ss19 仲直り知らず | ナノ 仲直り知らず


マスターがお土産という名目で自分の食べたいものを家族全員分買ってくるなんてことは、実際珍しくもなんともない。
それはコンビニデザートだったり、駅前のケーキ屋さんのシュークリームだったり、近所のパン屋さんの今月の新作だったりする。
基本的に間食や食後に食べる甘いもの。たまに思い出したみたいにあたしたちのそれぞれの好物を。
そして昨日、何を血迷ったのか1個700円以上もするらしいプリンを買ってきた。それも全部で1ダース。
プリンに一万円近く使うなんて尋常じゃない! ……まあ、それを平気でやってのけるのがうちのマスターなんだけど。
メイ姉がお土産らしき箱を受け取って冷蔵庫に入れていたのを見てたけど、食後にプラスチックじゃなくてちゃんとしたガラスの器に入ってるいかにも“高級です!”って感じのプリンがそこから出てきたのには驚いた。だってそんなの、テレビのデパ地下特集とかでしか見たことないから。
驚いたのは見た目じゃなくて、味も。あーもー、なんて言えばいいんだろ。グルメリポーターになるつもりはないから難しいことは言えないけど、とにかく美味しかった。
みんなで口々に美味しいと言い合い、マスターが作ったわけでもないのにやたら誇らしそうだったのを覚えている。



