汗が絡んだ空気は細く開いた窓の隙から逃げ出し、代わりの夜風がまだ熱い肌を音もなく撫でゆく。
 微かに灯る明かりのなか、かごめは緩やかな白い膨らみついた痕をじっと見つめ、指先でそうっとなぞった。
 つい今しがた新しくついたその痕は、先に薄れたものとは違い、まだ綺麗に赤々としている。
 痛くもなければ痒くもない。
 ただ見れば胸が小さく跳ねて、下腹が甘くときめく。
 痕をつけられた経緯を思い出し、かごめはほんの少し頬を染めた。
 そしてすぐ真横の剥き出しの胸板を見遣ると、拗ねたように僅かに唇を尖らせる。
 見た目よりもがっしりとした胸板は傷ひとつ見当たらない。
 かごめがつけたはずの赤いそれも、跡形もなく綺麗さっぱり消えていた。
 確かにあったはずのそこを指でなぞると、うつらうつらと落ちかけていた目蓋を犬夜叉は持ち上げる。

 「どうした?」

 「ねぇ、これどうやったらつくの?」

 いや、付け方はもちろん知っている。
 ただ情交の最中、犬夜叉へとつけた赤い痕は、事が終わる頃には消えてしまう。
 例え上手についたとしても、朝を迎える頃には欠片も残ってはいなかった。

 「せっかくつけてもすぐに消えちゃうんだもん」

 試しに汗に湿った胸板に唇を寄せ、強めに吸いついてみても、残るのは可愛らしい小さな痕がひとつだけ。
 自分の肌にあるような鮮やかな赤などつきはしない。
 唇に残った汗の味を無意識に舌で舐めとると、かごめは首を傾げる犬夜叉を見つめた。

 「んなもん、なんでつけてぇんだよ」

 「だってずるいじゃない」

 自分は痕を見るたびにその夜を思い出し、胸ときめかせたり、身体を熱くするというのに。
 そのたびに犬夜叉を思っては、『あぁ、今日もきっと』などと期待することもあるというのに。
 更には甦る感覚に疼くこともしばしば。
 そうやって翻弄されることが嫌なわけではないが、たまには犬夜叉にも共に過ごした夜を思い出し、唐突に湧き上がる疼きに夜を期待してほしいと思う。
 皆まで言わずともなんとなくずるい≠フ内容は伝わったようで、犬夜叉はくつくつと笑いながらぷっくりとした下唇の縁をなぞった。
 
 「なんだ、そんなことかよ」

 唇を遊ぶ指先にそっと小さな舌が触れる。
 犬夜叉はそれごと攫うように、ひとつ口づけた。
 ちゅ、とわざとらしく立った水音にまた熱が上がる。

 「お前の痕なら残ってるぞ」

 とんとん、と背中を叩くそれをかごめが少し蕩けた目で見つめると、犬夜叉が愉しそうに目を細めた。

 「猫がじゃれついたような痕がな」

 「っ、!」

 時折、顕になる広い背中を思い出す。
 確かにそこには細い引っかき傷がいくつもあった。
 あれは何かと思っていたが、まさかそういうことだったとは――――。

 「もっとつけるか?」

 さも愉しそうな犬夜叉が、乳房についた痕に唇を寄せる。
 ちり、と痛むそれに下腹が滴り始めて、かごめは頷き広い背に爪痕を重ねた。



  夜跡








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