ここ数日の曇り空など嘘だったかのような青々とした空は、めでたい空気も合わさって人の心を浮き立たせる。
 綿のような雲が高いところをのんびり泳いでいるのを、縁側の向こうに見ながら犬夜叉は姦しい声に囲まれていた。

 「かごめ、お餅は何個?」

 穏やかな声と共に、品のある美味そうな匂いが漂う。
 それを手伝うかごめはお節のお重や皿を運びながら、台所へ向けて少し大きな声で答えた。

 「んー、ひとつでいいかな。犬夜叉は?」

 「いや、おれは」

 かごめの家族と食卓を囲むことは幾度もあれど、何やらいつも以上に忙しない。
 けれども賑やかでどこか華やかな雰囲気に、犬夜叉はなんとなく居づらさそうに炬燵に納まった。
 餅もなにもいらないと、遠慮がちに犬夜叉は断ろうとはするものの、かごめの声にそれも掻き消される。

 「ママー、犬夜叉ふたつだってー」

 再びパタパタと廊下を駆けていくと、奥からは楽しげな母娘の様子が耳を擽る。
 なんとも温かで、楽しげで、幸せそうな。

 「なんじゃ、ぼうずはふたつだけか? わしが若い頃は……」

 「え、犬のにーちゃん、ふたつなの? じゃあぼくもふたっつ!」

 同じように炬燵で暖を取る祖父と草太も、やはりどこか浮き足立っている。
 そういえば井戸の向こう側でも、重なりゆく年に向けて人々からは忙しなくとも、角のない丸みを帯びた雰囲気が溢れていた。
 井戸を越えたとしても、元日の穏やかで華やぐ心持ちは変わらないようだ。
 草太はもらったお年玉を、きらきらとした目で数えている。
 祖父はポチ袋に添えていた怪しげな札の由来を長々と説いている。
 その後ろではテレビからの笑い声が重なりながら響く。
 犬夜叉がその様子を夢のようにどこかぼんやり眺めていると、目の前に湯気立つ椀が置かれた。
 
 「はい、足らなかったら教えてね」

 「いや、だからおれは」

 ふわりと漂う出汁の匂いに思わず腹の虫も音を鳴らす。
 それに慌てて口をへの字にすれども、もう遅い。
 犬夜叉はくすりと笑ったかごめの手から、箸を受け取らざるおえなかった。

 「……」

 「ほら、食べなさいよ。ママのお雑煮、美味しいんだから」

 もう使い慣れた箸はいつだったか犬夜叉に、と用意されたものだ。
 濃茶の木目がしっとりと手に馴染む。
 少しばかり戸惑いながらも汁を啜れば、臓腑がふんわり温まり自然にほぅと息を吐いた。

 「美味しいでしょ?」

 緩んだ目尻をかごめは隣で見つめながら微笑んだ。

 「……あぁ」

 きっと向こうにいては例えひとりでないとしても、こんな空気は味わえなかった。
 人が多いのも、姦しいのも好きではない。
 けれどもこうして心穏やかに過ごせるのであれば、人の気配も姦しさも許せる気がした。
 犬夜叉が最後に香ばしく焼かれた餅を大きく開けた口へと放り込めば、またかごめが笑った。

 「犬夜叉、今年もよろしくね」

 ずっとずっと、この先も。
 あと何度言えるであろう言葉が、犬夜叉の心を掴んでは柔らかく温める。
 その笑みに凝り固まった奥底が解けていく。
 狭い炬燵の一辺に共に納まる身体は、ぴたりと寄り添う。

 「……おう」

 犬夜叉は跳ねた胸を、薄く残った汁を啜って誤魔化した。
 蒼天に紅梅がひとつ、ふたつと花開く。
 神木が青々とした葉から光を零す。
 境内からはがらん、と大鈴が鳴る音がした。



  初空







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