雀の囀りが耳を掠め、開ききらない目を擦る。

 「ん……」

 肌を寄せ合うには暑い季節が遠のき始めてしばらく。
 ようやく、触れ合う肌が心地いい季節になってきた。
 そんな朝の空気に剥き出しの肌が震えたものだから、少し肌蹴た布団を引き上げて、かごめは目の前の胸板に身を寄せた。
 馴染んだ温かさに息を吐き、窓の隙間から見た空はまだ藍と曙色の間にいた。
 朝と呼ぶにはまだ早い。
 もうあと幾許か眠りに就ける、そんな頃合いだった。
 うとうとと目蓋を伏せながら小さく欠伸を零すと、ふと回された腕に力が篭もる。
 起こしてしまっただろうか────まだ眠たい目を緩慢に犬夜叉へと向けた。
 些細な音や気配にも敏感な犬夜叉が、夜毎こうして布団で横になるようになったのは、かごめと暮らし始めて少しした頃だった。

 『犬夜叉は寝ないの?』

 旅を終えて三年、あの頃のような強大な敵は、もういない。
 それなのに犬夜叉はいつまで経っても以前と変わらず、夜になればかごめを守るようにすぐ傍で胡座を掻き眼を閉じていた。
 かごめがそんな彼にそう声をかけたのは一度や二度ではない。
 その度に『おれは、これで充分だ』と、なにやら難しい顔で返されていた。
 思えばあれは、自制であり、かごめを大切にしようとしてのことなのだろう。
 もちろんかごめもそのことにうっすらと気付いてはいた。
 大切にされている────犬夜叉なりに。不器用に。
 だから犬夜叉は知らなかったのだ。
 かごめが撫でる布団の冷たさや、胸底に蟠る気持ちを。
 おやすみが静かに聞こえたその後に、愛刀を抱えた姿を見つめるその理由を、きっと。

 そんな時間を超えて、同じ布団で身を寄せて、すぐ傍でおやすみと言い合って、いつしかこうして犬夜叉の穏やかな寝息を聞くようになった。
 当初の肌の強張りも、微かな声の震えも、所在なさげな腕も、今となっては懐かしい。
 もう今は馴染んだ肌も、静かな寝息も、身体に添う腕も、ないとどうにも落ち着かない。
 あの頃ぼんやりと思い描いていた願いが、こうして当たり前になっていることが嬉しくて幸せでたまらない。

 見上げた瞼はまだ閉じたままだ。
 垂れた眉に意外と長い睫毛。
 いつも真一文字の唇はぽかりと開いて寝息を零す。
 邪気の欠片もない、子どものような寝顔。
 可愛い、などと言ったら怒るだろうか。

 「ふふ、」

 微笑むと抱き締める腕がまた力を込めた。

 「かわい」

 かごめはまだ回らない舌で呟くと、湿った鼻先にちょんと触れた。
 その声を拾うようはたと耳が揺れ、次いで唇が結ばれる。
 かごめはそれに気付かないふりをして、ぎゅうぎゅうと抱きしめる腕の中で、もう少しだけ、と目を閉じた。



  明仄







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