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春の足音


注:ヒロインは大学生



春休みになったので地元に帰省することにした。ここのところ実家でゆっくりする機会がなかったのもあって、しばらくこっちにいることを幼馴染の白石とか杉元くんに連絡を入れる。白石から地元の仲間内で飲み会があるから来ないかと誘われて、なんとなくその場のノリで参加の返事をした。

当日、指定された店に到着して座敷に通されるとほぼ面識のない人ばかりで面食らってしまった。白石と杉元くんはどこだろうと探してみるも、杉元くんは遅れてくるって言うし、白石は既に出来上がっているしで紹介もそこそこにお酒の力を借りて場に溶け込もうとしてみる。
周りの様子を見ながら、男女比で言えば男性の方が多くてみんなやたらとガタイが良い。中にはまだ中学生くらいの女の子もいるし、この中の誰かの娘さんなのかな?そもそもこの集まりはなんの集まりなんだろうか、白石は人当たりも良いし誰とでもすぐ打ち解ける奴だからこんな風に飲み会とか集まりとかよく主催したりするんだよな。

もともと人見知りの私は来たことを始めのうちは後悔していたけど、気さくな人たちは多いし雰囲気や居心地の良さに楽しいと思い始めていた頃にふと視線を感じてそちらに目を向けると一人の男性と目が合った。オールバックで少し強面な印象を受ける、睨まれているのだろうかと不安な気持ちになって何秒間か見つめあっていたが、先に視線をそらしてお手洗いに行くことにした。手洗い場の鏡に映る自分の顔を見ながら、さっきの人はなんであんなに見ていたんだろうと気にかかる。知り合いの誰かにでも似ていたんだろうか、そう思いながらトイレから出て通路を歩いているとさっきこちらを見ていた男性がいた。彼はスマホをいじっていて、その横を会釈して通り抜けようとすると何故か通路をふさがれた。

「…え、」
「…」

行動が不可解で少しぞっとする。じっとこっちを見たままで表情からは何を考えているのかは全く読めない。私はこの人に対して何か粗相をしたんだろうか。
かと思えば急にスマホを私の方に差し出してくる。

「…な、なんですか?」
「連絡先」
「はい?」
「連絡先を交換してほしい」
「え?」

今の今まで話したこともないし、お互いに名前も知らないのに何故こうなったのか。どうしたものかと焦っていると背後から不機嫌そうな低い声が聞こえてくる。

「おい尾形、何やってんだよ」

振り返ればそこには遅れてやって来た杉元君が不機嫌そうなオーラを纏って立っていた。

「杉元くん」

チッとあからさまな舌打ちが尾形と呼ばれた男性から聞こえてきた。私を挟んでにらみ合う二人にどうしようかとおろおろしてしまう。
そんな中、酔いつぶれた白石が空気を読まずに出てくる。

「あれ〜、杉元やっと来たのぉ?そんなとこでにらみ合ってないで早く中に来いよな。俺、おしっこ行ってくるから」
「ね、杉元くんも早くみんなに顔出しに行こうよ。あの…、尾形さんも」
「ああ…」
「ごめんね、なまえちゃん」

久しぶりに杉元くんに会えるのを楽しみにしてたんだけどな。さっきの杉元くんは今まで見たことないくらいに怖い顔をしていた、あんな顔初めて見たし怖かった。
ここに集まっているみんなは和気あいあいとしているからみんな仲が良いのかと思っていたけど、この二人はそうじゃないのかもしれない。
ここから杉元くんはこの会がお開きになるまで私の隣に座ってくれていて、尾形という人は近づいては来なかった。
時折、こちらを見ている視線は感じてはいたけど。


あの飲み会から数日が経った頃だった。

「あれ、なんか友達申請来てる…」

普段めったにやらないSNS。こないだの飲み会の写真アップしたから見てね!と白石から連絡が来てて、久方ぶりに開くと誰かから申請が来ていた。
画面をタップして出てきた名前を見て思わず声をあげてしまった。