問題は今日の、やっぱり夕食後。
「あ、そういえばプリン、プリン……」
マスターが冷蔵庫から昨日の箱を出してくる。箱の中に残っているプリンは12−7=5
算数が苦手なあたしでもそれくらいわかる。
買ってきた人の権限ね、って言ってマスターが1個、誰も何も言わないうちに確保してしまった。残り、4個。
メイ姉とカイ兄が辞退を申し出てくれたけど、結局みんなで公平にじゃんけん大会になった。
『じゃーんけーん……』
みんなの目つきが意外に真剣だ。やっぱりメイ姉もカイ兄も食べたかったんじゃん。
『ぽん!』
5つの手のひらと、小さな握りこぶし1つ。
「負けちゃった……」
困ったようにミク姉が眉を下げて笑う。
食べられないのはあと一人。
『じゃーんけーん』
『ぽん!』
あたしとレンのチョキと、残りはグー。見事に大人組がプリンを手に入れる。
ごめんね、ってメイ姉があたしたちに言ってからプリンを箱から3つ出した。残り、1つ。
ぐるぐると肩を回すあたしと微動だにしないレンの間に見えない火花が散る。
「ミク、おいでー」
マスターが手招きしてミク姉を呼んで、プリンのカラメルのかかったとこがのったスプーンを差し出す。
「はい、あーん」
「あーん……」
素直に受け取って、おいひいとか言ってる。かわいい。
じゃなくて! ミク姉にあーんとか、ずるいっ!
「レンっ、譲ってくれたり……」
「しない」
むう、ずいぶん素っ気ない。
……よろしいならば戦争だ。
『じゃんっけんっ、ぽん!』
『あいっこでっ、しょ!』
『あいこでっ――』
あいこも十数回続くと飽きるって知った。
双子、というか同じプログラムだから、言動の一致はよくあるけど、さすがにこんなに続いたのは初めてだ。
「リン……」
「たぶん、おんなじこと考えてる」
じゃんけん以外の勝負の付け方にしよう、って。
何にする? って訊いたら、ご飯前に一緒にやってたレーシングゲームを挙げられた。
「ええっ!? レンの方が圧倒的に有利じゃーん!」
「ハンデやるよ」
ムカつくけど、提示されたハンデはお互いの実力的に勝負が五分五分になる絶妙なバランス。
「わかった」
リビングのテレビにつなげっぱなしだったゲーム機の電源を入れた。
始める前から、コントローラーを握る手が汗ですべる。
2人ではんぶんこすればいいのに、とかマスターが言ってるのが聞こえる。
はんぶんこ上等! でもその相手は、レンじゃなくてミク姉とがいいんだよねっ。
スタートで出遅れないように画面を睨む。
最初から抜きつ抜かれつのデッドヒートだった。やっとのことで飛び出たあたしとレンとの差も、ラストの今、じりじりと縮まりつつある。
抜かさないで、お願い。抜かさないで、抜かさな……抜かすなってば!
「勝ってる?」
ひょい、と急に視界に揺れる浅葱。ミク姉が覗きこんできた。
か、顔近い!
もちろん、そんなので張り詰めていた緊張が続くわけがない。
あっという間にレンがあたしを抜かして、……ゴール!
その瞬間、レンはコントローラーを投げ出して、テーブルのプリンへと駆けて行った。
「リンちゃ……」
「ミク姉がいけないんだからねっ!」
「あ、うぅ……」
思いの外強い声が出ちゃって、自分でもびっくりした。
ミク姉はその綺麗で大きな目を見開いて、肩を落として俯いた。
言い過ぎた。謝らなきゃ。……声が出ない。
あたしの沈黙を怒ってると勘違いしたのか、その間にミク姉はそっと回れ右して階段を上っていく。
追い掛けるという選択肢がしばらく思いつかなくて、呆然とただただその細い背中を見送った。
「あーあ、泣ーかした」
あたしが途方に暮れていると、とっくにプリンを食べおわったマスターがこっちを見てニヤニヤと底意地の悪い笑みをうかべて言った。
「な、泣かしてなんか……」
いない、とは言い切れない。
急に、世界中の不幸があたしに降ってきたような気分になった。
プリンが食べたかったんじゃない。……食べたかったけど。いや、そうじゃなくて、ミク姉とはんぶんこ、そう、一緒に笑って食べたかっただけなのに。
笑わせたかった相手を泣かすなんて。
あたしは後先考えずに階段を駆け上がっていた。
「若いっていいねぇ」
「……あんまりからかったら可愛そうよ」
マスターとメイ姉の声が後ろで聞こえたけど、気にしてる余裕はなかった。
リビングからの階段を上りきると短い廊下があって、その突き当たりの左右にドアが2つずつ並んでいる。
手前の向かって右がカイ兄。左があたしとレン。その隣、つまり奥の左がメイ姉で、向かい、奥の右がミク姉とルカ姉の部屋。
あたしは躊躇わずに奥のドアを押し開けて滑り込んだ。鍵はかかっていなかった。
電気が全くついてない室内は真っ暗だけど、勝手知ったる人の部屋、2つ並んでるベッドの手前側に目測だけでダイブした。
「ひゃあうっ」
ちょうどそこにあった毛布の山が悲鳴をあげる。
あたしは素早く毛布を剥ぎ、ベッドサイドのランプをつけた。
