そよぐ風に紛れて、すぅすぅと静かな息遣いが聞こえてくる。
 いつもであれば犬夜叉の肩をしかと掴む両手も、今はそれすらできないようだった。
 しかしそれでも背中の衣をきゅっと握る仕草に、犬夜叉は胸に抱えた重しを少しだけ溶かした。
 夢の中でも頼られている────そんな気がした。
 「眠られましたか」
 「あぁ」
 あれだけの負担を、この小さな身体に強いたのだ。
 普通であれば、きっと命を失ってもおかしくはない。
 かごめの類稀なる霊力がその身を助けたのだ。
 くたりとした柔らかな体温は、いつもより少しだけ温かい。
 温められる背中に、犬夜叉はほっと息をつく。
 楓の庵はもうすぐそこだ。
 あと少し。穏やかな寝息を消さぬように、犬夜叉はいつもよりゆっくりと歩を進めた。

 * * *

 「ん……」
 敷かれた布団にそっと身体を横たえる。
 僅かに寝息は乱れたものの、再びすやすやと眠りに就いた姿に犬夜叉は胸を撫で下ろした。
 楓は蔵へと薬草を取りに行き、弥勒たちは気遣ってか帰るや否や早々に、『少ししたら戻ります』とだけ言い残しどこかへ行ってしまった。
 空は暮れ始め、人のいない家内の空気はしんと冷えていた。
 首元までしっかりと布団を掛けてやり、柔らかく髪を整えてやる。
 その一連の動作は見れば誰もが驚くほどの愛しさに溢れていた。

 “好きで一緒にいるんだから……”

 その言葉にやわやわと、奥底から包み込まれた気がした。
 こんな危険だらけのところで、この華奢な身体は何ものにも変えられない責務を背負い、気丈な姿を見せている。
 向こうにいれば傷つかなくても済むはずが、こんなことに巻き込まれたばかりに、その命さえ危ぶまれる。
 かごめのことを考えれば、向こうへ帰したほうがいいのだと、何度思ったことか。
 けれども当のかごめはそれをよしとはしないのだ。
 それに何より犬夜叉自身が、かごめのいない時間を過ごすなど、もう耐えられそうになかった。
 ひどい我儘だと思う。
 けれども、もう、どうしようもなかった。
 「かごめ……」
 小さな手を両手で包み、甲を撫でる。
 指先にできた傷はまだ新しく、生々しい色をしていた。
 幾度も弓を引き、傷つく者の手当をし、時にはそっと抱きしめる。
 その手はあまりにも華奢だ。
 呼ばれた名前に応えるように、指先が軽く犬夜叉の手を掴んだ。
 「いぬ、やしゃ……」
 見遣った先の目蓋はまだ静かに伏せている。
 夢の中でも求められている────それがたまらなく嬉しくて、苦しい。
 「かごめ……っ、」
 離してやれない。きっと、ずっと。
 犬夜叉はその身から溢れる想いをぐっと飲み込んだ。
 穏やかな寝息はまだ途切れることはない。
 癒すように、傷ついた指先にそっと口づけた。



  贖罪







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