ss24 プレゼントなんていらない | ナノ プレゼントなんていらない


相手の誕生日でも、もちろん自分のでもなく、2000年も昔に生まれた信じてもいない神の子の誕生日を盛大にお祝いするのは何故だろう――?
街が光とあなたの色と幸せな空気で満たされるのに、文句なんてないのだけれど。



聖夜の前日。といっても、いつもと変わらない平日の朝。
「メイコさん、クリスマスなんですけど……」
「ああ、別になんにもいらないわよ。もうサンタクロースからはプレゼントもらってるから」
何も言う前に、はい、と手渡された封筒。
中からはホテルの名前が入ったディナーチケットが2枚。
「マスターから、ですか?」
「そ。ちなみにカイト達はどっかの舞台だかコンサートだかのチケットもらってたわ」
自分は仕事だからと『今年のクリスマスは中止です!』って宣言してなかっただろうか。その時の落胆したミクとリンの顔を思い出し、チケットを渡された時のテンションの上がりようを想像する。
イブのディナーや舞台の予約なんて難しかっただろうに、自分が楽しむわけでもないものに一生懸命になれるマスターがよくわからない。
「今晩ですよね……。行くんですか?」
「えっ、行かないの……?」
メイコさんは目を丸くして驚いた。
「あ、いや。行きたい、です。」
私のその答えに、そうよね、と言って笑みを深くした。
するとそこに、
「あー、なんだよ世の中はクリスマスイブだっていうのに、仕事とか! リア充爆発しろ!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎながら、スーツに着替えたサンタクロース、もといマスターがやってくる。
朝から元気なことこの上ない。
「お疲れさま、気をつけていってらっしゃい」
「うんー、頑張る。2人は楽しんできなね?」
メイコさんに声を掛けられるとふにゃりと笑い、そんなことを言う。
「じゃあ、行ってきます」
マスターは壁にかけられた鍵を手にとり、携帯端末を確かめながら言った。
皆で口々にいってらっしゃいと送る。
「いってらっしゃい。頑張ってね、マスター」
少しばかり寝坊して、一人遅れて朝食を食べおわったばかりのリンが、マスターに駆け寄って抱きついた。
「リンー、ありがとう!」
がっしと抱き合う2人。
スーツ、皺になりますよ……。
「よし、充電完了! 今度こそ行ってきます」
そして、あっという間に風のように去っていった。



昼下がり、久しぶりの外出にいろいろ寄りたいところがあると、カイトさんを保護者役にした年少組は早々に家を出て、二人きり。
私は自分のクローゼットを前にして、後ろではメイコさんが私のベッドに腰掛けて今日行くレストランのパンフレットのようなものをを広げている。
「何着てけばいいですかね……?」
「特にドレスコードがあるような店ではないらしいから、そんなに気負わなくてもいいみたいよ」
「そうですか」
手にしていたジャケットをしまい、ファーのついたコートを出した。
予約は7時から。そのホテルまでは、うちの最寄り駅から20分ほど電車に揺られ、降りたら徒歩ですぐ。帰りは漠然と遅くならないように、とだけ――。
頭の中でスケジュールを確認するのはこれで何十回目か。
時間はまだまだある。
家族としてのクリスマスの過ごし方は去年知ったけど、恋人としての過ごし方なんて知らない私は、一人焦る。
「ねぇ、ルカ」
「あ、はい」
呼ばれたので振り返ったが、メイコさんはパンフレットから顔をあげようとしない。
今出したタイツをそろえて床に置き、そっと近づいて中腰で覗き込む。
「食前酒を選べるんだけどね、シャンパンで、ロゼでいいかしら、って」
「え、いいですけど……」
なんでわざわざそんな事を訊くのだろう。お酒ならメイコさんが断然詳しいし、また、ロゼというチョイスも珍しい。
そんな疑問が顔に出ていたのか、わざわざパンフレットを脇に置き、真っ直ぐに私の目をみて言う。
「せっかくのクリスマスなら、ルカと同じ色で乾杯がしたかったのよ。そして、それをちゃんと伝えておきたかったの」
「はい」
「まだ、時間あるわよね」
「……はい」
言わんとしていることは理解したので、そっと目を瞑り、優しいキスをうけた――。



