009 くるくる狂っと



「見て見てシリウス、ちょー美味しそうなご馳走がずらーっと並んでるよ」
「ああ、そうだな千智。でも今はもーちょい我慢しような。ダンス中だから今」

くるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくる。

「シリウス、オールバックだとちょっとおじんくさいね」
「おじ……!?」
「うそ。色気あってムラムラする」
「うそ!?」
「うそ」
「…………」

右を見ても左を見ても回って踊って躍って舞って狂って螺旋し伝う人間達。シリウスの肩に手を置いて、シリウスの背中に手を回し、わたしの背中と腰にシリウスの手が当てがわれている。澄んだ、綺麗な音がきっと音の精霊が奏でているのだと確信出来るのは、そんなリズムを奏せる人間がこの死喰い人にまみれた汚濁の空間に在命していらっしゃるとは思えないからであった。はるか彼方の壁際の方を向いても、そこには去年のようにステラちゃんはいなく。あの死喰い人の一族もいなかった。「なんか寂しいね」シリウスの完璧なステップになんとかついていっている状態のわたしは、感慨に耽りながらも、あちこちから送られてくる視線のせいでシリウスの足を踏んだりしないように慎重に足を出している。

「ミューちゃんも、てっきりあの子のことだから、もうレギュくんに自分のこと話しちゃってるのかと思った」
「それほど軽率じゃねーだろ、あのガキもさ。あいつが本名バラしちまえば、家のこともバレる。レギュラスが知れば、親に言うだろう。あの家は、割と重要な役割を果たしていたみてーだし」
「それなんだよね」

あ、ここで回転。シリウスが片手をとって上にあげるので、合わせてわたしもくるっと回る。小言でシリウスが「回ってる千智もかわいいな……」と呟いていた。聞こえなかった振りをした。そうして早く終わらないかなあ、と思いながらも音楽に身を任せていると、「何が『それなんだよね』なんだ?」とシリウスが尋ねてきた。わたしは今までよりも、さらにシリウスに密着して、さっきまでよりもさらに声を小さくするよう努める。その際にシリウスの顔が一瞬にやけてしまったのは、誰かに見られていなければよいのだけれど。

「だってさあ、ミューちゃんにしてみれば、家族を殺された立場なわけでしょ?さっさと誰かに告げ口でもして、わたしやミリアちゃんのこと、訴えちゃえばいいじゃない。ミリアちゃんは家族が嫌いだった。でもミューちゃんはミリアちゃんが嫌いなわけなんだし、かばう理由ないでしょ?純血主義ぽいし」
「……ああ、言われてみれば」
「イマイチなに考えてんのか、わっかんないんだよねー。まあ、訴えられたとしても、証拠残すようなヘマはしてないけどね。真実を申してみれば、そもそも殺してすらいないわけですし」
「んー。……まあ、ムリに理由を付けるとしたら、ラザニアへの姉妹愛だよな」
「でもそれはありえない」
「あ。じゃあお前だ」
「は?」

わたし?首を傾げると、シリウスは「かわいい」と囁いてから、頷いた。……いや、だから、いちいちそういうの挟まんでいいから。

「わたしとミューちゃんが会ったの、入学セレモニーの時だよ」
「でもあっちはお前を知ってたのかもしれない。知るとまではいかなくとも、誰かに聞いたとか」
「……えー」
「あのガキをラザニアの奴、なんて言ったよ。『天才』だって言ったよなぁ?『天才』だから助かった。そう言ったらしいじゃん。《天才だから》──なんて、理にかなってない理屈が成り立つぐらいに、『天才』ってことなんじゃねえの?だったら、桐生と繋がってたステラの家と、ステラを経由して、お前のことを事前に知っていたんだとしても不思議じゃない」
「……十分不思議だと思うけどね……」
「要するに、理屈じゃねえって話だろ。だったら考えるだけで無駄だ」
「そうだけど……」
「だったらオレは、せっかくお前と見つめ会ってるわけだし、キスの一つでもしていたいなって思うね」

シリウスはそう言って、わたしのおでこに軽く口付けた。そして何くわぬ真剣な顔でこちらを見つめてくる。こいつは、この、降り注がれるような視線が気にならないのだろうか。

