『噛みつきたい』

 唸るように呼ばれた名前と共にそう言われた時には、もう首筋に歯が立っていた。
 牙を失くした夜でも昂る感情のぶつけ方は同じようで、かごめは触れた咥内の熱さにぶるりと震えた。

 「っぅ、」

 鋭さのない歯が肌に食い込むのが、少し痛い。
 小さく呻けばもの足らなさそうに痛みが離れ、惜しむように舌が這う。

 「……いてぇか?」

 吐息も言葉も、落とし込むような男の声に囁かれ、勝手に身体が奮える。
 かごめが静かに首を振ると、犬夜叉の満足気な声が聞こえて、また堪能するように肌の上に僅かに滲んだ血を舐めとった。

 「ふっ、」

 小さく走る痛みの尾鰭は、もうあまい。
 ぴたりと背に張り付いた胸板が、ふたりの汗で濡れている。
 長い黒髪が、かごめのものと混ざりながら、白い肌の上で筋を成す。
 違ったはずの体温が、身体の線を失くすほどに溶け合う。
 もう、どちらなのかも分からない。
 それがたまらなく気持ちいい。
 まだ、真夜中と朝の境は見えない。



  リビドー







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