──―─自室。 自分のベッドに座るわたし。 その前に正座するミリアちゃん。 『…………』 『…………』 『…………』 『かたじけないでござるっ!』 『笑える雰囲気じゃねえよ』 とてもそれで片付けてやれる問題じゃない。一刀入れるとミリアちゃんは『うう、』と唸り、そして、少しだけ、本当に申し訳なさそうな表情でわたしを見上げてきた。それにわたしは仕方なく、話を始める。 『──まず、ミリアちゃんに確認』 『なんだ』 『あれは本当にミリアちゃんの妹?』 あれとは勿論ミューちゃんのこと。 この際代名詞にこだわってられん。 ミリアちゃんはきょとん、と質問の意図がわからないとでもいうように頷く。『だから、そうだと言っているではないか』お前しょっちゅう嘘吐くから信憑性がねえんだよ。言うと、うーん、と悩む素振りをするミリアちゃん。なんだ、自覚もあるんじゃねえか。 『正真正銘、妹だ。ていうか、私以外の誰があれの姉になれる。言っておくがお前には渡さんぞ』 『……じゃ次ね。そのミューちゃん──美羽ちゃんだっけ。なんでここで生きていられる?わたしはあの屋敷に集った連中、1人1匹たりとも逃しちゃいないよ。捕縛した後にしても今現在に至っても、桐生の動きについては凡て把握してるつもりなんだけどな』 『それは至極簡単なことだ。美羽はあの日、屋敷には行かなかった。それだけのこと』 『…………』 『……む?』 『6月28日は、桐生の人間凡てが集う革命日なんじゃなかったのか』 『開祖の命日だ』 『同じだ馬鹿』 真面目な話にまで突っ込みを入れさせようとするミリアちゃんだった。──ともかくミリアちゃんは言った。あの日美羽ちゃんはあの屋敷にいなかったと。いなかったから会わなかった。言い換えれば、行かなかったから助かった。──行かなければ、助かる。 『……わたしが屋敷に乗り込んだ時、桐生は予測してた──そっか、予測してたなら──避けることも出来るわけなんだ…………でもミリアちゃん、桐生及びステラちゃん達、みんなが待ち構えてたのは、全員の指向―─否、体制みたいなものだったんでしょ?美羽ちゃん一人が例外行動を許されていい意味がわかんない』 『──美羽はな』 『うん?』 『天才なんだ』 妹自慢か。 ジト目で見下ろせば少し慌てたように、けれど『いやホントに!』と声を荒げるのでミリアちゃんは至って本気らしい。 『──言うなれば、立場の差かな。私は粗悪品で、美羽は殊物だった』 『……コトモノ?』 『同音意義語なら異物、とも言うがな。その場合の名は私と等しいが、美羽の場合は、生まれながらに《桐生》としての才にめざましかった。』 『ミリアちゃんの場合は《桐生》から外れているが故の、異物。同音異義語で言うなら遺物かな』 『…………』 『あれ。なんでそこで黙る?』 『……これはいわゆる、他人に言われるとむかつくというものだ』 『はあん、成程』 頷いておいた。 謝る気はないけれど。 ていうかそんなこと気にしてる場合じゃないし。 『はあ……つまり、天才だったから、屋敷に乗り込むのが《黄昏の罪悪》を名乗るわたしだってこともわたしが余裕で圧勝しちゃうってのも桐生滅!てなんのも予測できたって?』 『その通りだ』 『天才なめんなよ』 『私の推理だ』 『しかもお前の憶測かよ』 名探偵のようにこじつけ臭く、名探偵のようにまるでアテにならない憶測だった。ていうか、この世のどこに『天才だから』ですべて氷解する疑問があるよ。しかもミリアちゃん自信満々なところが、いまいち憎めない。心得ているミリアちゃんだった。 『じゃー次。憶測ってことは』 『推理だ』 『憶測ってことは、ミリアちゃんは知らなかったんだね?ミューちゃんが予めいなかったってのは』 『ああ、知らない。いないことは事が済んで介抱した際に気付いたぞ』 『じゃあ最後。──なんでわたしに知らせなかった?』 これが一番大事な質問だった。 ──わたしにとっては。 けれどミリアちゃんは、 きょとん、と瞬きをして。 『なんとなく』 と言った。 ──悔しくも、 それで得心してしまう、 ──自分が。 嫌で仕方がない。 『そっか、なんとなくか』 『ああ。なんとなくだ』 『なら、仕方ないよね』 『うむ。