013 悪魔と話



「うーむ。困った。どうしよう」

わざとらしく呟き、それから天を仰ぐ。うん。見事に何も起こらないな。本当はちょっと、ほら、小説や物語なんかで、主人公が苦悶しているとよく正義の味方とかかっちょいい王子さまとか人生の指導者とか、そんな感じの助けが現れるっていうシチュエーションを期待しての行動なんだけど、見事にわたしの周りはしーんとして「どうかしましたでしょうか?」しまっていて、この分だと自力でどうにかするしかない状況だ。うーん、困ったなあ、ここがもしホグワーツだったならシリウスが助けに来てくれたりジェームズが探しに来てくれたりリーマスがいじめに来てくれたりピーターが一緒に迷子になってくれたりしているとこなんだけど、「どうかしましたか?」生憎わたしの辺りに広がっているのはいわゆる雑木林というもので、シリウス達とパーティーに行った(今年はスリザリンの誰かの邸宅で行われた。名前は覚えてない。)時には既に夜であり、やっぱり今も真っ暗なので、暗所恐怖症を自称したい年頃の乙女であるわたしは、風で揺れる木々に、きゃーっ!とでも怯えなければならないところなのだけれど、「もしもしあの聞いてます?」生憎わたし、可愛こぶる相手(シリウス)もいないのにそんなこと出来ない。痛いし。うーん。とりあえず歩こう。歩いてみよう。林にも端はある。うん。

「一人でも帰り着いてみせるのら!」
「めちゃめちゃ可愛こぶりっこじゃあないですか一人痛い子ですね」
「きゃーっ!」
「本当にわざとらしい子ですね」
「声がーっ!なのに姿が見えないーっ!ユーレーがいるーっ!」
「ホグワーツで毎日ゴーストをいじめているあなたが何を仰っていますかしかも間違っていますし殺しますよ」
「悪魔だーっ!」
「はい悪魔ですこんばんは」
「……悪魔ーっ!」

「だからそうだと言ってるじゃないですかそして挨拶は返しましょう」と声に突っ込まれたのでこんばんは、と何処へともなくお辞儀をしてみると「はいこんばんは」と満足そうな声が返ってきたのでわたしは今猛烈に現実逃避がしたくなった。羊でも数えてみようかな。

「猛烈に懇願せずともあなたは今まさしく現実逃避の真っ最中ということなので僕に罪を擦り付けなくとも良いのですがね」
「は?何言ってんの。それより悪魔くんきみホグワーツに住み憑いてる『何か』じゃないの?」
「ええ今はホグワーツに住んでいるのは確かですが『憑く』とか言わないで下さいまだゴースト扱いですか」
「……なんでわたしのとこに来てんのさ。前会った時は『全然ダメ』とか『見込みがない』とか『貧乳』だとか好き勝手言ってくれてた癖に」
「そーですねーそれには別に浅くも深くない訳があるというものなのですがまずは此処についての」
「え、突っ込もうよ」
「何にですか?」
「え、知らんぷり!?」
「何がですか訳わかりません僕はあなたを見た時からずっと貧乳だと思っていましたよ」

初対面の人間にそんなことを思われていたのか……。あ、悪魔だっけか。ちらり、と胸元を見下ろす。……平均並だと思うんだけどな。

「それより悪魔くん、話を進めようよ。さっき『現実逃避の真っ最中』とか言ってたけどそれはどう言うこと?」
「いきなり真面目になりますよねあなたという人は。僕ははっちゃけたらいいのか真面目になれば良いのか困りますどうしましょう」
「死ねばいいよ」
「うっわ酷!残忍!冷酷!非道!」

今しがた母親を見殺しにしてきた不孝娘に一体何を求めているのだろうこの悪魔は。「まあいいですまあいいです」そう言って声だけの悪魔は咳払いをする。本当にこいつは悪魔か?

