全に離れて、自分のローブの内側を探る。はい、と取り出されたのは手鏡。促されるままに受け取って、覗き込んだ。

髪が伸びていた。
顔つきが少し、違う。
変形した、
というよりは、
大人びている。

「…………」

胸元に視線を下げる。
膨らみが大きくなっていた。
手をやる。
シリコン製ではないらしい。

「…………」

わたしが声も出さずに絶句していると、ミネちゃんは「どうしました?」と尋ねてくる。問いに問いで返すタブーをこれまでに幾度となく破ってきているわたしはミネちゃんに尋ねる。

「ミネちゃんはここで何してんの?」

ミネちゃんは「は?」と目を見開いて、それから分かりきったことを聞くなというような顔をして答えた。

「ハグリットが新入生を連れて来るのを待っているのですよ」

それからあなたはセレモニーの始まる前に、普通魔法レベル試験を受けなくては第6学年生として認証されることが出来ませんよ、と続ける。

1年と半年前。
第6学年生。
普通魔法レベル試験。
伸びている髪。
でかい胸。

「……そんな馬鹿な!」


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