仕方ないな』 「僕は知らん」 相変わらず冷たいセブセブだった。 くそう、その優しさはミリアちゃん専用かー・とぼやいたら、「ブラックにでも慰めてもらうんだな」ブラック、の単語だけ鼻で笑い罵るようなアクセントでシリウスを嫌うセブセブ。うーんと。ここまで嫌い合える人間と出会えることすら珍しいものだよ。 「そんなこと言うと、ミリアちゃんに言っちゃうぞー?わたしと浮気してるぞーって」 「……いや、無理だろう」 「それは暗に千智ちゃんに女としての魅力がないと言いたいのかな?」 「さあな。しかし、僕はお前を女子だと思えたためしがない」 「……殴っぞ」 流石にそこまで言われて我慢する云われはなかったので拳を1つ用意すると、セブセブは珍しく軽い謝罪を入れた。 「悪かった。仮にもグリフィンドールには物好きがいたんだったな」 「謝ってねえし!」 「悪かった」 「……むう」 今度こそ簡潔に謝られてしまうと、わたしももう何も言えなくなってしまうのだった。セブセブは図書に視線を落としてパラパラと静かに頁を捲っている。わたしが何も喋らないとなると、この図書室のとある一角はとても静かで、いやここが図書室である自体で静かなのは当然なのだけれど、せっかくわたしとセブセブがいて、それなのにあえて沈黙を創り出すというのも味気ない。わたしが言葉を発さなければ、どうせセブセブは何も話しかけてはくれないのだろうし、わたしはとりあえず何気なく話をふってみることにした。 「セブセブはミューちゃんと認識があるの?《妹》については知ってたみたいな雰囲気あるけどさ」 「1度だけ、会ったことならある」 「何だいその言い回しは」 「…………」 「あっ、さてはセブセブも例のごとく、ミューちゃんに正面からバッサリと切り捨てられた派だなっ!『不潔!』みたいなっ!」 「あの小娘には年上に対する尊敬の念というものが全くない!」 「マジギレかよ!」 ばん! と図書で机を叩いたセブセブ。 おおう、まさか図書を乱暴に扱うセブセブが見られるとは。 「印象最悪なんだねー」 「不愉快だ!」 もうこれ以上わたしと話すことはない、というオーラを背中から発し、この場を立ち去ろうとするセブセブ。(わたし別に悪くないのに。)その背中に、なんとなく疑問を投げ掛けてみた。 「なんでミリアちゃんは、わたしに黙っていたのかなあ?」 セブセブは、答えてくれないと思っていた。だからこれは、ほとんど独り言みたいなものだった。けれどセブセブはぴたりと歩みを止め、こちらを振り向かないままに返してきた。 「お前に妹を、殺させたくなかったからじゃないのか?」 それは逆にセブセブがわたしに疑問でも持っているかのような口調だった。当たり前のことを言っていて、そもそもどうしてわたしがそんな分かり切ったことを質問するのかがわからない、といったような。わたしはその言葉の真意を掴むことが出来なかったが、「ふうん」とひとまず答えて、セブセブの退場を暗に促した。 「──でさー、レグってば、談話室戻ってもスネイプみたく課題か読書なのよ。予習もしてるわ。まぁその甲斐あってか英才教育の賜なのかどの教科もいい成績残してるみたいで。まー成績良いのはいいわよ。長所だし。『ちてき』だしね。けどねアネキ、ここで問題なのは、その間あいつってばあたしのコトずーっとシカトするわけよ。シカトよシカト。このあたしを?みたいな。特に読書なんてさぁ隣のソファにこーんな可愛いのが座ってて野暮ってもんじゃない?そりゃアネキんトコのヘタレよりクールだし、甘ったるい愛の言葉を囁いたりしないうざくなさ加減はいいけれど、それにも限度があるってもんでしょ。あたし達もう11過ぎたんだから純情なのはこの辺にしといて、そろそろテメエの兄貴の色気見習って欲しいところなのよねえ。インテリジェンスでペシミスト、いいわ。けどインスティンクティブなワイルドさも身につけなくちゃ、女は落ちないってものよ。あたしはそれらを兼ね備えるまではレグに惚れる気は毛頭ないんだけどね。あ、だからと言って逃すつもりもないのよ。だって中々の素材してるじゃない?まあ今で二重マルってトコかしら。ハナマルはまだ先の話で夢のまた夢だけど、あたしは頑張ってイイ男育ててみせるわよ。