気だるさを残す空気のなか、のろのろとかごめは起き上がると、ベッドの下を覗き込んだ。
 うっすらと日に焼けた畳の上では、焦って重ねた身体を思い出させるように、かごめと犬夜叉の衣服が重なり、交じり合っていた。
 いまだ見慣れぬ光景にかごめは頬を熱くする。
 けれども、それと同時にまだ醒めようのない熱に、子宮が疼くのを感じた。
 かごめは慌てて再び芽生え始めたものに蓋をすると、散らかる衣服に手を伸ばした。

 「もう起きんのか?」

 一連の動きを眺めていた犬夜叉は、つい今ほどしていた欠伸も忘れて、けろっとしながら声をかけた。
 壁を背に、肘をつきながら寝転がる表情は、やけにすっきりとしている。
 まるで自分とは正反対のその様子に、かごめは軽く唇を突き出すと、呆れた視線を投げかけた。

 「もう、じゃないわよ。そろそろママたちも帰ってくるもの」

 半端に引かれたレースのカーテンの隙間から射し込む光は、ふたりがベッドを軋ませ始めたときよりも、ほんのりと色を濃くしていた。
 まだ日暮れには遠い。
 けれどもそれなりの時間は過ぎたはずだ。
 祖父の病院へ付き添うと、母が出掛けて行ったのは、ちょうど某料理番組が軽快な音を奏でる少し前だった。
 『あ、おいしそう』と思ったハンバーグの作り方は、結局観ることは叶わなかった。

 かごめはシーツに身を隠したまま、探し当てた下着を手に取った。
 丸まったショーツに脚を通す寸前で、勢いよく振り返り、犬夜叉を睨み見る。

 「女の子の着替えをじろじろ見ないの!」

 柳眉がきっ、と持ち上がる。
 先ほどまで散々、彼女の身体が自分の影で覆われるほどに明るいなかで、すべてを晒していたというのに、今更何を言うのか。
 犬夜叉は毎回のようにそう言われては、同じ疑問を頭に浮かべていた。
 けれどもここは、ただ頷くのが吉なのだ。
 例え自分が真っ当な意見を言ったとしても、なんの得にもならない。
 そう、今までの経験が犬夜叉に教えていた。

 「わーってるよ」

 犬夜叉は投げやりに頷くと、大人しく布団に突っ伏し視線を反らす。
 かごめも枕を抱え込んだ犬夜叉を見て、ほっと息をつくと、隠すように握りしめていたショーツを広げ見た。
 (よし、どこも破れてないわね)
 手にしていたのは、つい最近買った下着。
 それは赤みを残した、滲むように柔らかなピンクの布地で、カップの縁には白い花のレース咲いた、可愛らしいものだった。
 ショーツも腰のあたりに、同じような花があしらわれている。
 可愛いけれども、少しだけ背伸びしたようなデザインが、かごめはお気に入りだった。

 犬夜叉と肌を重ね始めてしばらく。
 最初に破られたのは白地に淡いグリーンのフリルと、その縁を彩る紺色のリボンが清楚なものだった。
 あの幾多の妖怪の肉をも引き裂く爪は、大切な部分を隠す薄布に僅かな抵抗をさせることもなかった。
 お気に入りの下着の最期の声を聞いて、かごめがあ、と思った次の瞬間には、熱の渦に飲まれて、もうそれどころではなかった。
 目が覚めて、成れの果てを見つけると、そこでようやく、とつとつと犬夜叉に下着の大切さを言って聞かせたのだった。
 それから、あれほど大きく破られることはなかったが、ちょっとした穴が空いたり、引っ掻かれたり。
 そんな傷がないわけではなかった。
 最近ではそういったことも少なくなってはきたものの、事後のチェックは欠かせない。
 下着が傷つくたびに、新しいものを買わなければならないし、何よりそのためのお小遣いを、母や祖父にもらうのはひどく後ろめたかった。
 それに万が一にも傷んだ下着を身につけて、それを友人に見つけられようものなら、きっと自分は顔を赤くしてしまう。
 目敏い友人たちはそれを漏れなく見つけるだろうし、その後自分が何を聞かれるかなど、考えずとも答えは出た。
 囲まれて矢継ぎ早に質問が飛び交う。
 恐らくは笑ってみたところで誤魔化せないだろう。
 かごめはかけられる言葉まで想像し、ぴたりと動きを止めた。
 傷まなくなった下着は、当然犬夜叉が気をつけてくれているからだ。
 だけれども、きっとそれだけではない。
 行為に慣れたという、それほど交わしたものがあるということだ。
( やだやだっ、何考えてんの!)
 かごめは丁寧に下着が扱われるようになった理由に、熱くなった頬を誤魔化すように頭を振った。
 まだまだそうした雰囲気のなか、犬夜叉と見つめ合えば、心臓が破裂するかと思うほどの恥ずかしさが襲う。
 それなのに犬夜叉はもう慣れたように自分を導く。
 かごめは枕に顔を埋める犬夜叉をちらりと見ると、隠れてため息を零した。
 そして握りしめていたショーツに脚を通すと、緋衣の下から見えるブラジャーに手を伸ばした。

