ss6 もしも | ナノ


けだるい夏の終わりの昼下がり。
家中の窓とドアを開け放して風を呼び込んでも、少し動いたらすぐに汗ばむような陽気。
特に何もする気は起きず、何かしようにもすることがなんにもないので、リビングのソファでルカと2人、なんとはなしに一緒にテレビを見ている。
電源を入れたあとチャンネルを変えるのも面倒くさくてそのままなのは、『今からでも間に合う!夏休み特集』とかなんとか、内容があるようなないような旅番組。
有名レジャー施設に大型ショッピングモール、大自然を満喫できるキャンプに、北海道の広大な大地に、沖縄の青い空と蒼い……、
「海が、どうかしましたか……?」
声に出ていたらしい。ルカが不思議そうにこちらをみている。
「海、行きたいな、って思って」
適当にごまかした。
「あぁ、リンやレンは喜びそうですよね」
画面では、どこまでも白い砂浜を子ども達が駆け回っている。
家族で旅行。それもいいかもしれない。マスターにそんな甲斐性があれば、だけど。
「海、行ったことあるんですか?」
この家の一番の新入りは、期待と好奇心をうっすらと瞳にうつしながら尋ねる。
「ない、わねぇ。海も、山も、川も、うちのマスターは出無精だからね。まず、みんなで出かけるって発想がないのよ」
半分は本当。世界のどんな場所よりも自宅が好きな人だ。
半分は嘘。もし行きたいと心から願ったとしても、そんな暇もお金もない。懸賞でも当たれば別かもしれないけど、さすがに7人は多いわよね。
数駅先のデパートで手一杯。それだってルカが来てからは、みんな揃っては行ってない気がする。
「そう、ですか」
「残念?」
「いいえ」
ちょっと意地悪な質問も、笑って否定する。
「今でも十分楽しいですから」

それから、もしも、の話をいっぱいした。
家族で行くなら温泉がいい。広い家族風呂がついてたらいい。恥ずかしがる男子達も無理矢理入れて、背中を流してもらおう。
夢と魔法の国にも行ってみたい。ジェットコースターは怖いだろうか。お土産を両手に抱えるほど買って帰ろう。
動物園や水族館はどうだろう。暑くてだれてる動物や、見たこともないような深海魚を指差してみんなで笑うのだ。
海外もいいな。観光地を回って、ショッピングを楽しんで。美味しい食物はやっぱり日本が一番かもしれないけど。
もしも、二人で行くなら――

ちょっと退屈だった午後も、楽しいおしゃべりであっという間。
ふと気付けば、旅番組はとっくに終わっていて、夕方のニュースをキャスターが読み上げている。
「あら、もうこんな時間。夕飯の準備しなきゃ」
「お手伝いしますよ」

マスターが帰ってきて、料理が並んだ食卓にみんなが集まったらもう一度、もしも、の話をしよう。例えどこにも行けなくたって、みんなで集まって好きなことを好きなように話すのは、きっと楽しいことだから。
みんなはどこに行きたがるだろうか。

夕飯の献立と、そんなことばかり考えていたから、結局言いそびれてしまった。
蒼く透き通った海に目を奪われたのは、貴女の瞳の色に吸い込まれそうになっただけ、なんて。

fin.

あとがき





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