ねえアネキ、聞いてる?」 「…………」 聞きたくなかった。 どうしてわたしはレイブンクローのテーブルで昼食を食べているのだろうか。それはちょうど仕掛け人が悪戯に走ってて留守でステラちゃんがカイに口説かれてて留守でリリーがまだ図書館で留守で、ミリアちゃんがグリフィンドールのテーブルから今にも斧でも担いで殺しに来そうな切なげなまなざしで終始こちらを見つめているからって。本当やめてほしい。とばっちりだ。なんでわたしが、こんなわけのわからん姉妹のとばっちりを受けねばならんのだ。目の前で終始──レギュくんのことレグと呼ぶことにしたらしく(多分許可すら取っていない)、ぺらぺらぺらぺら喋りつつパンを食べ、そしてまだ話が終わりそうにないミューちゃんを見て、自然と溜め息が漏れた。はあぁぁぁぁぁあ。 「いっそ監禁して縛りつけてアダルトな映像を24時間に至って流し続けてみるしかないのかしら」 「ホントに11かお前」 思わず突っ込み。 シリウスでももっと純情だぞ。 日本の義務教育制度でいえばまだ小学生そこいらの胸も出てない子供が言うべき台詞ではなかった。 「……ていうか。なんでわたし達はレイブンクローのテーブルで食事を?」 「だってグリフィンドールだとあの粗悪品が口出しするでしょ?あたしもスリザリンな以上はあんなとこに混ざりたくないし。レイブンクローの評価はまだマシなの。秀才が多いから」 あっけらかんと述べるミューちゃん。 まあ、わたしもザリンのテーブルに着きたいとは思えんけどね。 ──まだ午前の授業が終わっていないところがあるらしく、大広間で食事する人間の姿はまばらだ。このレイブンクローのテーブルも例外でなく、前の方の席もポツポツと空いている。どうやら長引いているのはわたしと同じ学年であるらしく、4年生で知っている子を見かけない。生徒の中にはチラチラとこちらを気にしている人間もいるのでわたしとしてはとにかくこのエキセントリックな髪の色をしている女の子とある一定の距離をおきたい気持ちは山々だ。本人はそんなことも気にせず、ただ『レグ』を『あたしにふさわしい男』にする方法についてを色々と模索していて、たまにいくつか提案してみたりもしているが、今のところ一人間としての尊厳と道徳心を踏まえた上で『あ、それいいかも』と背中を押してみても良いかなぁと思えるようなアイデアはない。 「まーレギュおもしょいし。付き合えばミューちゃんも退屈しなくていんじゃないかな?」 「でっしょ!ふふんっ。あたしの目に狂いはないのよっ」 「でもレギュの意思は……」 「世界はあたしのためにある」 「…………」 断言した……。と。さんざ語りまくるミューちゃんから視界をそらしたところで、広間に入ってくるレイブンクロー生2人発見。こちらに近付いてきて、見知った顔であることに気付く。軽く片手を上げると向こうも気付いたようで、小走りで2人、寄ってきた。顔を上げず、ハァイ、と笑顔の2人の胸元のネクタイを見て、ミューちゃんは顔を上げずに目線を変えないまま『誰こいつら』とでも言ったように顔を歪めた。相変わらず異性にも同性にも優しくない存在の11才である。とりあえず礼儀として顔を上げなさいミューちゃん、と、マナーに関してはずっと放任していたわたしが珍しく命令してみた。「はぁ?なんで?」「いいから。面白いから」わたしの言った意味が理解出来ていないことは分かっていたが、とにかく無駄に急かしてみる。百聞は一見にしかず。岡目八目。一目瞭然。ミューちゃんは言われた通りに顔を上げて──そして固まった。 「アネキ、こいつら誰?」 「口の減らない妹だなぁ…まあいーや。ミューちゃん、こちら、レイブンクロー生4年のアガサにアグネスね。わたしのお友達だよ」 ぽかーんと口を開けて、2人を見つめるミューちゃん。こういった表情は、小生意気さが抜けて可愛らしいものである。もちろんそれは、その顔の星型ペイントがなければの話だけれど。──白いブラウスから伸びた手も、襟元に生える首も、スカートから出る脚も、黒髪に見え隠れするおでこも、すっきりとした頬も、あらゆる肌がすべて──黒い。いや、黒いというよりは褐色か。