呑めや唄えやと祭りのような宴を抜け、静かな森のなかで腰を下ろしたのは、まだ月が星を連れ立ち始めてしばらくした頃だった。
 濃紺の夜をふっくらとした月が少しづつ西へと歩んでいく。
 まるでふたり語らう時間を引き伸ばすように、ゆっくりと。
 離れていたのはたった三年。
 両手で数えられるだけの季節が巡る、たったそれだけ。
 ただ、先の見えない時間は途方もなく長かった。
 会えなかった間を埋めるように尽きない話の数々。
 ころころと響く笑い声。
 すぐそばに感じる柔らかな温もり。
 そんな穏やかに過ぎる時間にゆったりと身を任せていたが、小さく聞こえたくしゃみに、犬夜叉は眉をひそめた。

 「さみぃか?」

 「ううん、平気」

 平気、とは言いつつもカーディガンの袖から見える指先は、先ほどよりもいくらか白い。
 つい先日、春の夜はまだ寒いと、兄がりんの元へひと重ねの布団を持ってきていた。
 ふと思い出されたそれに、犬夜叉は苦い顔を堪える。
 そして頭を振って記憶を散らすと、細い肩へと緋衣を掛けた。

 「無理すんな。風邪でも引いたらどうする」

 「でも、」

 帰りを促すように立ち上がる犬夜叉を、かごめは寂しげな瞳で見つめる。
 庇護欲を誘うその表情に犬夜叉は声を詰まらせると、目の前にそっと手を差し出した。

 「……また明日な」

 きょとんとした瞳がそれを映す。
 そして次の瞬間、かごめは満面の笑みを浮かべると、しかとその手を握った。


 『少し歩いて帰ろう』

 そう言ったのはどちらだったか。
 別れ難いと思っていたのは、ふたり同じだった。
 焦れったくなるほどゆっくりと。
 わざと少しだけ遠回りをして。
 そうして辿った家路は、思うよりあっという間だった。

 「着いちゃったね……」

 「あぁ……」

 また、朝になればこうしてそばにいられるというのに、こんなにも離れ難い。
 (そうだ、朝になれば、また……)
 けれども、それは夢ではないのだろうか。
 結んだ手に呼ばれる名前。
 向けられた微笑みも何もかも、すべて夢に見た。
 目が覚めて現ではないのだと、何度憂いに心濡れたか。
ひ先ほどとは打って変わって、互いの息遣いが聞こえるほどの静けさのなか、犬夜叉が結んだ手を離せずにいると小さな声で名前を呼ばれた。

 「犬夜叉」

 ふと上げた顔をそっと包まれる。

 「もう。そんな顔しないで」

 頬に触れる温もりがじんわり奥へと滲みていく。
 かごめの困ったような笑みがどこまでも優しい。

 「かごめ……」

 呼んだ名前が想像以上に情けなく夜に消える。
 それごとかごめは包むように犬夜叉をぎゅっと抱きしめた。

 「大丈夫、ちゃんと隣にいるわ。明日も明後日もずーっと。そばにいるから」

 「っ、」

 縋るように細い首筋に顔を埋めると、あの優しい匂いが豊かに香った。
 とんとん、とあやすように背を叩かれて、噛みつきたい気もするが、そんな言葉ひと文字だって出てきやしない。
 悔しくて、嬉しくて、たまらなく幸せだ。
 先ほどまでの不安はもうすっかり影を潜めた。
 月が柔らかく足元を照らす。
 犬夜叉は三年ぶりの温もりを、ただ静かに抱きしめた。



  







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