雪は音もなく降り続け、寒さは簡素な小屋の中にまで意図も簡単に足を伸ばす。
 申し訳程度の囲炉裏の火では、つま先すらも温まらない。
 薄明かりの中、鏡を手に悴む指でかごめは櫛を通した。
 丸く手のひらに収まるほどの鏡も、桜模様のつげ櫛も犬夜叉からの贈り物だ。
 気に入りのそれで大切に大切に梳るたび、黒く艶やかな髪は柔らかく解け流れ行く。
 それを寒さすらも忘れるようにうっとりと見つめながら、綺麗に纏まったのを確認すると、かごめは満足げに微笑んだ。
 と、その時。視界の隅にふと見えた、少し緩んだ袷の奥。
 鎖骨の窪みの少し下。
 鏡に映った色めきに目が留まった。
 小指の爪ほどの小さく歪な薄紅色は、昨日はほんのりとした桃色だった。
 その前はもっと淡くて、元々は清い雪面のような白だった。
 それにかごめは頬を染め息を飲んだ。
 夜毎繰り返される情交は、雪花が降り積もるように跡を残す。
 肌をなぞる手のひらの熱さも、唇を割り入る舌の長さも、喰らうように燃える金の眼も、吐息交じりに呼ばれる名前も。
 全てかごめの内側を、とろりと蕩かす。
 おずおずと細指で跡をなぞると、否応なしに肌は震え、瞳に熱が篭った。
 そうだ。この夜も、きっと────

 「かごめ」

 ふと、犬夜叉の声が響く。

 「布団敷けたぞ」

 何気ない言葉ひとつにも、もうどうしたってその先に色艶を見てしまう。

 「うん……」

 鏡越しに犬夜叉へと視線を送ると、薄闇に染まり行くなか、犬夜叉の眼が静かに光った。
 それにひくりと白い喉が震えて、薄紅色の唇からは熱く吐息が零れる。
 衣擦れや床の軋む音に肌がざわめく。

 「かごめ」

 名前を呼ばれて、またひとつ、蕩かすような熱が重なった。



  深雪







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