「あれ、苗字さん?」
沢山の人が行き交う中、彼の声は私の耳によく届いた。
「沢田、くん」
「奇遇だね。苗字さんも買い物?」
コクリと頷く。あまり話したことはないけれど私は沢田くんの事が好き、なのだと思う。こうして彼を目の前にすると上手く話す事が出来なくなるし、鼓動が早くなる。
「沢田くんも、買い物?」
「うん。俺は本を買いに」
こうして休日に会えた事が奇跡に近いかもしれない。学校でもたまにしか顔を合わせる事がなく、接点が少ない私の名前を覚えていてくれていることが嬉しいかった。
「そっか、じゃあ私もう行くね」
沢田くんはもう用事を済ませたらしい本屋の買い物袋が目に入った。今帰る所だったのだろう、ならばあまり長居はしたくないと思う。それに私は今からいつもの雑貨屋に新商品の確認に行くのだ。少し話せただけでも運が良かったのでよしとしよう。
「また、」
「苗字さん!」
手が触れる。呼び止められるとは思わなかったなのでびくりと肩が揺れた。
「この近くに新しくカフェが出来たんだって。行ってみない?」
「は、い」
にこりと笑顔で誘われたら断れるのだろうか、否断れるはずがない。手を引かれ私は素直について行く。少し力を込めれば握り返してくれる手に心が温かくなる。
人混みの中、手をつないだ
どうかその手を離さないで