部屋全体を照らすような明るさではないけれど、ベッドに座り込んでるお互いの姿はよく見える。あたしを映して不安そうに揺れる瞳も。
「怒っ、てる……?」
謝りにきたはずなのに、おずおずと言葉を紡ぎだす彼女にふつふつと熱い感情が沸き上がる。
怒り、じゃないことはすぐに気付いた。
目の前にいるこのかわいい女の子を、いじめたい。
「うん、怒ってる」
静かにそれだけ言うと、絶望という言葉がぴったりの顔になった。
さっきまで笑わせたかったのに、絶対に泣かせたくなんかなかったのに。今は。
泣きだしそうなその顔が美しいと思う。
あたしは無言で、できるだけ怒ってるように見えるように表情を消そうと努力する。
目をすがめて睨むと、ミク姉は口を中途半端に、たぶん、ごめんの“ご”の形に開けて固まってしまった。
なんて言おうか。このまま何にも言わないのも恐いかもしれないけど、ミク姉のせいだって強く責めてみようか。
ダメだ、やっぱり笑っちゃいそう。
「嘘だよ、怒ってないよ」
そう優しく聞こえるように言って、飛びつく。重なった2人分の体重がベッドを深く沈ませた。
「え、えと、えっ?」
耳元で困惑した声が聞こえた。
「ごめんね」
「……」
ぎゅっと抱きしめて言うと、腕の中が軽くなって、ミク姉の身体が強ばっていたことに気付いた。
「ごめん、ね。最初から怒ってないから。ちょっとレンに負けたのが悔しかっただけで」
本当はちょっとどころじゃないけど。
「う、うん。リンちゃんがおっきな声出すの珍しいから、びっくりしちゃった……」
珍しい? 毎日レンと怒鳴りあったりしてるからそんなこと考えもしなかったけど、そういえばミク姉とケンカしたことないなあ。
ちょっと顔をあげると、複雑な表情のミク姉と目があった。
あたしは背中に回していた腕をベッドについて、伸びをするようにその頬に唇を寄せる。
返ってきたキスは、口にだった。
嬉しくなったあたしは体重を片腕にのせて、もう一方の手でミク姉の頭を引き寄せて、じゃれるように深く、夢中になってキスを繰り返す。
そのまま、やわらかな翠にもぐらせている手で片方のツインテールをほどいた。
ミク姉もあたしの前髪を留めているピンに触れて。何故かその表面を撫でるだけで腕を下ろした。
「え、ちょっと待って。するの? 今?」
「うん」
いつからかわからないけど、キスをして、お互いの髪をほどくのが始まりの合図になっていた。そして、始まってしまったら止まらない。
もう片方もはずす。綺麗なミントグリーンがベッドに広がった。そのうちの一房を手に取り口付けると、半分髪に隠れた頬が紅く染まった。
ホント、お姫様扱いとかベタなの好きだなー、なんて。
あたしがそのままふわふわのシフォンワンピースに手をかけようとすると、制止の声が飛んできた。
「だっから、待ってってばっ。わたしお風呂入ってないよ!」
「うん、あたしも」
「……」
「……」
反論はないようなので、続行、しようとしたら腕をつかまれた。
「ルカちゃんくるよ!?」
ちょっとだけ手を止めて、隣の空のベッドの意味を考える。
あーあ、レンをカイ兄の部屋にやって、ミク姉があたしの隣で寝ればいいのに。
「……大丈夫だよ、ルカ姉なら」
頭の回転が速くてここぞというときに空気の読めるルカ姉が、真っ最中に入ってくるなんて失態、絶対しないと思う。
マスターはわざとなのか違うのか、そういう空気読めないことを平気でするけど。
「あ」
どうしたの、って下から眼で訊いてくる。
「鍵かけてない」
がばっ、とあたしをはねのけていきなり起き上がったミク姉は、乱れた髪と服のまんまドアに駆け寄った。内鍵をかけにいったようだ。
もともとウォークインクローゼットだったマスターの部屋以外、あたしたちの部屋は全て内側から鍵をかけられるようになっている。まあ、こんな時でもなければ滅多にかけないけど。
で、鍵をわざわざかけたってことは?
あたしは、耳まで真っ赤にして戻ってきたミク姉を、満面の笑みで迎えた。





「ルカー、今日メイコのところで寝ていいよー」
「本当ですかっ?」
「おかしいわよね、それ、マスターが許可するのおかしいわよね」
「おかしくないでしょ」「おかしくないですよ」
「どこが」
「だってたぶん、ミクとリンはお楽しみだよー」
「私の寝るところないじゃないですか」
「それは……、そうかもしれないけど……。ルカがマスターの部屋で寝ればいいじゃない」
「あの散らかりようがもはや部屋じゃない部屋で?」
「……無理、ね。むしろ、マスターが普段どうやって寝てるのか知りたいけど」
「私、メイコさんと寝たいです」「なにその語弊のある言い方」
「あ、その代わりお風呂は一緒に入ろうねー、めーちゃん」
「えー、マスターずるいです!」
「お、じゃあ3人で入っちゃおうか。てか、3人で寝ちゃおうか」
「いいですねっ!」
「……もういいわ、勝手にして」


あとがき→





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