ss22 一輪の白いバラと | ナノ 一輪の白いバラと


今年も残すところあと1ヶ月を切った。久しぶりに日本に帰ってきてみれば、街はすっかり冬支度。
社長――つまりあたしのマスターとは空港でわかれて、今は一人帰路についている。
家までの車代も渡されていたけど、特に急ぐこともないだろうと私鉄の、それも鈍行に乗ってみた。
車内で開いた携帯端末にはメールが一件。社長からで、今日は帰れないという用件だけ。
今夜は二人きり、かな……。
そして、ふと思い付きで、乗換駅の百貨店に立ち寄ることにした。
どこもかしこも、休日の昼間だということもあり、いったいどこからわいてきたんだっていう程に人が多く、大きなキャリーケースを転がしている自分の小さな体など簡単に阻まれてしまう。もう、どうして日本はこんなに狭いんだろ。
ほうほうの体で目当てのモノを買い、結局面倒くさくなって、適当にその辺でタクシーを拾って帰ることにした。
会社名義の領収書とお釣りと、トランクに入れていたスーツケースを受け取って、自宅のあるマンションの真前に降り立つ。
「……?」
エントランスを抜け、オートロックの前まで来ると、先客がいた。
「先生、早く早くっ」
「待ってください、今出しますからね……」
先生と呼ばれていたスーツ姿の眼鏡の優男と、呼んだ方の小学生くらいの少女。
男性の方には見覚えがある。男性型VOCALOIDの、コードは……、そう、氷山キヨテルだ。いくつかの取引先で紹介されたし、もっと多くの個体を様々な場所で見かけた。
鍵をさがしているのだろう、両手いっぱいの荷物を持ったままカバンの底を探っている。
あたしは、胸ポケットから鍵を出して、認証錠に差し回す。
磨かれたガラスの自動ドアがすっと開き、2人が驚いたように振り向く。どうやらあたしの存在に気付いてなかったらしい。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
温和な笑顔で、割合しっかりと礼を言われた。
人間受けの良いあの笑顔が、交渉事には向いてるんだろうな、と思う。
「ありがとう、おねえちゃん!」
短く2つ結びにした髪を揺らして、少女がわざわざこちらに駆け寄ってきて礼を言ってきた。
正直、子どもの扱いには慣れていないので、よそ行きの笑顔でごまかす。こういう時、勝手に笑ってくれるプログラムは楽でいい。
「これ、あげる」
少女は、両手いっぱいに抱えた花束から、白いバラを一生懸命に抜き出して差し出してきた。
あたしがおずおずと手をのばして受け取ると、それこそ花が咲いたような、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう……」
「どういたしましてっ」
つられるように、あたしも笑った。
一緒にエレベーターに乗ったので、2人の会話が耳に入ってくる。
「mikiちゃんも、喜んでくれるかなぁ……」
「もちろん! 大丈夫ですよ」
「あ! 先生、ローソク買った!?」
「マスターが特別なのを買ってきてくれてます」
花束に、ケーキの箱に、極彩色のラッピングがのぞく紙袋。誰かの誕生日なのかもしれない。
「ばいばい、おねえちゃん」
2人は先に降りて、キヨテルさんの方は会釈を、少女は扉が閉まるまで手を振ってくれていた。
小さく手を振り返し、見送った。
「さて、と」
さらに上昇して開いたエレベーターの扉から一歩を踏み出し、彼女と同じ透けるような白の花弁のバラを片手に握り、深呼吸した。
廊下の真ん中にあるスチールの重いドアを引き、帰宅を知らせる。
「ただいま」
ぱたぱたと駆け寄る足音を聞きながら、あたしはもう一度、深く深く息を吸い込む。
彼女が、ハクがあたしにいつものようにお帰りと微笑む前に、おめでとうを言うんだ。遅れてしまって、ごめん、って。
買ってきたケーキを食べながら、小さなバラの話をしよう――。

fin.

あとがき→





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