穏やかな昼下がり。
 ふかふかなベッドの上で、いつものようにかごめの背中を見つめていると、ぐぅと腹の虫がひとつ音を鳴らした。
 それは意外にも大きく響いて、犬夜叉は腹を押さえる。
 するとペンが紙を走る音がぴたりと止んで、椅子を軽く軋ませながらかごめが振り返った。

 「ちょっとお腹空いちゃったね」

 目が合うと、くすりと微笑む。
 目尻がやさしく下がるその顔は、どことなく母の姿を思い起こさせた。

 「空いてねぇよ……」

 その眼差しがなんともむず痒くて、思わずすぐにバレてしまいそうな嘘をつく。
 それを隠すようにそっぽを向くと、もうひとつ、犬夜叉の腹の虫が音を鳴らした。

 「お昼早かったもんね。少し休もうか」

 かごめは立ち上がり、背伸びをすると犬夜叉へと手を差し伸べる。
 
 「ほら、何かおいしいの作ってあげるから」

 「……おう」
 
 屈託ない笑顔に、頬がほんのり熱くなる。
 おいしいもの、に釣られたふりをして、犬夜叉は伸ばされた小さな手を取った。

  ***

 ふんわりと漂うあまい匂い。
 フライパンの上を滑るバターは香ばしく、犬夜叉の鼻をくすぐった。
 かごめの歌う鼻歌は、なんの曲かも知らないが、やさしく犬夜叉の耳に触れる。
 組んだ腕に顎を乗せ、かごめの背中を見つめる。
 なんだか今日は、かごめの背中を見てばっかりだ。
 そう思いつつも、癖のある髪が揺れる背中から、犬夜叉は目を離せずにいた。
 おいしそうな匂いが増して、心はそわそわと浮き立つ。
 先日、かごめが作ったものは水浸しになり、結局犬夜叉の腹の中に入ることはなかった。
 それを残念に思ったのは、かごめだけではないのだ。
 犬夜叉は落ち着きなく立ち上がると、かごめの後ろから手元を覗き込んだ。
 今度は粗相のないように。そっと。

 「何作ってんだ?」

 「ん?ホットケーキよ」

 「ほっ……?」

 『ホットケーキ』ともう一度、今度はゆっくりと犬夜叉に聞かせるようにかごめは言う。
 聞いた言葉はいまいちよく分からなかったが、何やら嬉しそうなかごめの様子も相まって、フライパンの上で焼かれるものは至極おいしそうに見えた。

 「ふかふかで、やわらかくて、あまーいの」

 ひょい、と返した生地はこんがりときつね色に染まる。

 「ほら、おいしそうでしょ?」

 向けられた笑顔が、穏やかな陽射しにきらきらと輝く。
 少しだけ長く伸びた睫毛が、桃色の頬に影を落とした。

 「……おう」

 むずむず、やんわり。
 しあわせの匂いが、犬夜叉の胸をゆるく撫でた。



  とろけるしあわせ







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