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待つ人



待つ身は長い。時間は誰にも同じだけ等しく流れているはずなのに、どうしてか待つ方には長く感じてしまうものだ。

『ちょっと出てくる』

そう言って家を出て行ったきり、由竹は帰ってこない。あいつの言う『ちょっと』は一体どれ程の期間を指すのか。


ーーーーー


「惚れた女を置いて、あいつはどこに行ってんだよ」

軍帽を目深に被って、その下の眼からは射抜くような鋭い殺気を漂わせて杉元は言った。
その眼差しは私に向けられているものではないと分かっていても、思わず身震いしてしまう。

「…きっと、なんかヘマをやらかして捕まったのかも」

脱獄しては捕まるドジな奴だし、と明るい口調で言ったつもりが杉元に頭をポンポンと撫でられる。



白石由竹という男はどうにも胡散臭い奴だと、初めて会った時はあまり良い印象は感じなかった。お調子者で気が多くてがめつくて…。
短所ばかりが真っ先に思いつくのに、どうしてかあいつは憎めない性格をしていた。

いつだったか杉元の前で私の手をぎゅっと握りしめて告白をしてきたことを思い出す。

『なまえちゃん、俺と結婚を前提に付き合ってください』

いつものふざけたようなヘラヘラした様子と違って、真面目な顔をしてそう言うもんだから不覚にもどきっとしてしまった。でもその告白を断ったあとにはいつもの由竹に戻っていたから、本気ではなかったんだろうと思ったもんだ。



そんなこともあったなと思い出してつい、ふふっと忍び笑いをしてしまったのか、杉元がどうしたと言いたそうな顔でこちらを見ていた。

「杉元、覚えてる?由竹がさ、私の手をこう、握りしめて告白してきたことあったじゃない」
「…ああ、すぐ断られて子鹿みたいに足プルプルさせてたよな?あの時はまさか二人が一緒になるなんて思ってなかったのに」
「私もこうなるなんて思ってなかった。由竹しつこくてさぁ…」

あれから、由竹は懲りずにずっと告白を続けてきた。恋も脱獄もその時が来るまで粘り強く機会を待つんだ、みたいな事を言っていたっけ。私と二人きりになる機会を由竹は作っていたんだろう。

『なまえちゃん、俺本気だよ?』

何度目かの告白の時の私を見つめる由竹の真っ直ぐな眼差しに、ついに目をそらせなくなってしまって、私はほだされてしまった。

「あの当時は別に好きな人がいるんです、なんて言ってたのにな」
「それも半分本当だったし、半分は嘘だったけどね。告白なんて冗談だと思ってたし…」

不意に、涙が溢れた。胸の中がざわめいて、おかしくもないのに笑いながら泣いてしまう。ポロポロと涙は止めどなく溢れてきて、杉元がそんな私の涙を指で拭った。

「…ごめんね。こんなの、私らしくないよね」

泣き顔を見せないように俯いたら、杉元が私の頭を自分の胸に押しつけた。由竹とは違う、杉元の匂いにどうしようもなく泣けてきてしまう。

「そんな風になる前に俺を呼べば良いのに」
「そんなの、出来るわけないじゃない」

杉元は厳しくもあるし時には恐ろしくさえ感じるが、心根は優しい男だ。私には男兄弟はいないけれど、杉元が自分の兄だったら良かったのにと思った事があった。

「……ほだされて一緒になったけどさ。私が由竹の思っていたような女じゃ無かったから、愛想尽かして出てったんじゃないかって」

口をついて出てくる自分の弱いところ。誰にも見せまいと思っていたのに。
杉元は何も言わずにゆっくりと私の頭を撫でている。

「もしかしたら…私以外の誰かを好きになって、その人と一緒になって。それで帰ってこないんじゃないかって…」

そんな風に思い始めたら不安がどんどん膨らんでいって、眠れない夜を何度過ごしただろうか。
いつから私は由竹がいないだけでこんな風に泣いてしまうくらい好きになってしまったんだろう。
『ちょっと出てくる』なんてそれだけ言って、いつ帰ってくるの。

止めどなく涙は流れて杉元の胸元を濡らした。このままではいけないと杉元から離れようとしても、より強い力で抑えられる。
早く離れないといけないと思うのに、身動きが取れないくらいに抱きしめられた。

「杉元、離して」
「いやだ」
「だめ、こんなところ由竹が見たら悲しむもの」
「…俺じゃ代わりになれないか?」
「私には、由竹だけだよ」
「帰って来るかも分からないのに?」
「……帰ってくるもん、絶対」

早く由竹が帰って来て、いつもの調子でおどけてくれたら私は全部許してしまえるのに。
由竹のあの天性の空気の読めなさが今すごく恋しい。

早く帰って来て。そうじゃないと、私は杉元のこの手を振りほどけなくなってしまう。

涙も言葉も飲み込んで、ついに私は杉元を思い切りぎゅうと抱きしめ返していた。



2016.11.02
2018.04.12
引越、加筆修正

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