ss26 賢者の贈り物 | ナノ 賢者の贈り物


キン、と冷えて固まった透き通る室内の空気。
それを溶かすようにゆるゆると動く人影がひとつ。追いかけるように、もうひとつ。
「おはよう、ルカ。起こしちゃった?」
ベッドの上で身を起こしたメイコは、隣で寝返りをうってうつ伏せのまま顔をあげたルカに微笑んでみせた。
飛び立つ前の蝶の羽ばたきを思わせる、震えるように瞬きを繰り返す絹の桃色に縁取られた碧は、まだ半分夢の中といった感じだ。
肌掛けがずり落ちて露になった肩の稜線をなでる。
それが覚醒へのスイッチだったかのように、ルカは、がばりと跳ね起き冷気に素肌をさらした。
「お、おはようございます……っ」
メイコは、目の前に現れたルカの生まれたままの姿に少々面食らいながらも、笑みを深くした。
「ええ、おはよう。……そのままだと風邪引くわよ」
「あ……あれ? なんでメイコさんは服着て……!?」
自分の身体をかき抱いて一人困惑するルカをおいて、するりとベッドから抜け出したメイコはその足で常夜灯のみの薄暗い部屋の端まで行き、壁の空調のリモコンをいじった。
すぐに温風が室内に流れ込む。
そして、すぐ隣の電灯のスイッチに手をかけて、一瞬の逡巡。
「もう起きる? 日曜だからもう少し寝ていても大丈夫よ」
ルカは枕元のシンプルなデザインの目覚まし時計を手に取り、答える。
「6時、ですか。メイコさんは起きるんですよね、じゃあ起きます」
「そう?」
「……シャワーも浴びたいですし。…………あ! ちょっと待ってください!」
「何?」
起きるという言葉とは裏腹に布団にずるずると逆戻りするルカを訝しげに見ながら、かちかちと壁の長方形のパネルタイプのスイッチを押して常夜灯から暗闇、そして電球色の蛍光灯へと変えた。
「あ! あの、電気はつけないで、ください」
鼻の上まで顔を隠してぼそぼそと消え入りそうな声でお願いするかわいい恋人の言うとおりに、もう二回スイッチを押して常夜灯に戻す。
「ありがとう、ございます……」
「どういたしまして」
薄闇の中どうにか顔を出したルカは、そのままじっと見つめているメイコの視線から顔を背けた。散らばる桃色から覗く耳は、心なしか赤いようで。
どうしても見られている間は出てこないらしい。
いろいろと雑事が待つメイコは、いつまでも我慢比べをしているわけにもいかないので、仕方がないとでもいうように小さく息を吐きそっと廊下へと出ていった。
ルカはドアの開閉する小さな音を聞いてそっと振り向き、鳶色の視線がないことを確認してからおずおずとベッドを出た。
愛しい人の足音は長くない廊下を遠ざかり――近づいてきた。
「そう、あのね」
「……!?」
階下へ向かったはずのメイコは何故か戻ってきて、ひょっこりとドアから顔を出す。
ベッドに腰掛けていた一糸纏わぬルカは、慌ててそこにあった毛布を抱き寄せる。
そんな様子をある程度落ちつくまで見守っていたメイコは、ゆっくりと大切な言葉を口にした。
「誕生日、おめでとう」
「……日付変わるときも言ってくれたじゃないですか」
ルカにとってその言葉が嬉しくないわけがなかったが、未だ恥ずかしさの方が上回り、そっと俯き心にもない恨み言。
「こういうのは何回言ったっていいのよ。減るもんじゃないし。どうせ、起きたらみんなにもあと5回は言われるのよ」
ルカは、恐らくまだ各々の部屋で寝息をたてているだろう家族の顔を一人一人思い出す。
「そうですけど……」
「それなら、あたしは誰よりも多くルカを祝いたいわ」
「え」
その言葉の真意を探ろうと顔をあげたが、いつまでもそんな格好でいちゃダメよ、なんて言って、さっさとドアの向こう側に行ってしまった。
「もう……」
聴きたい言葉はいつだって不意打ちで、ちゃんと聴かせてくれないのだ。
胸にぐしゃぐしゃにまとめて抱いていた毛布を、今一度強く抱き締めてから、ベッドに放る。
階下のバスルームに行くためにとりあえずの服を着ようと昨日脱いだ服を探すと、ベッドサイドにきちんと畳んで置いてあるのを見つけた。