結局、家を出るのはギリギリになってしまった。でも、ちょうど良かった、とも思う。
私はいつまでたっても、家のドアから一歩外に出た世界を好きにはなれない。
街の灯りも飾り付けも、ちょっと浮き足だつような楽しそうな雰囲気さえも、私達のためのものではないから。
メイコさんは、自分が世に出た時よりずっと好奇や嫌悪に満ちた目で見られることが少なくなった、と、なんでもないことのように言うけれど。
「大丈夫?」
改札を抜けた時、メイコさんが急に私の腕を掴んだ。
「え、」
「顔色悪いわよ」
指摘されて、そういえば頭がぐらぐらすることに気付く。
「酔った?」
「ええ、少し……」
人間に、という単語は飲み込んだ。
「ゆっくり行きましょう」
日が落ちてから急激に冷え込んだ空気にさらされる中、メイコさんの細い指が私の指に絡んだ。
なんだかわからないようなモノの視線から隠れるように、お互いしか見ていないカップル達の間をそっと歩いて抜けた。



結局、食べ物の味なんてよくわからなかった。
綺麗なオードブルよりも、手の込んだメインディッシュよりも、食前酒の薄桃色だけが記憶に刻まれる。



帰り道、幸せだったり気だるげだったり、それぞれの空気と想いをぎゅうぎゅうに詰め込んだ電車に運ばれて吐き出されて。
ぽつぽつと街灯に照らされる夜道を2人、少し離れて歩く。
「楽しくなかった?」
もう何度か似たような質問を繰り返されていた。
「いいえ、メイコさんと2人きりでいられて楽しかったですよ」
毎回の私の返事は少しずつ違うけれど、とにかくその類の問を片っ端から笑顔で否定していった。
そのたびに、ほんの少し黙るメイコさん。
今までで一番長い間を空けて、静かに声を漏らす。
「嘘」
「嘘じゃないですってば」
「嘘!」
メイコさんが今日初めて語気を荒くした。
数歩先を歩いていたメイコさんが勢いよく振り向き、足早にこちらに向かってくる。
そして、そのままの勢いで抱きつかれた。
いきなりのことと、こんな往来でとか面食らっていると、耳元をくすぐる甘い声。
「嘘。ほら、こんなに背筋がガチガチで……」
何も言えなくなって、そのまま棒立ちでいると、回された腕に力をこめてぎゅっと抱きしめられる。
「いいわ、ルカが外出好きじゃないのわかったし。思えば、最初からあんまり乗り気じゃなかったもんね」
「スミマセン……」
「謝んなくていいのよ」
すっと離れて、頭を撫でられる。
メイコさんは、泣きそうな顔をして笑っていた。
「メイコさん……?」
呼び掛けに応えてはもらえず、先ほどと同じように数歩先を行ってしまう。
「あたし、馬鹿だったわ。自分だけうかれて、ルカもきっと楽しいだろうって思い込んでた」
それなら自分も同罪だ。自分がちょっと我慢すれば、楽しくなると信じていた。
その背中を追い掛けて、捕まえる。
「クリスマスって明日ですよね?」
「そうね。今日はイブだから……」
質問の意味を計りかね不思議そうな顔をして振り向くメイコさんに、手首の内側の腕時計の文字盤を見せる。
メイコさんの手首にも、手の甲の側に文字盤を向けて同じ物があるけれど。
「あと、26時間もありますよっ」
にっこりと微笑んで顔を見合わせた。
冷たい向かい風に負けないように、2人で腕をからめてぎゅっとくっついて、家路をゆっくりと進む。


クリスマス、なんて知らない。
ツリーもご馳走もケーキも、いらない。
サンタクロースは恋を知らないこどもが信じていればいい。

世界中が――あのドアの内側でも、外側でも――いっせいのせで、家族や子供や、恋人や、大切な人達を想う、それだけでいい。
それだけで、いい。


fin.


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