 慌てるように頭を振ったかごめの髪が、柔らかく背中を這う。
 さらりと落ちたひと束が、形よく浮き出た肩甲骨を静かに隠した。
 丸く形のいい尻が薄布に隠れていき、白く滑らかな背中に、先ほどまで自分のことを抱え込んでいた細腕が回るのを、犬夜叉は枕に顔を預けながら盗み見ていた。
 まっすぐな指が器用にホックを留める。
 よくぞまぁ見ることもなく、あぁもできるものだと、見るたびに感心してしまう。
 自分はあれを探り当て、外すだけでも精一杯だというのに。
 そもそもなぜ、あの胸当はあんなにも難解な形をしているのか。
 何の為にあるのか。
 肌を守るには弱すぎるし、柔い肌に触れるには邪魔でしかない。
 引きちぎることも、破ることも許されない面倒な代物――――そう、以前であれば思っていた。
 けれどもそれの考えは、かごめの熱を覚え始めた頃には、犬夜叉のなかから消えていた。
 幾度も目にする内に、繊細な織り目の布地の奥に、かごめのあまい肌が隠れているということに、なんとも言えない興奮を覚え始めた。
 まるで、この世にふたつとない貴重な宝の箱や包みを解くような。
 胸詰まるほどの期待に、舌舐めずりしたくなるような。
 そんな感覚だった。

 隠れて見つめていたかごめが、ベッドの下に散らかる衣服を集める。
 身を屈めた右腰の少し上、そこに先ほどつけた痕を犬夜叉は見つけた。
 それを細めた眼で眺める。

 「かごめ」

 「んー?」

 かごめが振り向くと、犬夜叉も身を起こした。
 そして片脚だけを下ろし、かごめを囲うようにベッドの縁に腰掛ける。
 ふっくらとした滑らかな双丘を、柔らかな布地が包む。
 それは僅か数十分前の、かごめの肌の色によく似ていた。
 緩やかで豊かな曲線に沿って咲く花は、奥の肌が透けるほどに繊細だ。
 犬夜叉はその花の縁を、肌を、掠めるようになぞった。

 「……なに?」

 「んー」

 「……しないわよ」

 ゆっくりゆっくりと、さらりとした布地の感触も、まだほのかに色の残った肌の熱も、味わうように指を滑らせる。
 しない、とは言いつつも、犬夜叉が気のない返事をしたところで、かごめがその指を阻むこともない。
 そうしてちょうど真ん中の、双丘の間につけた赤い痕にたどり着く。
 きっとこの奥には、大切な大切な、彼女の心臓がある。
 犬夜叉はそこをそっと撫でて、やんわりと爪で掠めた。

 「っ、犬夜叉」

 犬夜叉の手首をかごめが掴む。
 それを犬夜叉はもう片方の手で絡めとって、前髪が軽く遮る視界でかごめを見つめた。

 「かごめ」

 耳許で囁かれたような名前が熱い。
 だめ、のたった二文字が喉でつかえる。
 熱と想いが渦を巻く。
 かごめは肌を滑る熱い吐息を感じながら、少し遠くでベッドの軋む音を聞いた。



  



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