「…………」
脱いだのではなく脱がされたのだと逃げようもなく突き付けられて頬に熱がのぼる。
こういう一枚も二枚も上手なところが、嫌いとは言わないけれど、好きではないな、とルカはぼんやりと考える。
それはきっと、自分ばかりが余裕がなくて、少しばかり悔しいから。
何も考えないようにさっさといくらかの布を身につけて、シャワーを浴びた後のための着替えを取りに廊下を隔てた向かいの自室へ寄る。
寝息を立てているミクを起こさないようにそっと、自らの洋タンスから衣服を抜く。
忍び足も電灯を点けずに僅かな光で衣服を探すのも、音をたてずにドアを閉めるのも、もう慣れたものだった。いつしか部屋割りの不満を漏らすのも忘れるほどに。
吹き抜けの階段を下りて、キッチンで食器を片付けているメイコに声をかけてから廊下に出る。
すると、そのタイミングで斜向かいの引き戸が開いた。
「おはよう」
出てきたマスターは、ルカの姿を認めると、首をほんの少し傾げて目を細めた。
「おはようございます」
ルカは慇懃に挨拶を返す。
「今、起きられたんですか?」
「そ。うーん、お風呂入る前にテレビ見ながら寝ちゃってね……」
随分眠そうであるが、徹夜していたわけではないらしい。
ルカは、あくびを噛み殺しながら伸びをする目の前の自分の主を見つめる。
「で、ルカはシャワー?」
「そのつもりだったんですが、先に入られますか?」
「いや、さっさと先入ってきちゃってよ。どうせならゆっくり湯船に浸かりたいし」
「そうですか?」
「んー、じゃあ追い焚きのボタンお願いねー」
「はい」
図々しいお願いも、なぜだか嫌味っぽくない。理屈抜きでそういう人なのだ。
大きく伸びをするマスターの前から、ルカは踝を返した。
「あ、そうそう」
まだ何かあるのか、ルカが脱衣場へのドアを開けたまま振り向くと、さっきまで寝呆け眼はどこにいったのか顔いっぱいにニヤリと不適な笑みを浮かべたマスターがいた。
しっかりと側頭部についた寝癖や、眠そうな双眸は変わらないのに、無駄にその表情が似合うのだ。
振り返らなければ良かったと、一瞬で深い後悔がルカを襲う。
果たして、彼女の嫌な予感は嬉しくない精度で当たる。
「昨日はお楽しみでしたね」
とんとんと、マスターは人差し指で自分の首筋を叩いてみせた。
そしてその指をまっすぐにルカの首を差して、へらへらと笑う。
「ちっちゃい子たちが起きてくる前にどうにかしないと、またなんか色々言われるよー」
慌てて首を巡らせてどうにか指摘されたものを確認しようとする姿に、声を上げて笑うマスター。
ルカの顔にかっと羞恥の火が灯る。
この家のマスターは余計なことしか言わない、と、ルカは常々思っている。
小さい子たちというのはつまりミクとレンと、主にリンのことだろうが、ルカにとっては好奇心を隠そうともしない無邪気な質問攻めよりも、訳知り顔なマスターの物言いの方がよほど癪だった。
「あとさ、」
紅潮した顔と首筋を隠すように無言で脱衣場に入り、扉を閉めようとするとさらにもう一声かかった。
わざわざ戻ることはせず、閉めかけたドアの十数センチの隙間から言葉の続きを待つ。
それが逃げであるということにルカは気付いていても、出ていく気にはならなかった。
「誕生日おめでとうっ!」
ルカがそれが自身に向けられた祝詞であることに気付き、ドアを開けた時には、リビングへのドアが閉まる音だけを残してマスターの姿は消えていた。
いつまでも無得点のつまらないサッカーの試合をだらだらと観戦していて唯一入った決勝点の瞬間だけを見逃したような徒労感が、ルカをどっと襲う。
よろよろと脱衣場にはいって、明かりをつけた洗面台の冷たい鏡面に映るもう一つの悩みの種。
「ああ……」
左の首筋にくっきりと咲く紅は、触れるとチリチリと痛む、鬱血痕ではなく歯形だった。
絆創膏一枚では足りなさそうだな、なんて冷静に思う。
着たばかりのシャツを脱ぎ捨てれば、白い素肌に点々と残る跡を隠すことは出来ない。
