金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。 頬を裂く痛み。 足を割く痛み。 腕を切る痛み。 首を狙う痛み。 しなやかな動きには一切の無駄がなく、一瞬その場に停滞していたかと思うと次の1コマには悠然とこちらの懐に入り、腹をかっ斬ろうとしてくる、そんな彼女。彼女より明らかに劣っているわたしの反射では、ただその攻撃(彼女にしてみれば、『それでは術式を始めます。メス』みたいなものなのだろう)を紙一重で避けるのが精一杯だった。──今更そういったつもりはないのだが、逃げることすら不可能。 「くっそ──」 地面に落ちて用なしとなっていた彼女のメスを2本拾って、それでなんとか攻撃をしのいでいる程度だった。相手の動作を見て動く分タイムラグあるし相手の凶器はどこから沸いてるのか知らないがまるで尽きずに使い捨てしていくのに対してこっちはそれらを拾う暇さえなくて数的に不利だし腕は痺れてきたしで、なんかもう、早速くじけそうだ。こんなとこで、死ぬわけにはいかないんだけど。死にそうだ。 「──そんなにわたしを殺したいか」 ──瞬間、彼女の動きが鈍くなった気がした。気のせいかもしれないけど。──斬撃を仕掛けてくる彼女があまりにも透けているので、ちょっとでも気を抜くと、大量のメスが宙を舞っているようにしか見えなくなる。 金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。金属音。 滴る血。 響く音。 感覚が、 思考が、 意地が、 消えてしまいそうになる。 「──ねえ。そろそろ諦めてくれないかしら。力の差はわかっているでしょう?」 猫撫で声。 優しげで、 酷く、 あまったるい。 痺れる脳内で、 酷く響く。 「──ね?」 優しくしてあげる。 と、 微笑む。 彼女は、とても綺麗だった。 思わず頷いて、力を抜き、刃を下ろし、睨むのを止めて、瞬きをして、気をゆるめて、戦意を喪失し、安堵に身を任せ、美貌に魅了され、微笑みを返し、広げる両腕のなかにその胸に柔らかな肢体に飛び込んで、軽い心にもない抱擁を受け、顔を埋め、体を預け、身を委ね、そうして腹に刺さるのだろう薄い刃物による痛覚をせめて消そうと麻酔を射ってもらい、その中に毒か何かが入っていたりなんかして、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しみながらゆっくりと死んでいく様を観察されたりするのもよしとして、そして最期に映すのはただ彼女ひとりの微笑みであれ、と。そんな最期を認めてしまいそうになる。 けど。 「……まだ、だーめ……」 戦り合っている間に切ったのか、口の中も微かに血が滲んでいる。その不味さに我慢しながら、わたしは彼女に笑いかけた。彼女から笑みが消える。 「……生きて──いたいもの」 …………。 ……………………。 『ねえ、あなたはだれ?』 小さかった頃──カイと暮らし始める、少し前。《いつの間にか》一緒に住んでいた少女に対して、そう尋ねてみたことがあった。その少女は親を亡くしていて、少女ながらも独りで暮らしていた。そこにわたしが加わった、という形なのだけれど実際のところ、《その瞬間》の前後の記憶はわたしにはなかった。わたしに残っていたのは、ただの記憶だった。寂しかった──ただの記憶。母親に関する記憶はあまり残ってはおらず──父親に関する記憶はほとんど無いに等しかった。そんなわたしが、何気なく少女に対して発した一言に、少女はただ穏やかに微笑むだけだった。少女の名は、七生と言った。その名の由来は、七度生きるからだという。それを教えて貰った時は、その意味がよくわからなかった。 『私は──ただの私です』 『七生はわたしのおかあさんをしっているの?』 『どうしてそう思うのですか?』 『わたしをここに置いていったのは、おかあさんなんでしょ?』 記憶がある。 冷たく、薄暗い室内。 人間の温度は感じない。 ぼんやりと光る照明。 並ぶ器具。液体。物質。 わたしに背を向けるひと。 『おかあさん』 と、声をかけた。 振り向いてくれなかった。 何度も何度も声をかけて、 結局、一度もこっちを向いてくれたことなんてなかったと思う。 だから──寂しかった。 結局わたしは、あの人が気まぐれで何かをしてくれるまでずっと、研究書や資料や書物を読みあさるしかすることがなく、そして外に出ることも許されなかった。それなのに、わたしは気付いたら《そこ》にいて── だから、悟った。 自分は廃棄されたのだと。 『千智は──綺麗な髪ですね』 七生はただ、わたしの髪を撫でた。 首を傾げながらも、 そういえばあの人の髪は綺麗な銀色をしていたなぁとぼんやり思い出していた、あの頃のわたし。 …………。 ……………………。 心のどこかで、七度生きた少女を思い出しながら、笑った。 過去では確か、 7つ程の年が離れていたが── ──今はもう、 わたしの方が長く生きている。 「──ふ」 震える、声。 わたしのものではなかった。 「──ふざけるなっ!」 彼女は──吠えた。 