008 ウルテク必須



「ところでアネキはどうやってあの卑猥物のハートを射止めたのかしら?」

誰か、助けてほしい。

テーブルから身を乗り出してわたしのベリータルトを1切れ皿から取って、さも最初から自分のものでしたとでも言うかのように高慢さ満ち溢れる手つきでかじったミューちゃんに好奇のまなざしを投げ掛ける人間の数は少なくはない。「ていうか毎度きみが来る度にわたしはシリウスから引き離されているんだけどな」そう睨むと、「恋には障害がつきものだわ」とマセたセリフをあっさりと返された。

「それよりもねえアネキ、教えてちょうだいよ。何かあるんでしょ?たった数日で虜にする、ウルテクみたいなの!」
「ウルテクって……」

ていうか卑猥物ってシリウスのことか。
既に何切れか皿にとっておいた内の一切れをフォークでぶっ刺してかじりながらちょっと考えてみたのだけれど、生憎わたしの記憶の範囲内にはそのような技は見当たらなかった。

「そんな筈ない。何かあるわ。隠そうったって、そうはいかないんだから」
「いや、そもそも人間関係ってそういう技勝負とかじゃないし」
「天才なのに?」
「わたしは天才じゃないよ。ていうかミューちゃん、その『数日』云々は何処から」
「『お願い、おねえちゃあああんっ』」
「まさかの甘え上手か!」

無論、ありったけのぶりぶり女の子可愛らしいヴォイスと萌え台詞の餌食となったであろう間抜けは、このホグワーツではミリアちゃんしかいないだろう。なんたって黄緑色だからな……。ときめきよりは先に自制心が働くに違いない。うーん……、もうちょっとまともな格好をすれば、レギュくんは案外コロッと堕ちそうなものだけど。

「アネキの色恋が、あたしの何かの役に立つんじゃないかと思って、参考までに色々聞き出してみたのよねぇ」
「ミリアちゃん、後で殴る」
「あはは。ますます阿呆になるわよ」
「お姉ちゃんのこと阿呆とか言うな」
「あんなのお姉ちゃんじゃねーっつうの……ったく、あんな馬鹿なアネキが、いてたまるか。そういう意味じゃあ、あたしはレグの気持ちもわかるんだけど」
「と、いうと?」
「だってあんたの彼氏、馬鹿じゃん」
「…………」

年長に対しての敬意も何もへったくれも感じられない言い草だったけど、否定出来ないのは何故だ。そういう意味で言ったんじゃないとは思ったけれど場繋ぎで「頭はいいよ」と言えば、そういう意味じゃないわよと即答された。ううう……。

「ま、まあ可愛いじゃんシリウス。妙にほだされるっつうか何て言うか」
「え、アネキ可愛い系がタイプ?」
「ってわけじゃないけど。あ、でもね、たまにすっごいかっこよくなるよ」

「え、アレが?」
ミューちゃんが指差すのは、グリフィンドールのテーブルからチラチラと熱い視線を投げ掛けてくる、絶賛両思い中のシリウス・ブラックくんである。「うん、あれが」とシリウスを見ながら頷くと、どう解釈したのかは知らないがシリウスは突然立ち上がり、こっちまで走って来て、

「呼んだか!?」

である。
軽く息を切らしているのと嬉しそうな表情を見ると、いや呼んでないよとは言えずに隣の椅子を軽く叩いて、着席を促してみた。シリウスは嬉しそうな顔のまま腰かけた。ミューちゃんは『うわぁ』と痛々しい目でシリウスを見ている。……レギュくんと結婚するつもりならシリウスは義兄になるというのに、酷い扱いだ。……あれ。ということは、わたしにとって、ミューちゃんは本当に妹になるのか。……うわあ。

「シリウス、離婚しよう」
「えええええ!?」
「いや冗談だけどね」
「し、心臓に悪い……」
「アネキ。言っとくんだけど、人間は犬とセックスは出来ないのよ」
「誰がお犬様だこの黄緑頭!」
「ミューちゃんちょっと黙ってて」

タルトの皿には見向きもせず、シリウスはチキンサンドをがっついている。無論、ミューちゃんを睨みながら。ミリアちゃんの妹ということで、シリウスのミューちゃんへの好感度は随分と低いらしい。スリザリンなせいもあるだろうし、それにレギュくんとの確執とも関係しているんだろうなあ。そんな風に言い合っている2人を見つめながら背中にかかる重圧(嫉妬というのは恐ろしい)になんとか耐えやがてしばらくしてレギュくんが当然のように授業をバックレる気満々だったミューちゃんの首根っこを掴んで引きずっていった様子に手慣れたもんだなぁと感心し、そして同意なしに愛の営みを計ろうとするお犬様には「こっ、この人チカンですううううぅ〜」と叫んで逃げた。愛のある、ほんの出来心だ。


「ほうほう。よい友に囲まれ、毎日がとても充実しているとな」
「変人どもに囲まれて偏頭痛の日々だって言いましたよボケ校長めが」

ところ変わって校長室。
相変わらず部屋の中は古ぼけた書物やら地球儀やら科学器具(ほぼお飾り)やらその他色々で散らかってはいるが、鳥籠の中のフォークスはこの光景が気に入っているらしく、床に置いてあった世界地図につまずいて転びかけたわたしが魔法で室内を片そうとしたら金切り声を上げたのでちょっと驚いたり。

「つーかお前、わたし呼んだのって絶対ミリアちゃんのことだけが理由じゃないよね。明らかにあいつらの面倒も見させる気だったよね」
「ふぉほほ。偶然にも、この期生にはなんと面白い子が多いことかと、前々から楽しみにしとったんじゃよ」
「厄介な身の上のミリアちゃんやステラちゃん、……で、リーマスか」
「まさしく。どんな境遇の子供にも、魔力を授かった者には等しく教育を受ける権利がある。あの暴れ柳はせめてもの措置だったのじゃが……」
「やんちゃ小僧が約3人いたと」
「頼もしい限りじゃ!」

いや、
ふぉふぉふぉ、じゃねえから。
長い髭を震わせて高らかに笑う老人はしかし、どこかあどけない子供のようにも見えた。その笑顔にほだされて突っ込みはしなかったけれど、

「──リーマスに関しちゃ、わたしはお呼びじゃなかった感じだけどね」

ため息を吐いて言うと、ダンブルドアはきょとんと目を見開いている。

「……なに?」
「──いや、なに。千智もすっかり子供らしゅうなって」
「嫌味か」
「小言じゃ」
「尚悪いわ」


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