ss20 Trick and treat! | ナノ Trick and treat!


日はだいぶ短くなり、窓ガラスを鳴らす風も随分と冷たくなってきた頃。
マスターは冬の気配が幾分混じった濃い秋の夜の空気を纏って、定時に帰宅した。
「ただいま〜」
階下に集まっていた6人は、おかえりなさいと口々に声をかけた。
いつものように寒い寒いと部屋の中央に置かれたガスファンヒーターに駆け寄る背中が、何かを思い出したように途中で振り向く。
「そうそう、今日は何の日だ?」
誰にというわけではなく、皆に唐突に投げ掛けられた問。反応が一番早かったのは黄色の双子で、座っていたソファから立ち上がり、手を高く上げた。まるで、当てられるのを待ってる生徒みたいに。
「はい、リンとレン」
それに合わせるようにマスターが先生っぽく、2人を指名した。
「ハロウィン!」
澄んだ声がユニゾンする。「そのこころは?」
マスターのさらなる問いかけに、お互いに笑顔で視線を交わしてから、もう一度声を揃えた。
「トリック・オア・トリート!」
「よくできました。2人にイタズラされちゃあかなわないから、はいどうぞ。ハッピーハロウィンっ」
かぼちゃの顔が描かれた小さなキャンディの包み紙をポケットから取り出し、パラパラとそれぞれの手のひらに落とす。
マスターは、リンとレンの間に座り、ぽかんとしているツインテールに声をかけた。
「ミクは?」
「え、と。とりっく・おあ・とりーと…?」
たどたどしい口調に笑みを深くして、同様にキャンディを降らせる。
「ルカも」
食卓についていた彼女のもとへと向かい、ファンシーなキャンディを見せる。
「Trick or treat...」
ミクとは打って変わってなめらかな発音に満足そうにうなずいて、お菓子ぐらいで喜ぶ年頃でもない手にキャンディを強引に握らせた。
「カイト」
「トリック・オア・トリート?」
さわやかに首を傾げて、そっと手を差し出した。
「カイトはこっちね」
キャンディではなく、手にしていた箱を渡す。
「これは?」
「31のハロウィンフレーバー。溶けちゃうから冷凍庫入れといて」
カイトは丁寧に受け取り、箱の隙間から中を確かめながら冷蔵庫のあるキッチンへ向かう。
「めーちゃんっ」
マスターに呼ばれて、夕飯の支度をしていたエプロン姿のメイコはカイトと入れ替わりにキッチンからでてきた。
「と…」
「トリックオアトリート」
「え?」
言わせておいて、その台詞を先に言って奪ってしまったマスターはにやにやと、しかしイタズラの成功した子供のような無邪気さで笑う。
「イタズラか、おもてなしか。――お菓子くれないとイタズラしちゃうよ?」
メイコの訝しげな視線をものともせず、言葉を続ける。
「お菓子あげないでイタズラしてもらうってのも、アリだったんだけどね」
今度は、無邪気さの抜け落ちた少し黒い笑みを浮かべた。
「メイコさん、私にもイタズラしてく……」
「ややこしくなるから、ちょっとルカは黙ってて」
メイコは深いため息をひとつついてから、口を開く。
「イタズラしてもいいけど、そしたらおもてなし――つまり夕食抜きよ?」
「えっ」
「せっかくマスターの大好きなシチューなのに、残念ね〜」
ふい、とキッチンに戻ろうとする。
マスターは慌てて止めようとしてエプロンの紐をつかみ、するりと蝶結びがほどけた。
メイコは首だけで振り向いて、かなり必死な様子のマスターに苦笑を漏らす。
「わかったから、席ついて。すぐできるわ」
その声を皮切りに、マスターと、ソファの3人、そしてキッチンの入り口でさわやかな笑顔を崩さずに一部始終を見ていたカイトが食卓についた。
すぐに、メイコが7人分のシチューをよそってテーブルに並べた。主食はパンではなく、皿に平らに盛ったライスだ。
「わあ、きいろのシチューだ!」
リンが歓声をあげた。
そう、かぼちゃのたっぷり入ったイエローシチュー。
「ハロウィンだから?」
カイトが訊いて、メイコがまあね、と答えた。
「ホントはかぼちゃを食べるのはハロウィンじゃなくて冬至なんだけど。最近寒かったでしょ?」
かぼちゃは身体を温める食品だ。温かいシチューにすればなおのこと。
「いただきます」
「いただきます」
マスターの食前の挨拶に、6人が続ける。
しばらく食器を動かす音しか聞こえなくなるが、それはメイコの作った料理が美味しいからで、けして嫌な沈黙ではない。
「ハロウィン終わったら、もうクリスマスだねー」