「ええ僕は悪魔で今はホグワーツに住んでいて以前にあなたを批難したことはありますが別にあなたに着いてきた訳ではありません。だってあなたは何処にも行ってはいないのですからね」
「……は?何それ」
「真っ最中だと言ったでしょう。あなたは現実逃避の真っ最中だと。本来ならば僕はあなたの前に声のみでなく姿を現すことは出来るんですよ」
「出来るんだ」
「倒れますよ僕があまりに美し過ぎて」
「…………」
「あっ無視しないで下さいすみません。──ええ本来僕の意思でそうすることは出来るのですが今の僕には出来ません」
「出来ないんだ」
「出来ません。何故ならあなたが僕のことをただの悪魔の『声』としか認識出来ていないからですよ」
「……もうちょい解りやすく」
「つまりですね」

悪魔は言った。
「あなたは幻を見ています」
悪魔は言った。

「……へー……そうなんだあ………………それは知らなかったなあ」
「信じて!」

突っ込まれた。
悪魔に突っ込まれた。
それはどうでもいいけど、
「どゆこと?」
と尋ねる。
聞き捨てならない言葉だ。
捨て置けない台詞だ。

「だってわたしは今しがた──」
「母親を殺して来たんでしょうね──ああ。あなたに言わせれば《見殺しに》ですか」
「そうだよ。幻の訳がない──」

あんな狂気。
あんな怨念。
幻の筈がない。

「その事のみにおいてならば確かに事実とも言えますがしかしあなたが今此処にいるこの場所においては立派な幻術が掛っているのですよ。だから僕もあなたの記憶の中の僕という悪魔です」
「場所?」
「あなたのお母様との再会及び殺戮のフィールドを用意してみせたと言いますか。しかし全くあなたも狂っていますよね。困った時に神に祈る人間は数多しですが無意識に悪魔を呼び起こす人間なんてそうはいませんよ」
「用意って……そんなん言い方変えれば『協力』じゃないか。あの人にわたしを殺す協力するなんて、《死喰い人》のクソ共の仕業?」
「いいえそんなクソ共ではありません。むしろクソ兄貴先生の方ですか」
「…………」
「愛しのお兄様の仕業ですよ」

そんな訳があるか、
と言おうとして、
奴なら有り得ると納得した。
……うーん。
兄妹として、
どうなんだろうこれ。
信頼信用とは程遠い。

「あー……畜生、いつの間に……」呟きながら、掌で額を抑えた。確かにカイならば実力面において《認識》と《把握》の《親方作品》であるし、それは去年の事件の事後処理の鮮やかさを見ても伺える。ステラちゃんが今、グリフィンドール生として生活していられるのも、カイの計らいなのだし。

「それが真実だとすれば悪魔くん。きみはその幻覚から脱出する術を知っているというのかな?」
「ええ知っていますよ教えてあげましょうともああ何と親切な僕!美しい!」
「ナルシストだね」
「僕がこのようなナルシストな台詞を吐くのはあなたの中の僕の認識が《こう》だからですよ」
「実際は違うの?」
「ナルシストではありませんが僕が美しいということに変わりはありませんよ」
「わぁナルシーだー」
「だから今あなたと会話しているこの僕はあなたの……っていい加減疲れたので進んでいいですか?」
「うんごめんねぇ」
「はい許します。そういうわけで僕は幻覚ですがいつまでもあなたに幻覚の世界をさまよわせているわけにはいきませんので戻る方法を教えてあげようと思いましてね」
「わたしの知らないことをなんで記憶の悪魔くんが知っているの?」
「お兄様先生のハンデです。まさか目に入れても痛くない可愛い妹さんがいつまでも自分の創った幻覚をさまよってしまうというのはよっぽどのプレイですからね」
「そんなプレイはないと思う」
「つまり現実の世界に帰りたければ両目を瞑り深呼吸して落ち着いて今ここの偽物の景色のイメージを空白にしてから目を開いて下さいね。そうすれば無事に帰れるということですがただしあなたが『彼女』を見かけて追いかけ始めた地点では現実で幻覚の世界に入り込んでしまったのは『彼女』と対面してからということなので当然あなたが覚醒して目のあたりにする光景といえばその地点から『彼女』を追いかけ走った距離分だけ移動してしまっていますからご了承下さいとお兄様先生は仰っておられましたよ」
「……さっきから思ってたんだけど」
「何でしょう」
「カイと知り合い?」
「ご想像のままに」


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