それは嫌でも昨晩の熱い情事を思い起こさせる。
かぁっと上気する頬を無視して、衣服を全て乱暴に脱ぎ散らかし、熱いシャワーで全てを水に流してしまおうと、浴室に飛び込んだ。


一通り身を清めれば、なんとなく落ち着いた気分になれるものだ。
服を着て、髪をブローする。
鏡を覗くたびにちらちらと視界に入る紅は、やっぱり気にはなるが、後でハイネックのセーターに着替えるということで自身を納得させた。
とりあえず、肩にバスタオルを掛けたまま、ダイニングへ向かった。
くすくすと笑い声がするキッチンへとルカが目をやると、朝食の準備をしているメイコとその肩に顎を乗せて後ろから抱きついているマスターの姿があった。
覆い被さるように耳元で何事か囁き、囁かれたほうはくすぐったそうに身を捩り、実に楽しそうに笑い合う。
ルカは根がはったようにその場から動けなくなった。
例えば、リンやミクだったら、ここに自らも飛び入り参加しようとするだろう。
しかし、ルカはそうしなかった。冷静な判断がとどめたわけではない。頭の中が真っ白になって何もできなかったのだ。
ふと、マスターの方が、無表情で立ち尽くしているルカを見つけた。
すぐにメイコから離れて、苦笑しながら、今どき海外ドラマの俳優でもしないような大袈裟に肩をすくめるジェスチャーをしてみせる。
「じゃあね」
2人に一声かけてから、なんでもないようにマスターはその場を去っていった。
そこで、メイコは初めて、よくできた蝋人形のように微動だにしないルカに気が付いた。
「どうしたの、朝ごはんすぐ食べたい?」
ルカは明るく笑うメイコにずんずんと無言で歩み寄り、後ろから抱きつく。その肩に顎を乗せるには、少しばかり背伸びをしないといけなかった。
「マスターに何を言われたんですか」
低い低い声だった。
メイコは驚いて振り向き、ルカの瞳を覗き込む。
「珍しいわね、ルカが嫉妬?」
ルカは、珍しくなんかない、と叫びだしたかった。いつも、いつもいつも思っていると。貴女の事を想っていると。
しかし、何一つ言葉にすることはできなくて、体を離して目を反らす。
言葉にして、メイコを傷つけてしまったら、嫌われてしまったらと思うと、怖くて何も言えなかった。
「そっか、妬いてくれたの」
メイコは一人で納得して、うなだれるルカを抱き締めた。
ルカが腕の中でそっと伺ったメイコの顔は、清々しいほどの笑みだった。
おずおずと、ルカも手を回そうとしたその時、
(にぎゃわぁぁあぁぁぁ!)

謎の悲鳴(?)が聞こえた。
「マスター?」
「そのようですが……」
耳のいいVOCALOIDにとって、主人の声を聞き分けることは容易だ。
しかし、安普請のアパートでもないのに、よくもまぁ声が通るモノだ。
メイコはすぐにキッチンに備え付けられている給湯器のリモコンの、浴室へのインターホンの通話ボタンを押した。
「マスター? どうしたの?」
『どうしたもこうしたも、るーかー!』
マスターの怒声に近い叫びが、質の悪い小さなスピーカーを震わせる。
「お呼びみたいだけど……?」
「え、ええ……」
状況は理解できないが、名指しされてはしかたない。ルカは小走りで浴室に向かった。
ルカが脱衣室のドアを開けた瞬間、浴室の扉もまたマスターによって開かれた。
出てきたマスターは不機嫌そうな顔で、前髪から雫を滴らせている。
「ルカー!」
「は、はい」
「追い焚きのボタン押しといてって言ったよね!?」
「え、あ、すみません……」
マスターに素っ裸で啖呵切られる日がくるとは思っていなかったルカは、これっぽっちも隠す気がないような堂々とした立ち姿に圧倒される。
「何見てるのさ、どーせルカやめーちゃんみたいナイスバディでも巨乳でもないですよー。いいよいいよ、もう、シャワー浴びて出るから……」
いじけて扉を閉める姿が何故か無性に可愛く思えて、ルカは吹き出すのを堪えるのにいっぱいいっぱいだった。
なんだかもう、どうでも良くなってしまった。