「尾形百之助って…、こないだの尾形さん?」

アイコンが横顔だけど、これはたぶん本人と見て間違いないだろう。ずいぶん渋い名前なんだな、と思いながら承認しようか少し悩んだ。
それにしてもお互いに自己紹介も何もしてないのになんで名前がわかったんだろうと考えて、アップされた写真のタグ付けに名前が載っていたからかと合点がいった。
何となく変わってる人みたいだけど、別にSNS上での関係なら問題ないかと思って承認をするとそこから数分後にはメッセージが届いた。

『なまえさん、先日の集まりでは失礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした。
共通の友達にあなたの名前を見つけて申請を送ったんですが、承認してもらえて嬉しいです。』

なんだかちぐはぐな印象を受ける。あの日突然話しかけられて、第一印象としては怖い人だな、と思った。もしかして人見知りだったのか、でも杉元くんとは仲悪いみたいだし、いや、でも白石の集まりの人なら悪い人じゃないよね。そもそもどんな人なのかも知らないうちに怖い人だなんて決めつけるのは失礼だよなとかあれこれ考えて、また機会があれば飲みましょうとかそんな当たり障りのない返事を送った。

それからは地元の女友達と女子会と称して飲みに行ったり、最近出来たショッピングモールに行ったり、その仲間内で写真を撮るとSNSにアップする子がいて、なるべく写らないように隅っこで小さくしていても、タグ付けされたその写真にコメントはつくことはなかったが、尾形さんからイイネがつくようになっていた。


『なまえちゃんて、尾形と仲良くなったの?』
『SNSで繋がりがあるだけで、あれから会って話したりしたことはないよ』
『そうなのぉ?尾形ってさ、いつも澄まし顔で飲んでるのにあの日はずっとなまえちゃんの方を見てたから気になってたんだよね。気付いたら二人いなくなってるから、もしやと思って廊下に出たら杉元がキレてるし』
『ねぇ、杉元くんと尾形さんって仲悪いの?』
『あの二人は前からウマが合わないところはあるからね。今度また飲み会あるけどなまえちゃんも来ない?』
『ほんとに飲み会好きだねぇ』

白石から連絡が来て、もうすぐ学校も始まるし地元にいられるのもそんなに無いからと誘われるまま参加した。前にも会ったことがある人たちだからかそんなに緊張しないで楽しく話が出来たし、終始笑いっぱなしでついついお酒も進んで途中からお酒の量をセーブしなきゃっていうのすら振り切れていたと思う。
この日は用事があって杉元くんは来れないって言ってたし、次に会えるのはいつかなぁなんて考えていたらいつの間にか私の隣には尾形さんが座っていた。
酔った勢いもあって、なんだかよく分からないテンションで話しかけたような気がする。尾形さんが笑うのを初めて見て、うっすらと口角を上げてこんな風に笑う人なんだと少し安心した。そのあとお手洗いに立って、ふらつきながら壁にもたれてしゃがみ込んで、頭の中はふわふわしていて今なら箸が転がっても笑い転げそう。
しばらくそうしていたら背後から大丈夫か、と声をかけられて反射的にだいじょうぶですよ、と立ち上がれないくせに説得力の欠片もない返答をした後、正面に回ってきたその誰かに手を引かれてその人が誰なのか確認する前に意識が飛んでしまった。

……目を覚ます。薄暗がりの中で最初に耳にした水音に外では雨が降っているのかと錯覚した。肌に柔らかく触れるシーツの感触に私はいつ家に帰ったんだろうとぼんやり考える。今何時なのかとスマホを探すが見当たらず、ゆっくりと上体を起こしたあたりで自分が裸だということに気付いてしまった。さぁっと酔いが醒めてあたりを見回す。ここは多分ホテルだとかじゃない、誰かの家みたいだ。殺風景な部屋の隅っこに私のカバンが置いてある、着ていた服は何故か見当たらない。
さっき耳にした水音は雨なんかじゃなくて、誰かがシャワーを浴びている音だ。どうしよう、この場から立ち去ろうにも服が無ければ外には出られない。頭を抱えていると誰かがこの部屋に入ってきた、とっさに体を隠してそこにいる誰かの姿を確認する。
何となく、それが誰なのかは分かってはいた。

