ゆるく持ち上がった目蓋に、月夜の柔らかな光が差す。
 少し冷えた空に浮かぶのは、細くささやかながらの月だった。
 けれども今はそれすら眩しくて、犬夜叉は思わず目を細めた。
 柔らかな藁の上に横たえられた身体は熱く重たい。
 気だるさを感じながら隙間風が鳴らした音に、ここがどこかを思い出した。
 道中に妖から受けた手疵は思いの外に深かった。
 当初は保てていた体裁も、一歩、また一歩と重たくなる足取りに比例して次第に崩れていった。
 じくじくと痛む腹の傷に、暮れ行く空。
 鄙びているとはいえ、辺りが夜に染まる前に小屋を見つけられたのは幸いだった。
 無理やりに寝かされたとは体ばかり。
 身体を沈めた藁の柔らかさに、犬夜叉は人知れずほっと息をついた。
 そしてすぐ側に膝をつき自分の名を呼びながら、細い指が汗かく額に、深い手疵に触れていく。
 そんなかごめの眉尻が下がっているのを申し訳なく思いつつも、その姿に心の底から安堵して犬夜叉はようやく目蓋を閉じたのだった。
 そこまで思い出すと、それを待っていたかのように再び腹の傷は痛み始める。
 人より強い身体を持ちながら、たかだかあのような怪我で情けない。
 自らの無様な姿とその痛みに歯噛みしながら、拳を作ろうとした右手が何かを掴んだ。
 その柔らかな何かに視線を向けた犬夜叉は、思わずびたりと動きを止めた。
 振り向いたすぐ真横。
 鼻先から二、三寸ほどの近さ。
 僅かな声でも起こしてしまいそうなほどのところに、かごめはいた。

 「かっ……!」

 長い睫毛が空に浮かぶ三日月のようにそうっと弧を描き、白い目蓋はまろやかに伏せられている。
 薄く開いた唇からは健やかな寝息が聞こえ、犬夜叉の髪を微かに揺らした。
 先ほどまでぼやけていた視界いっぱいにかごめの姿を映すと、犬夜叉は傷の痛みも忘れて思わず出かけた声を飲み込んだ。
 なぜ≠ネどと、もうわかりきったことが浮かぶほどには心乱れていた。

 「ん……」

 拳を作りかけた右手の中で、ぴくりと白魚のように細指が跳ねる。
 それに犬夜叉は慌てて力を緩めると、握り込んでいたそれを見つめた。
 よく見れば彼女の小さな手は、まだ血や土で汚れた自分の手に優しく沿う。
 指のひとつひとつまで、そっと。

 「かごめ……」

 彼女の名前を呼ぶだけで、ほぅと柔らかく息が零れた。
 あんなにも痛んでたはずの傷の痛みが癒えていく。
 自らへの苛立ちさえも棘を丸くする。
 これもかごめの霊力なのだろうか。それとも――――
 不甲斐ない思いが消えたわけではないものの、犬夜叉はほろりと目尻を弛ませた。
 まだうまく力の入らない指先を抱くように細い指が絡んだ。
 守るつもりが守られている。
 それが今はこんなにも心地よい。
 犬夜叉は目蓋を閉じると、しなやかなその手をそっと優しく握った。



  







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