何が起こったのか状況説明を求めるために待ち構えていたメイコは、口角が上がったルカが戻って来て、首をかしげた。
「何があったの……なんか楽しそうだけど」
「それがですね――」


メイコは、湿った髪のままダイニングに入ってきたマスターの顔を見た瞬間、思い出し笑いを堪えられなかった。
笑われた方はますます不貞腐れて、次々に起きてきたカイト、レン、リンを順番に捕まえては、ルカがいかに酷い奴かを言って聞かせたが、途中でメイコが茶々を入れて3人を朝から大笑いさせるだけだった。
最後に起きてきてその話を聞いたミクだけが風邪を引かないか心配し、マスターの感涙を誘った。
「ほら、この反応が正しいって。マスターを敬えー!」
「はいはい、十分敬ってるから、マスターもそのくらいにしときなさい。寝起きのミクが驚いてるわよ」
メイコに諫められたマスターは、しぶしぶといった様子で引き下がり、朝食の並び始めた食卓についた。
そして、トースターで温められた全粒粉のベーグルにブルーベリージャムを塗りたくりながら口を開いた。
「そうそう、今日、出掛けるから」
「どこに?」
「でふぁひかにへーひはいひ」
メイコの問いに、ベーグルにかじりついたまま答える。
「飲み込んでからでいいから……はい」
トマトジュースと残り物野菜の簡単なミネストローネスープのマグカップを渡して、先を促す。
受け取ったマスターは、一口すすり、歯ごたえの残してある角切りの野菜と口の中のベーグルを咀嚼して飲み込んでからやっと口を開いた。
「デパ地下にケーキ買いに。誕生日の、ね。それくらいいいでしょ?」
言葉の前半はメイコの顔を見ながら、後半はルカに話を振った。
というのも、前々からルカは、自分の誕生日に特別に何かすることをやんわりと拒否し続けていたからだ。
ルカは口をつけていたグレープフルーツジュースのグラスを置いて、そっと頷いた。
「車出すから、ミク達も行くよね」
年少組の瞳が輝き、テンションがにわかにあがったのがわかる。
「カイトは?」
「俺はいいや」
「そ? カイトいないと助手席空っぽなんだけどなー」
ちょっと名残惜しそうにマスターが苦笑する。
そして、朝食を並べ終えてやっと自分の席について手を合わせたメイコに声をかける。
「めーちゃん、もうお昼の準備してあったりする?」
「向こうで食べてくるの? 大丈夫よ」
「そういうわけだから、ご飯食べおわって支度したらすぐ行くよー」
きゃいきゃいと喜ぶミクとリン、そして目に見えて朝食を口に運ぶスピードが上がったレンを横目に、マスターはごちそうさまを言って食器を持って席を立つ。
食器をキッチンに置いてから、わざわざ戻ってきてカイトの肩をたたいた。
「本当に行かない?」
「うーん、ちょっと半日かけてやりたいことがあって。お昼食べる暇もないかもしれないなあ」
その答えを聞くと、じゃあいいや、とにっこり笑ってあっさり引き下がり、自室に引っ込んでいった。


「買ってくるものないんだよね?」
「スーパーとか寄らないでしょう? 夕飯のものは用意してあるから、特にはないわ」
「そう。たぶん、暗くなるまで帰らないから。じゃあ、いってきます!」
「いってらっしゃい」
マスターは、マンションの廊下を駆けていった子達を追い掛けるように、靴を突っ掛けながら出ていった。
それを見送ったメイコが戸締まりをしてから振り返ると、カイトが静かに壁に寄りかかって立っていた。
「……いつからいたの?」
人のよさそうな、かつ、何を考えてるのかわからない笑顔を、訝しげに覗き込む。
「マスターが出ていってから」
「……?」
見送りにきたわけではなさそうだ。
「じゃあ……、」
「俺、今日中にやることあるから部屋にこもるよ。お昼もいらない。マスターが帰ってきたら教えてくれないかな?」
「それは、いいけど」
さぁ話は終わったとでも言いたげに、ちょこっと口角をあげたカイトはそのまま背を向けた。
「ちょ、ちょっと待って」