夏休み毎日海通いのサーフィングでもしたような、綺麗な褐色。黒の背中までの毛髪は後ろをバレッタで一つにまとめていてる。肌の色と相まってあまり際立っているとは言えないが、しっかりと色付いたピンクの唇。一重瞼で、垂れ気味の大きな瞳。《そんないでたちをした2人》は、目を見開いて自分達を見つめているミューちゃんを、にっこりと笑顔のまま見下ろしていた。 ────、 それは転入半年が過ぎた頃のこと。 『千智に、今から面白い子達を紹介してあげる』唐突な発言に『は?』と、読みかけの書籍からステラちゃんに焦点を映すと、いつみても綺麗な顔立ちが揚々と輝いていた。声を上げたわたしにステラちゃんは『紹介して、あ・げ・る』と魅惑的な笑みを浮かべる。……いや、女のわたしにそんなもん向けられてもなぁ、とか何とか思いつつステラちゃんの後ろから左右ひょっこりと顔を出したのは褐色の女の子。まったく同じ身長にまったく同じ顔立ち、まったく同じスタイルにまったく同じファッション。まったく同じ2人の女の子はまったく同じ笑顔で、馬鹿みたいに口を開けて2人と楽しそうなステラちゃんを見つめるわたしに向かって、 『こんにちは』 『こんにちは』 と言った。 もちろん同時に。 『はぁ……』としか返せない。 まじまじと見つめる。 声の高さまで同じだった。 『えーと──ステラちゃん?』 『双子よ』 『見ればわかる』 『私達と同い年のレイブンクロー生でね……ほら2人とも、ご挨拶して?』 ステラちゃんが言うと、2人の女の子はステラちゃんの後ろから同時に離れ、たたっ、とわたしの両隣に位置付いた。左右を囲まれた状態だ。わたしはどちらに視点を置いていいかわからず、順番に左右に顔を向ける。 『はじめまして八城』 『はじめまして八城』 『私はアガサ』 『私はアグネス』 『アギーって呼んでね』と。 両方の耳から同時に入ってくる同じ声。 『……右がアガサちゃんで左がアグネスちゃん?』そう目星を付けるとこの2人、隣からわたしの背後に回り、また戻ってきた。『何やってんの、アグネスちゃん?』左側に戻ってきた1人に声をかけた。すると彼女はこう答えた。『私アガサよ?』沈黙したわたしを尻目にまた背中に回り、再び戻ってきた2人。同じ笑顔。意地の悪い笑顔。ステラちゃんが、それみろ面白いだろうという顔をしてわたし達を見ていた。…………。 『ねえアギーちゃんズ。双子つっても即ち姉妹でしょ?どっちが姉で、どっちが妹なの?』 『さあ。私はアギーを姉だと思っているけれど』 『あら。私もアギーを姉だと思っているのよ?』 どっちだよ。 思わず突っ込みたくなる2人だった。 2人いわく産みの両親でも見分けが付かないのが面白くて、双子であることを最大限に利用してしょっちゅうヤンチャしているという。そんなやり取りが交わされて以来、たまにレイブンクローとの合同授業があったりなどすると、この姉妹はわたしの両側をガードして両サイドから同時進行の攻撃をかましてくるようになったという、なんとも困った姉妹だったりする。ミリアちゃんに助けてもらおうとしたら既に避難済みだったという経験もアリだった。さてそんな他人紹介をしてみたところでどうだろう、その名はキャンディに由来するというなんと驚きミュー・ポップス。自称わたしの妹。彼女達のジャブにどんな反応を見せるのか。 「はじめまして、」 「はじめまして、」 「私はアガサ、」 「私はアグネス、」 「アギーって呼んでね」 「アギーって呼んでね」 「──……」 まじまじと2人を見比べるミューちゃんを見つめて、わたしは固唾を呑む、そして── 「それでさーアネキ、惚れ薬の作り方とか知らない?」 「無視なのかよ!」 ある意味予想外の反応だったけど! こんなインパクトある自己紹介を何事もなかったように処理してみせたミューちゃんに思わず突っ込み。アギー姉妹は「あら」「あら」と声を上げたが、しかしミューちゃんが完璧に存在をスルーしてみせていて、これ以上構ってもらえないことを悟ったらしく《悪戯失敗》とでも言うような顔をして前の方に食事しに遠ざかっていってしまった。……ああ、そういう風に対処すれば良かったのか……。 「ねーアネキってばぁ!」 「あーもー、わかったから!」 |