「だって千智、今日は特別かわいいからさ」

腰枠でスカートを大きく膨らませたドレスのリボンに軽く触れ、シリウスは照れたようにはにかんだ。おかげで議論が吹っ飛んだわたしは唇にキスをせがんだ。


「……あーもー。せっかくパーティーに出てるのに!なんでご馳走が食べられないんだあああ」

真っ暗、とまではいかなくても1メートル先が見通せない程度の闇の中、わたしは指を組んで大きく伸びた。眩しい灯りのともった建物から出ると、広い中庭は余計に暗く映るし、静かに聞こえる。わたしの少し後からついてくるシリウスは苦笑していた。

「せっかくあの、くるくる回りすぎて平行感覚失いそうな地獄から抜け出せたってーのに……」
「仕方ねーよ、終わった途端に群がってきたんだ。パーティー終わったら、またウチ来りゃいーじゃん。何か作らせるからさ」
「やった!シリウス大好き!」
「はいはい」

どうどう、となだめているようにも聞こえるシリウスの返事を聞いて、わたしはすぐ近くにあったベンチに腰かけた。ドレスが乱れないように、杖を振って、だ。シリウスも当然のように隣に座る。

「今年も泊まるか?」
「いや、きみんちの入浴方法に関しては方針が合わなくてね……ごはん食べたら帰るよ」
「ちょ、まさかオレがメイドに洗ってもらってると思ってんのか?あれは、女性の客人に対しての特別な計らいだよ!エステしてもらったろ?」

ギョッとしたシリウスに「わかってるよ。でも今年はやめとく」と言い、わたしは目の前の闇を見つめた。

──今年は、平和だな。
なんとなく、そう思った。
カイが来たりミューちゃんが現れたり、アギー姉妹に困らされたりしたけれど、いつもみたいにシリウスといちゃついたり、ミリアちゃんに振り回されたりセブセブに冷たくされたり、ジェームズとリリーはじれったかったり、ピーターはオドオドで、ステラちゃんは巨乳で、リーマスは魔王だった。
──なんかもう、すっかりと、ダンブルドアに手なずけられているような気もするけれど、なんとなく心はおだやかだ。

──こんな日が──

「……続けばいいのにな……」

シリウスは「何が?」と尋ねてきたけれど、わたしはそちらを向く余裕がなかった。

──一瞬脳裏をよぎったのは、
いつか聞いた悪魔の声だ。
親しみのある、
愛嬌のある、
気さくで、
軽くくだけた、
冷たい声。
あの声を聞いた時──
なぜだろう。
《見限られた》、
そう思ったのだ。

「悪魔に見限られたって、それって別にいいことじゃんかねぇ……」

なのにどうして。
あの時のわたしは、
あんなに絶望していたんだろう。
ステラちゃんもずっと、
こんな思いをしていたのだろうか。

「──千智?」

シリウスに呼びかけられて、ハッと目が醒めた。恐々と──心配そうに、不安げな声だった。わたしは覗き込んできたシリウスを見上げて、ただ首を振った。

「……なんにもないよ」

何を──考えているんだろう。
せっかくのパーティーなのに。
シリウスといるのに。
イヴなのに。

「……千智」
「……っ、ん?」
「そろそろ戻るか。冷えるだろ?ここ。ほら、もう日を跨ぐ」

見せてもらった懐中時計の文字盤は、0時を指そうとしている。ベンチから立ち上がったシリウスに軽く手を引かれて、わたしもつられて立った。ドレスの裾が地面についてしまわないように手で持ち上げながら、会場へと向かって歩いていく。

「千智、メシ何がいい?千智が好きなの、何でも出してやるよ」
「え、うーん、そうだなー……」
「チキンがいい?」
「あは。うん、そだね。チキンもいっぱい出してほしいな」
「よっしゃ!」

そんな言葉を交わしながら──シリウスの背中から、視線を動かす。きらきらとライトの輝く建物。ちょっと反らすと暗闇。ちょっとずらすと──ずらすと、

「────あ、」

全身の毛がよだったのは、一瞬。
足を止めて、シリウスが気付くのを待った。「どした?」と手を引くシリウスの手から、やんわりと指をほどいた。

「千智?」
「──ごめんシリウス、わたしやっぱ、もう帰るわ」
「え、メシは──」
「じゃ、またね」

そう告げたきり。
走った。
後ろは振り向かなかった。


[*prev] [next#]