「起きたか」
「…尾形さん」

無造作に髪を撫でつけて、Tシャツにパンツといった出で立ちで尾形さんは歩いてくる。私は尾形さんの顔をまともに見れなくて、しかもシーツの下は何も身に着けていないからどうしようも無い。私は尾形さんとそういうことをしてしまったのか、確信に触れるのがとても恐ろしい。
無言のまま尾形さんはベッドに腰掛ける。その距離の近さに心臓が大きく脈を打って、呼吸もまともに出来そうにない。

「ここに来るまでの事、覚えてるか?」

尾形さんはにっこりと笑いながらさらに距離を詰めてくる。あ、これは作り笑いだなと思った。嫌な汗が背中に伝うのを感じる。

「…すいません。飲み会の途中でお手洗いに立った所までしか、記憶にないです…」
「廊下で潰れてたから家まで送ってこうとしたら、お前吐いたんだよ」
「ええ!?」
「幸い車のシートは無事だったけど、服は汚れるし起きねぇからどっかで捨ててこうかと思ったけど、俺んちまで連れてきた」
「ごめんなさい!とんだご迷惑をおかけしました…」
「とりあえずシャワーでも浴びてこい」
「ううぅ、何から何までごめんなさい…」

いわゆる男女のそういうことは無かったようだけど、それ以上に飲みすぎて吐くなんて失態にもほどがあるだろう。
シャワーを浴びて、貸してくれたシャツとハーフパンツに着替える。彼氏もいないのにこんなことをしているなんて自己嫌悪に苛まれる。それにしてもこんな失態をやらかした相手にこうして世話を焼いてくれる尾形さんは優しい人に違いない。

「出たか」
「は、はい!」

とりあえずさっきの寝室に戻ると尾形さんはベッドに腰掛けていた。私はこの後どうしたらいいか分からなくて、立ちすくんだまま動けなかった。
尾形さんが手招きする、戸惑いながら近付けば腕を引かれて抱きしめられた。この流れは非常にまずいやつじゃないか。まさか、迷惑をかけたんだからと本当に抱かれてしまうのか。自分の心臓の音がとてもうるさい、どうしよう心の準備なんか出来てないのに。このままキスでもされてしまうんじゃないかと身構えているとひょいとベッドに押し倒されて、尾形さんに抱き枕みたいにされた。

「朝まで寝るから、起こすなよ」

そう言って目を閉じた途端にすぅっと寝息が聞こえてきた。起こすなよと言われているしこの腕を振りほどいて離れる事は出来なさそうだ。
本当にこれはどういう状況なんだろうか。しばらく緊張しながらじっとしていたけど、尾形さんの寝息につられて私もいつの間にか寝てしまった。それから朝まで寝るどころか昼過ぎまで尾形さんは起きなくて、結局家に帰ったのは夕方だった。


尾形さんのことは最初に会った時は怖い人だと思っていたけど、今は普通に優しい人だと思うのに何だかよく分からなくて混乱する。もっと違う順序で仲良くなりたかったのに、これだけ迷惑をかけて、なし崩し的に家に泊まってしまって、だらしのない奴だと思われただろう。もう会う事はないと思っていたのに普通に連絡が来るようになった。

数日後、春休みが明けて帰る前日に尾形さんに呼び出されて、待ち合わせて迎えに来た車に乗り込んですぐに、

「結婚を前提に付き合ってほしい」

いきなりの告白に信じられなくて、いつからどうやってそんな風に思ってたんですかと聞いても答えてはくれない。じっとこちらを見つめてくる無言の圧力がすごいし断れる雰囲気でも無いし、結婚を前提ってまたいきなりな話だなって色々考えて、

「お友達からお願いします…」
「お前、あれだけのことをしておいて友達から始められるのか?」
「う、すいません…」

ぐうの音も出ない私は尾形さんの告白の返事に小さい声でよろしくお願いしますと答えると待ってましたと言わんばかりにキスをされた。



2019.03.22 

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