いつもより丁寧に梳った髪。
 極々薄く白粉を叩いた肌は、ふんわりと柔らかさを増す。
 履いた足袋は先日の土産で、結った髪紐は昨年の今日、犬夜叉が買ってくれたものだった。
 かごめは手鏡を傾けて角度を変えながら、映る姿を念入りに確認する。
 髪はつやつや、肌はふっくら滑らか。
 心做しか睫毛もいつもより上を向いている気がした。
 「よしっ」
 最後に真正面から見つめて、にこりと笑顔を作る。
 満足気な鏡の中の自分は、いつになく心躍る表情をしていた。
 それというのも仕方ない。今日はかごめの生まれた日なのだから────

 昔と呼ぶにはまだ早い、旅をしていたときだった。
 犬夜叉が誕生日というものを知ったのは。
 なんの話の流れだったか、かごめの国では毎年生まれた日を祝うのだと、そう聞いた。
 生まれた日など気にしたこともなかったが、大切な人のものともなれば話は別だ。
 三年の月日を経て、ようやく逢えたかごめに、 できる限りのことをしてやりたいと思った。
 向こうと全く同じとはいかないが、せめて習わしくらいは近しいものを。
 そのひとつが生まれた日を祝う、それだった。
 初めて祝う日のために、悩みながら犬夜叉は貝紅をかごめに贈った。
 桃色を交えた柔らかな朱色を見たとき、これにしようと思う前に手に取っていた。
 店主に勧められるがままに購入し、大切に大切に懐に仕舞い持ち帰ったのだ。
 まぁ、渡し方に難儀して、かごめの手へと渡ったのは誕生日から数日過ぎたあとではあったが。
 それでもかごめはいたく喜んで、満面の笑みを犬夜叉に見せた。
 もうそれだけでいろいろと、幾日も悩んだことなど忘れてしまえた。
 それからだ。犬夜叉と町へと出かけるときにだけ、かごめが紅を施すようになったのは。
 そしていつからだったか、それをするのは犬夜叉の役目となっていた。
 最初は上手く紅をつけられないと、はみ出てしまったり濃くなってしまったりするのだと、かごめが難しい表情をして話したことから始まった。
 ならばと犬夜叉が施すと、それはするすると馴染んで程よい色味に落ち着いた。
 かごめは感心したようにいろんな角度から鏡で眺め、『これからは犬夜叉にお願いするわね』と、華やいだ笑顔を見せた。
 それに犬夜叉も満更でもない様子で頷いたのだった。

 「犬夜叉、お待たせ」

 「随分かかったな」

 「だって犬夜叉とデートだなんて久しぶりなんだもの」

 はにかむかごめの頬がほんのりと桜色を濃くした。
 それを犬夜叉は眩そうに見つめては、丁寧に纏められた髪を撫で、結われた髪紐を指に絡めた。

 「そうだったな」

 「そうよ」

 絡めた髪紐が首筋を擽ると、かごめは笑いながら肩をすくませる。
 そして『もう、』と犬夜叉の手を取ると、そこに貝紅を渡した。

 「だから、はい」

 「おう」

 随分と中身の減った紅を小指が掬う。
 表に描かれた花の絵は、もうほのかに掠れていた。
 小さな顎を取り、少しだけ上を向かせると紅などなくても色づく唇を優しくなぞる。
 いつ触れても柔らかな唇を傷つけないように、そっと。
 犬夜叉の指が触れたところから、艶めく色を残していく。
 微かに伏せられた目蓋が、そこを彩る睫毛が、なだらかな頬に影を落とす。
 無防備な、けれども触れられないような色気を纏った姿は、犬夜叉以外誰も知らない。
 この唇の柔さも、あまさも。
 それは犬夜叉をひどく昂らせる。
 溢れてしまいそうな感情に今はまだ、と蓋をして、目の前の唇に気を向けた。
 そうして端々まできっちりと彩り終えると、指が離れたのを合図に伏せていた睫毛が上を向く。

 「ありがと」

 「おう」

 「ねぇ、どう?」

 楽しげな笑みはいつになく輝く。
 犬夜叉は頬を撫で、塗ったばかりの紅が落ちぬように唇の輪郭に触れた。

 「あぁ、」

 ────綺麗だ。
 言いかけた言葉は、唇の間に溶けて消えた。



  glitter





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