への字に結ばれた口に、いつもよりきつく釣り上がった眉。
 きっちりと閉じられた目蓋はぴくりとも動きやしない。
 そっとため息をついたかごめの視線の先には、犬夜叉が小屋の隅で胡座を掻きながら、誰かの代わりとばかりに愛刀を抱いていた。
 不機嫌の理由は十分すぎるほどに承知している。
 なにせ原因はその誰か――――かごめ自身なのだから。
 とはいえ、かごめがいくら声をかけども、返ってくるのはつれない声ばかり。
 いや、返る声があるならまだいい。
 果てはそっぽを向きながら黙りを決め込むことすらある。
 違う誰かに向けられたイケメン≠フ言葉に、そんなにも拗ねてしまうとは――――。
 日の傾きを目で追いながら、かごめは指折り時間を数えて、またひとつため息した。
 もうあれから、そろそろ二刻といったところか。
 宥めてみても効かないから、そっとしておいてはみたものの、どうにもならないらしい。
 かごめは犬夜叉の目の前に腰を下ろすと、むっすりとした顔を覗き込んだ。

 「犬夜叉」

 「……」

 「いーぬーやーしゃ」

 「……」

 「当分おあずけにしちゃうわよ」

 「……なんだよ」
 
 気まずそうに開いた眼とようやく視線が合う。
 そんな言葉で釣る方も釣る方だが、たった一言に反応するなど少し現金すぎやしないだろうか。
 くすくす微笑めば犬夜叉は更に口をへの字に曲げた。
 けれどもかごめは当然それを気にすることもなく、犬夜叉の腕を軽く揺らす。

 「ね、機嫌直してよ」

 「……別に、機嫌なんて悪くねぇ」

 そうだ、機嫌など悪くない。
 ただ少しほかの男に向かって『いけめん』と言うかごめに、心の底がざわついただけだ。
 ここ最近、上手に隠せていたものが我慢できずに、うわりと出てきてしまった。
 もう見た目には立派な大人の男のはずなのに、抱える気持ちはまだまだ遠い。
 少しのことでも余裕を欠いてしまいそうになるのを、きっとかごめは知らない。
 しかも更にはこのようにして機嫌を取られるとは。
 全くもって情けないと、犬夜叉は深々と心のなかでため息をついた。

 そんなことを犬夜叉が考えているとはつゆ知らず、かごめはうっすらと浮き足立つものを感じていた。
 確かに幼いヤキモチで黙りを決め込む夫には、少しばかり手を焼いた。
 ただ時々こういうふうに、昔のように嫉妬されるというのは、犬夜叉には申し訳ないが嬉しいものだ。
 未だ鋼牙が来れば見慣れたひと騒動がありはするものの、きっともうあれはふたりの挨拶のようなものだ。
 一時は僅かでも下心を持ってかごめの近くに寄る者がいれば、そのすべてに牙を向いていた夫が、いつしかそんな姿も見せなくなった。
 もちろん犬夜叉の嫉妬深さは健在だが、それをおおっぴらにすることはなくなった。
 犬夜叉と想いの果てに結ばれてから、はや十年余り。
 久しぶりに感じた淡く胸を擽るような感覚がこそばゆくて、かごめは思わず頬を緩ませた。

 「ね、犬夜叉」

 するりと犬夜叉の首に細い腕が絡む。
 筒袖から見えた肌はいくら陽の下にいようとも、昔と変わらず白いままだ。
 その白さに昨日の夜を思い出し、犬夜叉は思わず視線を泳がせた。

 「私ね、ちょっと嬉しいの。あんたがそうやってヤキモチ妬いてくれて」

 犬夜叉が大人になったと感じたのは、いつからだったか。
 離れていた時間より何倍もの長い時間を共にして、気付けばいつの間にか互いに知らないことより、知っていることの方が増えていた。
 よく聞く倦怠期など感じたことはないし、むしろ昔以上にふたりの形がぴたりと合うように、互いが馴染んできたとも思う。
 ただあの頃のような新鮮さが薄れてきた気がしていたのも事実だった。
 そんな折、以前のように分かりやすく嫉妬されて、少しばかり心が浮き足立ってしまった。

 「……嫌じゃねえのかよ」

 「なんで?だってそれだけ私のこと好きでいてくれてるんでしょ?」

 「な、すっ、」

 「ちがうの?」

 けろりと放たれた言葉に、犬夜叉は耳の先まで真っ赤に染めると、それごと隠すようにしてかごめの首筋に顔を埋めた。

 「………………ち、がわねぇ」

 微かな声で呟かれた言葉にまた心擽られる。
 そして今度は少し垂れた耳に自らの想いもこっそり打ち明けてみれば、愛刀を放った腕がじゃれるようにかごめを抱きしめた。



  こぼれ花


MAO CMの犬かごに寄せて。






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