ss7 あなたをください | ナノ


けだるい夏の終わりの昼下がり。
家中の窓とドアを開け放して風を呼び込んでも、少し動いたらすぐに汗ばむような陽気。
特に何もする気は起きず、しようにもすることがなんにもないので、わたしはミク姉と2人、部屋でごろごろしている。
ちなみにここはミク姉とルカちゃんの相部屋で、ルカちゃんはメイ姉とリビングにいるので、好きに使わせてもらってる。
あたしはレンと相部屋なんだけど、たぶんそっちはレンが1人でゲームしてると思う。
あたしはミク姉のベッドでネギクッションを抱いて仰向けに転がり、ベッドの端に腰掛けたミク姉の歌声に耳をすます。
ミク姉が手にしている楽譜は、世の中の中学の教科書にも載ってる有名な合唱曲で、ついこの前マスターが気まぐれでくれた。
うちのマスターはあたしたちにほとんど歌を歌わせない。
作曲もしないし、既存の曲をあたしたちの歌唱プログラムに直接入力するような技術もない。音楽をかけたりもあまりしないので勝手に耳コピもできないし、楽譜はくれないし。
音楽の才能がまったくないんだよね、とマスターはよく笑って言う。確かになんの楽器もできないし、音感もリズム感もダメダメだけど。
じゃあ、なんでVOCALOIDが家に6人もいるのか……ってのは、何度訊いても答えてくれないから永遠の謎だ。
そんなことを考えている間にすぐに歌が終わってしまったので、あたしは飛び起きて惜しみない拍手を贈った。
「ミク姉、もう一回歌ってー。アンコール!」
あたしはその声をもっともっと聴いていたいから、もう一度、もう一度と乞い願う。
まるで、お気に入りのオルゴールを、繰り返し、繰り返しかけるみたいに。
「ええー? もういいでしょー」
実は、この曲だけをもう両手では数え切れないくらい歌ってもらってる。
マスターが他の楽譜もたくさんくれれば、もう少し退屈じゃなかったのかもしれないけど、ないものはしょうがない。
「もう一回! もう一回だけ聴いたら終わりにするから」
「しょうがないなぁ……」
ミク姉はまた頭から歌いはじめる。
ごろり、と寝返りをうってうつ伏せになる。クッションに顔を埋めると目の前が真っ暗になって、ミク姉の声がよく聞こえる気がする。
擦り切れるほどに歌い古された旋律も、ミク姉が口にすれば音楽以上のものになる。
部屋が歌声でいっぱいになるのを感じて、あたしの中は幸せでいっぱい。
「もう一度! これで最後、ね?」
「今ので終わりって言ったじゃーん」
こっちを振り向いてふくれるミク姉はすっごくかわいかったけど、そんなこと口にしたら怒って歌ってくれなくなるのは目に見えているので知らんぷりする。
「もう……」
ミク姉は手元の楽譜をちらちら見ている。歌いたくないってほどでもないけど、最後って言っちゃったしな、って感じ。
「今度はあたしも歌うから!」
ずりずりとシーツの上を這ってミク姉のすぐ隣まで移動する。
「せーのっ」
そう言って歌いだすと、優しいミク姉はつられて一緒に歌い始めた。
ミク姉の繰り返される主旋律に、あたしが下の旋律を重ねて。
今度はあたしの声でミク姉をいっぱいにして、幸せでいっぱいにするの。
曲を歌い終えてしまうと、どちらからというわけでもなく、くすくす笑いが止まらなかった。
2人でベッドに倒れて、ほっぺたをくっつけて笑って、どちらかが突然歌いだしたりして、またお腹の底から笑って。そんな風にして、メイ姉が呼びにくるまで過ごした。
あたしたちは今日も幸せでいっぱいだった。

あとがき→





[ssTop]
[Home]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -