大きく振るった一太刀が一瞬で妖を蹴散らすと、数拍後には密やかながらも黄色い声が挙がったのだと。
 いやはやそれが羨ましい限りだと、柔和な笑みで、もうとうの昔に白髪が混じり始めた頭を弥勒は振った。


 「────って言ってたわよ」

 萌ゆる草花が風に揺れ、遠くの稜線も春色を帯びる。
 きらきらと光を零す木の根に腰掛け、ふふ、と微笑みながら話してやれば、犬夜叉は不機嫌そうに顔を歪め、小さく舌打ちをした。

 「相変わらずモテるのね」

 かごめが昔より更に厚くなった胸板に背を預けると、息する程に自然な流れで抱き締められる。
 皺だらけの手を包むそれは、あの頃よりも大きく筋張っていて、あの頃と同じように温かい。
 たっぷりとした艶ある銀髪も、澄んだ金の瞳も、綺麗な鼻筋も、長い睫毛もそのままだ。
 けれども見上げた頬の線は丸みをなくし、僅かに髭が生えていた。
 歳を重ね、柔らかく情を湛えた面差しは、彼の父に似ていた。
 それに加えて時折弧を描く唇は、どこか少年みを残しているものだから、これは女たちの胸にひとつふたつ桃色を差しても仕方ない。
 それをどこか誇らしく思う反面で、ふつ、と微かに沸き立つ想いがあることに、かごめは内心苦笑した。
 まさかこんな歳になってまで、ふつとした想いを抱くとは。
 そんなかごめの心の内も知らずに、犬夜叉は薄墨色の髪に擦り寄ると、小さく唇を突き出した。

 「もう昔みてぇに妬かねえのな」

 「あら、そう見える?」

 昔と変わらない彼の頭を撫でながら、かごめは微笑む。
 もう恋と呼ぶには長すぎるほど、想いを傾け合っているのに、感じるものはいつまで経ってもそのままだ。
 背を預けた安らぎも、抱き締められたときめきも、ふつと沸き立つ気持ちも。

 「あんたは時々、昔みたいになるわよね」

 「……」

 「ふふふ、もうおばあちゃんなのに」

 「婆あになっても、かごめはかごめだ」

 いつまでも変わることはないのだと、犬夜叉は言った。
 その言葉はむず痒くも、胸をきゅん、と鳴らしていく。
 かごめは昔と同じように頬を染めると、もう幾度伝えたかもわからない想いを口にした。



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