瞬間に──押し倒される。 地面に頭をぶつけたらしく、強く視界が一揺れする。治まるともう、彼女はわたしの上にいた。 「誰の──誰のせいで──誰のせいで、こんな──こんなことに成ったと思ってるの!誰の──誰のせいで!」 怒鳴る。 わめく。 嘶叫する。 「あなたが悪いのよ、あなたが全て悪いのよ!あなたなんかがいたから、私はこうなった。あなたなんかがいたから──私は、隠れなければならなくなった!折角全てを棄てたのに──また増えた。守るものが出来た。あなたなんかがいたから──私は思うように生きられなくなった。背中を気にして生きなくちゃならなくなった。こんなの、望んでなんかいなかったのに!」 綺麗な顔を歪めて、 眉をよじらせて、 唇の孤をひん曲げて、 叫ぶ。 少女のように、 《少女のように》。 「あなたが出来たから──私はまた隠れなければならなくなった!隠れて、隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて隠れて、隠れる為に逃げたのに、逃げて、幸せに──今度こそ、幸せになるために──そのために逃げたのに、それなのに、あなたなんかが出来たから!」 綺麗な銀色の髪がうねる。 綺麗な銀色の瞳が睨む。 「幸せになれなかった。幸せになれなかった。幸せになれなかった。あなたのせいで!あなたが出来たせいで!あなたが──あなたの血が──わたしの──」 首には既に手がかかっていた。 皮膚に食い込む彼女の爪に、わたしの血が薄く滲んでいる。──意識は、薄い。けれど確かにある。 「あなたのせいよ!あなたのせいよ!あなたのせいなのよ!私はまた失った!手に入れるために棄てたのに、得たものをまた失った!私にはあの人しかいなかったのに!あの人しか私にはいらなかったのに!あの人をなくした、あの人を失った!あなたが《出来た》せいで!」 綺麗な銀色に、 涙が滲んでいた。 透明な──涙が。 綺麗だ、 と、思った。 「私にはもうこれしかない、私にはもうこれしか残されてない!棄てたのに、これは私について来た。──あなたと違って!これは私に着いてきた!だから私にはもう、これしかないんじゃないっ!なのにどうして拒むのよ!」 ぎりぎりぎり、 と、 圧迫。 ぐ、 と。 呼吸が止まっている。 血液の温度がわかる。 意識に靄がかかった。 ────否、 何か、 白い、 ベールのよう、な 、 「──どうして」 苦しそうな声だった。 切ないだけの声だった。 「あー……」 呟いたつもりだったが、 口から漏れたのは息だけだった。 吐くことは出来たけど、 生憎と、 吸うことは出来ない。 このまま5秒も経てば、 死ぬんだろう。 でも、 それは、 「どうし──」 「──あは」 その柔肌を貫くには、 十分すぎる時間だった。 地面に散らばったメスの一つをがむしゃらに握って、ありったけの力を込めて、突き刺した。どぷ、と音がして、生々しい感覚が手に残る。けれど呼吸は出来るようになった。 「──どうして──」 そう呟く彼女の下から容易く抜け出し、それから咳をした。急に入り込んで来た酸素が苦しくて、その場で少し吐いた。何も食べてなくてよかった、嘔吐しても胃液しか出てこないし、グロッキーなものを見ずに済む。 「──どうしてよ。どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして──」 呟き続けるのは、 腹を突かれた彼女。 呼吸を整えたわたしは地面に座り込んだまま、ずっと彼女を見つめていたが、 「──ねえ千智──」 どうして? かすれた声で、息切れ切れに、苦しそうに、泣きそうな顔でそう尋ねた彼女に、わたしはただ「人間だからだよ」とだけ答えた。意味は通じたのだろうか。多分、彼女には半分も通じていないのだろうと思う。 「──あは」 そうやって、 彼女は、 笑って、 狂って、 諦め、 放棄し、 自分で凡てを終わらせたのだから。 わたしは見ていた。 彼女が自分で、腹に刺さった《それ》を──彼女の唯一だったものを掴み、思いきり引き抜いて、そうして勢いよく吹き出した赤の鮮血を。身体中の血液が勢いよく噴射し、地面に染み込んでいく様子を。けたけたと子供みたいに笑いながら、それが徐々に朧気になっていく彼女を。引き抜いて、そしてそうすれば死んでしまうのは明らかだというのに、生きることを諦め、苦悩と葛藤と罪悪感を放棄し、そうしてわたしの目の前で二度目の死を迎えた彼女を。一度目はそう、確か10年も前のことになるのか── 「──思い出したよ、おかあさん」 わたしは、彼女を裏切ったことになるのだろうか。──そうかもしれない。だって、わたしはいつでも、彼女のことを考えて生きてきた。時には苦しんで、時には憎み、時には乞い焦がれ、時には待ちわびて、そうして生きてきたのだから。それは決して、彼女を終わらせるためではなかった。 ──でも、 どちらにしたところで、 彼女は裏切られた。 わたしは裏切っていなくとも、 彼女は裏切られたんだ。 「──それは、あの人が言っていたように、わたしのせいなんだろうなあ──」 |