さっさと一皿目を食べおわってメイコにおかわりを要求したリンは、テレビの中のどこかのイルミネーションの点灯式を見ながら言った。
「日本の商業戦略の上では、ね。クリスマスが終わったらお正月で、お正月が終わったらバレンタイン、そしてホワイトデー。日本人って不思議だよね」
マスターはテレビを振り返って、言葉とは裏腹に楽しそうに笑う。
「そんなにお祝いばっかりで疲れちゃわないのかな?」
ミクが首を傾げる。
「いいんじゃない、楽しいことは多いほうが。個人的にはクリスマス祝うなら、灌仏会を祝ってもいいと思うんだけどねー」
「かんぶつえ? なにそれ」
レンがおかわりのお皿をメイコに差出しながらマスターに訊ねる。
「釈迦の誕生日。4月8日に甘茶飲むの」
「ふ〜ん……。お茶って、祝い方が地味だね」
「だからみんなに祝ってもらえないのかな? ま、クリスマスはキリストの誕生日なんかじゃないんだけどね。お、このイルミネーション綺麗だなー。近所じゃん。どう、今度皆で見に行く?」
「そんなこと言って、結局行かないんでしょ」
レンにおかわりを渡しながら、メイコが呆れた声を出した。
「うーん……。いつか行くよー。めーちゃんは行きたい?」
「はぁ……、行きたいって言っても、マスターのいつかはいつまでたっても来ないじゃない」
「行きたいのね? じゃあまあ、いつかね。ごちそうさまー」
自分の分の食器を重ねて持って立ち上がり、シンクに向かう。
「おかわりしないの?」
すでに3皿目のリンが訊いた。
この家の大食いは、上からリン・レン・マスターで、カイトは普通、あとの3人は少食だ。
「うん、今日はいいや」
「具合悪いの?」
「そんなことはないと思うけど」
ほぼ同時に食べおわったメイコが心配してついてきても、本人はどこ吹く風。さっさと食器を湯を張った水桶に入れると、ポケットをごそごそと探りだした。
「あ、そだ。メイコも飴いる?」
「飴ってさっきの? まだあるの?」
「そうそう。デザイン重視で選んだら、一袋が大きくてね」
両端のねじってあるタイプだったが、器用に片手でキャンディを取出し、口に含む。
「なんだ、オレンジ味か」
「なんだと思ったの」
「カボチャ味」
「それは……、美味しくなさそうね」
「うん、オレンジ味はおいしいよ」
すっ、と一歩半の距離をゼロに縮めて、飴を渡す。
「……っ」
「トリック・アンド・トリート、ってことで」
手の甲でベタついた口元を拭いながら、目を細める。「……もう」
そこはカウンターキッチンになっていて、そのカウンターに接するようにダイニングテーブルが置かれているので、2人の姿はもちろん丸見えなわけで。
一番近い位置に座ってるカイトはいつもの笑顔を全く崩さず、隣のレンは慌ててそっぽを向き、さらにその隣でリンが好奇の視線を隠そうともしないで送り続け、ミクは視線をはずすのも忘れて赤くなり、一番遠い席のルカだけが面白くなさそうな顔をしていた。
「みんな、見てるのに……!」
「怒るとこ、そこ? まあ、いいけど」
マスターはメイコのぎゅっと寄せられた眉間を人差し指で一撫でして、キッチンから廊下へ直接続くドアから風のように出ていってしまった。
追いかける理由も特にないので、メイコは持ったままだった食器を浸けて、席に戻る。
下手に触れないようにと気遣う空気が逆に重い。
口の中では、美味しいというにはいささか酸っぱすぎる飴が、激しく自己主張している。
「はぁ……」
自然とため息がもれた。





「メイコさん、それください!」
「それ、って……?」
「それです、それ。飴!」
ビシッ、とルカが人差し指を名探偵よろしくメイコの膨らんだ頬に突き付ける。
「ああ……、って、ルカもマスターにもらったでしょう?」
「メイコさんからもらいたいんですっ!」
痺れを切らしたルカが強行手段をとる。つまり、マスターがしたのと同じように。
それが何であっても言えることだが、押しつけるのより、奪うほうが何倍も難しい。
「んっ」
ねじ込んだ舌で無理矢理小さな飴玉を追う。
唾液が口の端から滴るのも構わずに、深く深く。
「か、ふっ」
そして、舌先でからめ取る。
ころころと飴玉を口の中で転がして、勝ち誇った顔のルカ。
メイコはそれを睨み付けるのを数秒で諦め、もう一度視線に晒されるのに耐えられなくなりテーブルに突っ伏した。




「ミク姉、あたしたちもあれ、やろうよー」
「え、リンちゃん、あれって……え?!」

fin.



あとがき→





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