メイコは目の前の水色のマフラーを引っ張った。
「めーちゃん、苦しいよ」
苦しいと言いつつ、特にそんな様子を見せずに顔だけで振り返る。
「やっぱり、なんでもない」
メイコが手を緩めると、マフラーとその持ち主はするりといなくなってしまった。
空っぽの手を見つめてから鍵のかかった玄関の扉を一瞥し、誰もいなくなった冷たい廊下に大仰なため息を一つ落とした。
「バカマスターとバカイト……気遣い過ぎよ」
「どうしたんですか?」
いつまでも戻ってこないメイコを心配したのだろう、カイトが入っていったドアからルカが半身をのぞかせている。
「なんでもないわ。ほら、寒いからさっさと入りましょ」
メイコはぐいぐいとルカの背中を押す。
押された方は素直に従い、なんとなく2人でリビングのソファーに並んで座った。
「2人っきり、らしいわよ」
メイコはルカの顔を見ずに口を開く。
「そうですね?」
こうやって、2人でゆっくりと過ごすのは珍しいことではない。言葉の真意を掴みかねているのか、やや疑問形となる。
「カイトはマスターが帰ってくるまで、部屋出ないって。マスターは皆連れてっちゃうし。……まるで、2人っきりの時間をプレゼントされたような」
「え? ああ」
そこで、メイコはルカの方へ上半身ごと向き直り、真剣な顔つきで言葉を紡ぐ。
「本当に、何も、いらないの?」
「ええ、ケーキも買ってきてくれるらしいですし」
眉一つ動かさずに、視線を合わせたまま答える。けして揺るがない。
しばらくそのまま見つめあっていたが、メイコの方が折れて、ため息をついた。
「いいなら無理にとは言わないけれど、あたしだってルカの欲しいもの何でもあげたいって思ってるのよ?」
「気持ちだけで、嬉しいです」
「頑固ね」
「メイコさん程では」
どこか涼しい顔。
「一応、ある程度は何が欲しいって言われても大丈夫なように、ちょっとやりくりしてたんだけどね」
「でも、それって――」
遮る言葉にビックリしたように顔をあげたメイコの瞳を見ながらルカは、自分でも馬鹿な事を言っているとわかってはいたが、どうしようもなかった。
「マスターが稼いできたお金ですよね」
「そんなこと気にしてたの?」
ルカは、バツが悪そうに身をすくめた。
「あたしがアルバイトでもすれば良かった?」
「そういう意味じゃ、ないです」
眉を下げて、どこかに答えを落っことしてしまったみたいに視線を彷徨わせるルカ。
それを見ながら、メイコは判断に困っていた。
彼女が望むなら、マスターに掛け合ってバイトでもなんでもするのは厭わない。でも、そういうことでもないような気がする。
「ホントに欲しいもの、ない?」
じゃあ……、とたっぷり間をおいて、
「愛してるって言ってください」
「それだけ?」
それだけ、なんて軽いものではないと思ってるからこその願い。
「はい」
できるだけ真剣に見えるようにと、目を見てしっかりと深く頷いた。
「あたし、いつも言ってるわよね」
言ってくれるのは、お酒が入った時か、ベッドの上か――ルカが無言で見つめ続けていると、メイコはなんとなく察したらしい。
「あー……、じゃあ、一度しか言わないわよ」
「ええ、たくさん言えばいいってものじゃないですから。とびきりのをお願いします」
ハードルを自らあげてしまったようだ。
「え、と……」
腕を引いて、抱き締める。耳元に、精一杯の感情をこめて、一音一音を慈しむように。
「愛してる」
「……目を見て言ってください」
どうやら、照れ隠しはバレバレのようだ。
「一度しか言わない、って言ったわよ」
「…………」
腕の中の無言の圧力に負けて、解放した。
メイコは強い蒼の瞳に吸い込まれそうになりながら、やや早口になりながらもしっかりと発音する。
「愛してる」
そのまま額に口付けて、真っ赤なになって上目遣いで見つめてくるルカを押し倒した――



あとがき→





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