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わるい人はだれ?


タァン、と一つの音が響いた。昔、祖父と山を登りに行ったときによく聞いた音。これは、銃声だ。


撃たれた弾は目にも止まらぬ速さで私の目の前を通りすぎて行ったようだった。目の前で起きた事が一瞬の事なのにやけにゆっくりとした動作に見えた。私の手を掴んでいた男が、急に力無く崩れ落ちていく。
飛び散る赤い飛沫が鮮やかで、それには現実感がまるでない。掴まれていた手がするりと離れて、それが私のつま先に触れる。私はそこでようやく悲鳴を上げた筈なのに、辺りに私の声が響く事は無かった。

私の声は今の衝撃的な出来事によって声が出なくなってしまったのか。ただ一つ分かっているのは、先ほどまで私の手を引いていた男は何者かに撃たれて絶命したという事。

私は自然と膝から崩れ落ちてただただ泣いていた。頭の隅で次は私の番かと悟って身構えていたが、いくら待っても次の銃声は響かない。それならば早くここから逃げなければと思うのに足が動きそうにない。嫌だ、死にたくない。死にたくない、死にたくないよ。誰か、誰か、助けて…。

「なまえ…!」

誰かが私の名前を呼んだ。誰か助けに来てくれたのか、その誰かは私を無理やり引っ張って立たせて、勢いよく手を引いて走り出す。私はそれに何とかついていこうと必死で足を動かした。もう顔はぐしゃぐしゃで呼吸もままならなくて、嗚咽の音は漏れているのに、子供みたいに泣き声を上げているのに、やっぱり私の声は出ていない。

私の手を引くこの人は誰なの、ああ、尾形さんなのか。この人は私を危ないところから連れ出してくれたのか。温かい手を力の限り握りしめたら尾形さんも力強く握り返してくれて、少しだけ気持ちが和らいだ気がした。



「ここまで来たらもういいだろ」

乱れた前髪を右手で撫でつけながら尾形さんは言った。左手は私の手を掴んだまま、私もその手を離さない。私は自分の体力の限界以上に走ってしまっていたようで、咳込んで何とか呼吸を整えようとして尾形さんの顔をろくに見れない。

「…大丈夫か?」

尾形さんは背中をさすってくれて、私はありがとうと言いたいのに声が出てこなくて止まっていた涙がまた零れてきた。
さっきの男が撃たれた時の光景が、思い出したくもないのに頭の中に浮かんでくる。音も色も匂いも感覚も全てが刹那の出来事だったのに、私の記憶の中に刻み込まれるには充分だった。

あんなに簡単に人は死ぬということを私は知らなかった。震える私を宥めるように尾形さんが私を抱きしめてくれる。私はそれにしがみついてむせび泣くしか出来ず、尾形さんは優しく頭を撫でてくれた。

「もう大丈夫だ、落ち着くまで俺がそばにいる」

尾形さんのその言葉にどうしようもなく安心して、私は身を委ねるしか無かった。
誰があの人を撃ったのか?頭の中に浮かんだその疑問には蓋をして。

「なまえ、声が出ないのか?」

うんうんと頷くと尾形さんは小さくそうか、と呟いて笑ったような気がした。


2019.04.04.
この後、続く予定。

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