「犬夜叉」

 静かに呼ばれた名前に振り向くとちゅ、と唇が触れる音がした。
 一瞬、何が起こったかわからずに瞬きを繰り返していると、床板が軋む音がして、犬夜叉は離れていく唇を丸くした眼で見つめた。

 「な、か、かごっ、なっ、」

 慌てふためく犬夜叉からは意味ある言葉など出てこない。
 真っ赤な顔で狼狽える姿にかごめは頬を染めて、えへへ、と照れ笑った。
 触れたばかりの唇は桃色に艶めいている。

 「ごめんね。なんか犬夜叉のこと、困らせたくなっちゃって……」
 
 一度は離れた身体がそっと近づく。
 胸板に寄せられた指先が熱い。
 目蓋の奥に隠れゆく瞳は夢見るよう蕩けている。
 ふっくらと実る唇から目が離せない。

 「ねぇ、困らせてもいい……?」

 触れる寸前の唇からは、あまく吐息が零れた。
 床板が軋み、埃の立つ匂いがする。
 けれどももうそんなこと、気にも留められない。
 犬夜叉は走る心臓の止めかたも知らないまま、苔色のスカートに包まれた細腰を引き寄せた。



  惑わせたい







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