「かごめ、かごめ」

 犬夜叉が軽く肩を揺すると、静かな水面にゆるゆると波紋が描かれるようにして、かごめは目を覚ました。

 「ぅ、ん……」

 目を覚ましたとはいえ、上げようとした目蓋はまだまだ重たい。
 布団のぬくぬくとした温かさもあり、今すぐにでも夢の中へと戻れそうだ。
 かごめはひとつ短く声を漏らすと、わずかに見えていた頭を布団の中へと隠した。

 「おい、かごめ。いい加減起きろ。もう朝だぞ」

 「んーー、あとちょっと……」

 「おめぇ、さっきもそんなこと言ってたじゃねぇか」

 はて、そんなことを口にしたかと、かごめは回らない頭の隅で考えるが答えなど出るはずもない。
 犬夜叉もゆらゆらとかごめの肩を揺らしながらも、隠れた布団までは剥ぎ取らないのだから、なんだかんだ甘いのだ。
 まぁ、かごめも半分無意識に、もう半分はなんとなくわかっていて、よくこうして布団の中に隠れるのだが。
 そして犬夜叉もかごめがそうして甘えているということをわかっていた。
 本当であれば可愛い妻の甘えるとおり、このまま眠らせておいてやりたいし、自分もいつまでもその寝顔を見てはいたいが、そうもいかない。
 自分は妖怪退治が、かごめは巫女の仕事が、そしてその他もろもろと、やらねばならぬことは余るほどにあるのだ。
 いやはや、しかしながら今朝のかごめは手強い。
 犬夜叉は揺する手を諦めて、ひとつため息を零した。
 そしてこんもりとした山をじとりと見つめると、おもむろに布団ごと思い切り抱き締めた。

 「っ!」

 そのまま膝の上に抱えれば、布団にくるまったままのかごめは薄暗い中で目を白黒させる。

 「きゃっ、犬夜叉っ!?」

 「おら!起きたか!」

 ぎゅぅっと抱き締められた腕の中で、楽しげな犬夜叉の声を聞く。
 埋もれた布団の中からかごめがようやく顔を出すと、目の前にはやはり楽しげな表情の犬夜叉がいた。

 「もうっ、びっくりしたじゃないっ」

 「おめぇが起きねぇのが悪ぃんだろ」

 「そうだけど……」

 正論すぎて言い返す言葉も見当たらない。
 ぷぅと軽く膨れた頬に唇が触れると、それもすぐさま萎んでいく。
 残った軽く突き出した唇で小さなわがままを言ってみる。

 「もう少し優しく起こしてほしかったわ」

 「あ?起こしてんだろ」

 「もっと優しく、よ」

 かごめが布団から抜け出して、厚い胸板に頬を寄せると、犬夜叉はくつくつと笑いながら目の前の小さな頭を優しく撫でた。
 軽くついた寝癖を見つけては、それを直すように梳いてやると、かごめはうっとりと目を閉じる。

 「また明日、だな」

 心地よさそうなのは結構なのだが、このまま再び眠られてもそれは困る。
 犬夜叉は起きろとでも言うように、軽く背を叩いた。
 それにかごめも腕の中で小さく伸びをして、『よし、起きたっ』と、目を開く。
 緩んだ腕から抜け出して、いそいそと布団を畳んでいると名前を呼ばれた。

 「かごめ」

 振り返れば、先ほどまでの楽しそうな表情から一転。
 少しだけ不機嫌そうな――――いや、拗ねたような犬夜叉と目が合った。
 わざとらしさすら感じるそれに、どうしたのかと小首を傾げようとしたそのとき、理由に気付きかごめは口元を緩めた。
 (あぁ、もう、仕方ないなぁ)
 犬夜叉に近付き、首に両腕を回す。
 たっぷりとした銀髪がさらさらと手の上を流れるのが気持ちいい。
 そして軽く口づけて一言。

 「おはよう、犬夜叉」

 見つめ合った瞳は、どちらもきらきらと輝く。

 「あぁ。おはよう、かごめ」

 嬉しそうな唇の端に、かごめはもうひとつ唇を落とした。



  目蓋をこする朝の5時







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