小説 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




猫の尾形と一緒に暮らす話


子供の頃飼っていた猫がいた。あいつは非常に可愛くない奴だった。
頭を撫でようとしたら上手くかわすし、こちらから抱こうとすれば手からすり抜けていく。私があいつに触ってもいい時は向こうが触ってもいいぞとすり寄ってきた時だけ。それ以外はこちらに干渉しようとしない奴だった。
多分、私はそいつに見下されていたのだと思う。いつだったか、夜中息苦しくて目を覚ました時そいつは腹の上にどっかり座りこんでいた。私と目が合うと不敵な笑みを浮かべてニヤッとしていた、ような気がする。

親が言うには、そいつはいつの間にかうちに居着いていて、いつの間にか居なくなっていたのだと言う。
あいつを最後に見たのは、私が一人暮らしを始めるからと家を出て行った日だ。一緒に玄関を出て、そいつはいつも通り散歩に行こうとしていたんだろう。私はもう帰って来れなくなるけど、顔は出しに来るからと言ったら、フン、と鼻息一つついてスタスタ歩いて行くのを見送った。その後ろ姿を見送ってから家に帰って来ないと連絡がきて、そいつとはそれっきりだった。

はっきりといくつだったのかは分からないが結構な年齢の猫だったから、死に場所を探しに行ったのだろうと思う。
自分でも何故こんなに悲しくなるのかと思うくらい泣いた。それから私は猫という生き物には触れられなくなってしまった。


そんな事をふと思い出したのは、仕事からの帰り道に偶然そいつに似た猫がアパートの部屋の前に座っていたからだ。あいつによく似た、真っ黒な目付きの悪い黒猫。部屋の前に箱座りをして私を見るなり「にゃあ」と一声鳴いた。

「あんた、どっから来たの?」

この辺で野良猫を見たことはなかった。見た感じ薄汚れてる感じもないし、毛艶は良いからどこかの飼い猫だろうか。その猫の前でしゃがみこんでそっと頭を撫でようとしたら、立ち上がってひらりとかわされた。触れられそうで触れられない絶妙な間合いを取りながら私の顔をじっと見てくる。
私が一歩近づくとその間合いを変えずに後ろに下がる。そんなやりとりを数回繰り返して、その仕草が昔飼っていたあいつに似ている気がした。

「もしかして…、ひゃくのすけ?」

そう呼んでみたら、目を細めて人を見下すような顔をしてフッと笑ったように見えた。偶然かもしれないが、そんな表情もやっぱり似ている。
でもまさか、あいつはもういないはずなのに。

「って、そんな訳ないよね…」

玄関の鍵を開けて扉を開けたら離れたところにいたそいつが、するりと機敏な動きをして家の中に入ってきた。

「ちょっ、待てこら!」

慌てて追いかけたらその猫はすかさずベッドの下に潜り込んで行った。手を伸ばそうとすると低い声でうぅっと威嚇される。

「都合が悪くなるとそうやって怒るのも微妙に似てる気がするし…」

どうやってこの猫を部屋から追い出そうかと思ったけど、何となく昔飼っていた猫に似ている懐かしさを感じてしまって追い出すのは明日にしようと決めた。

台所に行き手を洗って夕飯の支度のために戸棚から缶詰を一つ取り出した。パキンとシーチキンの缶の蓋を開けたら、この猫はどんな反応をするだろうと振り返ってもベッドの下から猫が出てくる事はなかった。

そう言えばあいつもそうだったなとひっそり笑ってしまう。

_____________________________


夢を見た。それは当時の私が一人暮らしをするからと家を出た時の夢だった。

「にゃあ」

百之助が自分も外に出せと言うように鳴いて、玄関の扉を開けた。するりとした無駄のない動作で隣に立って、百之助が私を見上げてくる。

「百之助。私ね、家を出るからしばらく帰ってこないの。落ち着いたらまた会いに来るから、それまで元気でね」

そう言って頭を撫でようとしたらやっぱり避けられた。最後だと言うのに可愛く無い奴め。
そんなの俺には関係ないと言うようにあいつが先に歩き出して行った。こちらを振り返る事もしなくてその後ろを私も歩き出す。

あの時もっとちゃんとお別れしていたら、嫌がっていても抱き寄せて頭を撫でていたら、そもそも私が家を出て行く事がなければ、あいつがいなくなることはなかったのかな。



「………なんか寝苦しい」

いつの間に寝ていたのだろうか。目が覚めたらベッドの端っこにいてスマホが床に落ちていた。あとちょっとでも動いていたら体ごと床に落ちていただろう。

床に落ちたスマホに手を伸ばして時間を確認する。5時10分と表示されて、昨日帰ってきたのが夜の8時過ぎだったから夕飯を作って食べた後に寝てしまったのだろうか?

