籠いっぱいの洗濯物を抱え、そろりそろりと川辺を歩く。 嫁いだ当初は慣れない草履に不揃いの石たち、濡れた地面に足を取られて、膝小僧に傷を作ることもしばしば。 それに犬夜叉は苦い表情をしながらも甲斐甲斐しく手当てをした。 そして平気と言い張るかごめの言葉も聞かずに、共に洗い場へと来ることさえあった。 大方はかごめの言う通り傷を作ることなどなかったが、時折足を滑らせては慌てた犬夜叉に抱えられ、果ては背負われながら地に足をつけることさえさせてもらえなかった、などということもあった。 さすがにあの時のようなことはもうない。 ただ今日のように積み重なった洗濯物に足元を遮られては、いくらか慎重にならざるを得なかった。 「おはよう、珊瑚ちゃん」 「あぁ、かごめちゃん。おはよう」 ようやく着いた洗い場に、よいしょと洗濯物を降ろす。 坊やをおぶった珊瑚は、もうすでに川のなかへと洗濯物を浸していた。 「わぁ、すごい量だね」 「この子らがいるからね。仕方ないさ」 昨日まで降ったり止んだりと、すっきりしない天気せいで、いつもより多くの洗濯物を抱えていたのは皆同じだった。 とはいえ、かごめは犬夜叉のものと二人分。 周りの家々と比べたら少ない方だ。 それでもかごめにとってはまだ、この時代での洗濯はなかなか体力も時間もいることだった。 自分もさっさと終えてしまおう。 この後は薬草摘みに行って、楓から新しい薬の調合を教えてもらうのだ。 犬夜叉も日暮れ前には帰ると言っていた。 結んだ襷にやる気を込めると、かごめは山盛りになった洗濯物へと手を伸ばした。 「かごめ様、おはようございます」 残りもあと少し。 山盛りだった洗濯物も、底が見えるくらいまで減ったころ。 ふとかけられた声の方を見遣れば、自分たちと同じように籠を抱えた女がひとり。 「とよさん、おはようございます」 とよと呼ばれた女はにこにこしながら、かごめの横に籠を下ろした。 そして同じように汚れた衣を洗い始めると、そういえばとかごめに視線を向けた。 「かごめ様、朝から仲がよろしいんですね」 「へ?」 「ほら、今朝の……」 そう言われてかごめは、今朝のことに頭を巡らせた。 (えぇと、犬夜叉に起こしてもらって、ご飯を食べて、お弁当を渡してから……) そこまで思い出してはっと目を見開く。 「え、え、あの、まさか……」 「えぇ」 「あの、あれ、見てたんですかっ?」 あわあわと落ち着かない唇がようやく言葉を成す。 茹で蛸と言っても差し支えないほどに赤く染まったかごめに、とよは小さく笑いながら『たまたま』と返した。 「〜〜〜っ!!」 恥ずかしさに顔を覆う。 川で冷えた手が熱い顔にはちょうどいい。 とはいえ、そんなものでこの熱が冷めるはずもなかった。 まさかあんなところを見られていたとは。 かごめは言霊を唱えなかったことを今更ながらに後悔した。 (帰ったら言ってきかせなきゃ!!) かごめの中で犬夜叉に対しての怒りの芽が顔を出す。 そんな心の内を知ってか知らずか、とよは話を続けた。 「大切にされてますよね、かごめ様」 「え?」 「犬夜叉に」 大切にされているという自覚はある。十二分に。 もちろん大切にしているという自覚も。 でもそれは自分たちの中のことだけではなかったのかと、傍から見てもそう見えるのかと、かごめは瞬いた。 「犬夜叉があんなふうになるなんて、少しも思いもしませんでした」 ぶっきらぼうで粗野で、もっと昔は乱暴者。 犬夜叉の森には近付いてはいけないよ。 荒くれ者の半妖が封印されているのだから。 そうとまで言われていた犬夜叉への印象を覆したのは、紛れもなくかごめだと、とよは言った。 「え……そう、ですか?」 「そうですよぉ。かごめ様、愛されてますね」 にこりととよが微笑むと、豊かな頬がふっくらと膨らんだ。 胸の奥がむず痒い。 かごめは礼を言いながら俯くと、恥じらいを誤魔化すようにして、犬夜叉の白衣を洗い始めた。 驚いて、怒って、恥じらって、綻んで。 友人の表情の変化を見ながら、珊瑚はバレないようにくすりと笑う。 (相変わらずだなぁ) 彼女たちの仲の良さが目に余るときは多々あれど、それでもこうしてふたり仲良く幸せに過ごしてくれていることが本当に嬉しい。 あの頃から今までのふたりを近くで見ていたからこそ、尚。 ただやはり、自重してほしいときは多いのだけども。 今しがたのことも、恐らくは後ほどかごめから聞かされるだろう。 “珊瑚ちゃん、ねぇ聞いて。犬夜叉がね” そうやって始まる惚気を幾度となく聞いてきた。 恥ずかしそうに、幸せそうに話すかごめの姿を思い起こして、今は触れずにおこうと、珊瑚は友人の染まった頬を見て見ぬ振りをした。 しあわせ綻ぶ朝8時 |