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秋の風は寂しさと共に


乾いた草の匂いを帯びた冷たい風が吹き抜けて、かさりと音を立てて枯葉が宙を舞った。
足早に一日が終わっていくのを感じて、薄青い空に少しずつ朱色が混ざっていくのをぼんやりと見上げた。
秋の風は郷愁を運んで来るからどうにも苦手だった。

空を見上げたままの格好でいるとさっきよりも強い風が吹き抜けて、ざわざわと木々が音を立てる。風の音で虫の声が一瞬止んだあと、再びけたたましく鳴き始めた。
秋の訪れは何とも言えない物悲しい気持ちにさせられるから、暦の上で私は秋が一番嫌いな季節になった。

今までこんな風に季節の移り変わりを目で見て、空気で感じる事なんかなかったのに。
何でもない日常を過ごしてきた事をこんなに恋しく思うなんて。
そんなの、ここに来るまで知らなかったのに。
背筋からぞくりとした寒さで身じろいで、吐く息は白くなり空気に触れると呆気なく消えていった。



「ここにいたのか」

不意に背後から谷垣の声がした。何となく後ろから誰かが近付いて来ているのは分かっていたけど、すぐに返事をして振り向く気にはなれずにいた。

谷垣の声を聞いて少し安堵した自分がいて、そして同時に泣き出したくなる衝動に駆られて、返事をしようと思っても声がすぐに出てこなかった。

「ずっとそこにいると冷えるぞ」
「……ごめん、」

もう少し一人にしてくれないか、喉の奥からその言葉が出て来ずに代わりに涙が冷えた頬を伝って落ちていく。嗚咽の声が漏れないように唇を噛んでいたら、正面に谷垣が回り込んで来た。こんな風に泣いている自分を見られたくなくて、谷垣の側からすぐにでも立ち去ろうとしたら腕を掴まれて阻止される。

「……見、ないでっ」
「…大丈夫だ、ここには俺しかいない」
「……やだっ、」
「…お前が一人で泣くのは、俺が耐えられない」
「………」

もうそこからは堪えきれずに子供みたいに声を上げて泣いた。泣いて泣いて泣いて、もう止まらなかった。
泣きじゃくる私を谷垣が子供をあやす母親のように抱きしめて、それに私も子供のように縋り付く。谷垣の胸の中でくぐもった自分の泣き声を聞きながら、やっぱりこれが現実なのだと思い知らされた。

私が欲しいのはこの腕の暖かさじゃない。
私が過ごしてきた日常はこんなんじゃない。

知らない世界に私一人だけ迷い込んで、それでも色んな人達と出会って寂しくはなかった。
それなのに胸の奥にひた隠しにしていた感情を、秋の風が呼び起こしてくる。

「……帰りたいよ」

どうやってここに来たのかも分からないのに、どうやったら帰れるんだろうか。
行き場のない思いが全部涙になって流れて、私も消えてしまえたらいいのに。


ーーーーー


ひとしきり泣きじゃくった後、谷垣の胸元は私の涙で濡れている。谷垣はまるで母親のように私の頭を撫でさすって、私はされるがままになっていた。ごめんねもありがとうも頭に浮かぶのに言葉にするのは今の私にはやっぱり難しい。

(気まずい…)

ただただぼーっと谷垣に身を任せていたが、そろそろコタンに戻らないとみんな探しに来るんじゃないだろうかと思い始める。身じろいで谷垣を見上げると、谷垣は私の真後ろの方を見ていた。私もそれにつられて後ろを振り向くと少し離れたところに人影が見える。

気付けば東の空の山合いからは大きな月が顔を出し始めていて、その月明かりでそこにいる誰かの顔が見えてくる。後ろ手に振り向くとそこには杉元と白石が立っていて、お互いに姿を認識すると一瞬の間があったが、二人は何も言わずすぐに踵を返していた。

「………あの二人は、いつからいたんだろう…」
「…わからん」
「……そろそろコタンに戻った方がいいね」

こうしているのが気恥ずかしくなってきた上に、これ以上戻るのが遅くなったら何を言われる事か。
谷垣から離れようとすると、離すまいと腕の力が込められていくようで離れられない。

「なまえ」
「はい?」
「もう少しこのままでいてくれないか?」
「…いい、けど」

それからは谷垣も私も何も喋らず、私は谷垣に体を預けたまま二人で月を眺めていた。
さっきまで胸の中をひしめいていた寂しさが嘘みたいに清々しいのは、きっと谷垣のおかげなんだろうなと思う。

優しく淡く光る月を眺める束の間のこの穏やかさが、ここには私たち二人しかいないようなそんな気持ちにさせていた。


戻っていったと思っていた二人が実はこっそり様子を伺っていたというのを知るまでは…。



2016.09.14
2018.04.11
引越、加筆修正

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