「あ、猫…」

背中に何かが触れている。まさか昨日の猫がベッドに上がって寝ているのだろうかと自分の背中に目をやれば、そこにいたのは。

「……はぁん?!」

背中で眠っていたのは昨日の黒猫ではない。人が一人分の膨らみがそこにあって、恐る恐る確認すると全く知らない男が布団に包まって寝ていた。

「え…。ちょっとなに、これ」

思わず後ずさりをしたら勢いよくベッドからずり落ちて床に盛大に頭をぶつけた。ゴトンッという音と共に脳天に走る激痛。朝っぱらから何やってんだと下の階の人に怒られそうと思いながら、どうやらこの状況は夢の続きでは無いようだった。
そのままベッドの下にいるはずの黒猫を探してみても見当たらず、ベッドの下にも部屋の中にもいないみたいだった。

「どういうことなの…?」

ベッドで寝ている見知らぬ男がこちら側に寝返りを打つ。ここからならさっきよりもはっきり顔を確認できだが、やはりどこからどう見ても自分の知っている誰かではない。

まさか、空き巣か?強盗?それとも猥褻目的?でも私はちゃんと服を着ているし、何かあった感じじゃなさそうだがここから逃げたほうがいいだろうか。
でもこんな見知らぬ誰かを置いて家を出る方が危険じゃないだろうか。

あれこれと考えがまとまらないまま、寝ている男の顔をずっと凝視していると男の目が開いた。

「お前」
「…は、い?」
「…相変わらず寝相が悪いな」
「……は?私どこかであなたと会ったことあります?」

むくりと男が上半身を起こす。今気づいたがその男は布団の下は何も着ていないようだった。布団に包まっていたから気付かなかった。上体を起こした状態で、前髪を撫で上げて何か考え事をしているようだ。

「…あなたは誰なんですか?」

震える声で尋ねるとその男はこちらを振り向いて、なにやら意味深な笑みを浮かべている。この冷笑とも人を馬鹿にしているようにも見えるこの笑い方には覚えがある気がする。
でも、いやまさか。そんなことがあるわけないのに、私の頭の中には一つの名前が浮かんでいる。

「……あんた、百之助なの?」

その男は再度布団に体を倒して、こちらを見ながらふふんと笑いながら、

「正解」

と言い放つ。何だってそんなに太々しい態度を取れるんだろうか。

「なんだ、信じられないって顔だな」
「あ、当たり前でしょ!うちの百之助はもう死んじゃってるし、そもそもあんたどうやってうちに入ってきたのよ!空き巣なの?警察に突き出すわよ!」
「久しぶりの再会だってのに、もう少し喜んでもいいんじゃないのか?」
「何言ってんのよ…」

話が全く噛み合っていない。この変質者め、よりにもよってうちの猫の名前を騙るとは。

「うちに入ってきたって盗られるようなもんないし、早く出てってよ…」
「これなら信じるのか?」
「へ?」

一体どういう事なのか分からないが、目の前の男がみるみる小さくなっていく。輪郭がどんどん丸く縮こまっていって、耳の位置も頭の上に動いていって、頬が、体が、毛むくじゃらになっていく。目だけが私をじっと見たまま、口元には変わらずニヒルな笑みを浮かべて、あっという間に昨日私が見た黒猫になっていた。

「嘘でしょ…?」

太々しい目付きながら、私を見てものすごいドヤ顔されてる気がする。その目つきは私が知っている百之助のもので、どうにもこうにも信じられないけど
一応の納得をせざるを得なかった。

「…これで信じたか?」
「ちょ、喋った!?」
「少しはな。ただ…、これをやるとすごく疲れるからしばらく寝る」

それだけ言って、その猫もとい百之助はまた眠りについた。器用に枕に頭を乗せて、人間さながらな格好だった。

そこに一人残された私は、どうするでもなくただ百之助が寝ている姿を見ているしかなくて。

時刻は朝の6時。休日の朝をこんな形で迎えるとは。


2019.07.10
前サイトからの再掲、加筆。

まえへ つぎへ


[しおり/もどる]