空も凍えるような寒さが、肌をちくちくと刺す。
ガラリと開けた玄関からは少し冷たい、けれども外よりも温かな空気がふわりと流れた。

 「さむーいっ」

 かごめは小さな身体を縮めながら、冷えた廊下を小走りに過ぎると、温かなこたつの中にすっぽりと身を埋める。

 「ほら、犬夜叉も来なさいよ」

 当然のように自分の右隣を叩くかごめに、犬夜叉は一瞬だけたじろぎを見せて、それでも大人しく誘われたそこに身を納めた。
 半妖の身であるが故、雪が降り積もる中でも寒いなどとは思わないが、温かさを感じれば自然と力も緩む。
 剥き出しの足先から、じんわりと伝わる温もりが心地いい。
 隣からは少し冷えた体温に乗せて、かごめの匂いがやんわりと香る。
 犬夜叉はかごめと同じように、肩までこたつに埋まると、静かにその匂いを胸に詰め込んだ。
 ぽつぽつと話しながらつけたテレビは、どれも似たような番組ばかりで、かごめはそれのひとつにチャンネルを合わせる。
 小さな箱の中で人が動くのを、初めは驚き見ていた犬夜叉も、今ではかごめと同様にぼんやりとそれを見ていた。

 「あんまり面白いのやってないわね」

 「おー」

 犬夜叉はひとつ欠伸をすると、騒がしく笑い合う声を聞きながら、かごめの後ろ姿を見つめた。
 ここはかごめの実家で、心地よい温もりがあって、何より隣にはかごめがいる。
 かごめに話しかけられた言葉にすらも、適当な返事を返すほどに気が緩む。
 こんな場所が自分にもあるとは。
 穏やかさとは無縁だった犬夜叉にも、ぴったりと添うようにこの場所は優しい。
 時折感じるむず痒さも嫌ではない。
 (あったけぇ……)
 犬夜叉はこたつ布団に鼻先を埋めると、ほぅと息を吐いた。


 「あ、犬夜叉、みかん食べる?」

 まったりとした空気に身を包まれていると、ふとかごめが振り返った。

 「ん、あぁ」

 「じゃあ剥いてあげるね」

 目の前に積まれたみかんの中から、かごめは色艶のいいひとつを手に取る。

 「バカにすんな、んなこと自分でできる」

 「いいじゃない。その爪じゃ剥きづらいでしょ?」

 眉尻を上げた犬夜叉に、かごめはいつもの調子でそう返すと、言うが早いかみかんの皮を剥き始めた。
 細い指がみかんの皮を裂く度に、爽やかな香りが辺りに広がる。
 かごめは白い筋まで丁寧に取ると、そのひとつ犬夜叉へと向けた。
 そして――――

 「はい、あーん」

 小さな口を軽く開けながら、にこにこと微笑む。
 子ども相手であればまだしも、大の男相手にそれをするとは。

 「なっ!」

 犬夜叉は顔を真っ赤にしながら、口を戦慄かせた。
 しかしかごめはそれを気にするでもなく、みかんを更に近づけ笑顔を見せる。
 薄皮の奥の果肉は爽やかに香る。
 それを摘む指先は、ほんのりと桜色に染まっていた。
 その温かみの中に甘さを感じて、犬夜叉は激しく動く心臓を、唾を飲むことで抑え込んだ。

 「犬夜叉、はい。あーん」

 戸惑い、一向に口を開けないでいる犬夜叉に、ダメ押しとばかりに口を開けと言う。
 犬夜叉はたっぷりと逡巡した後に、渋々と口を開いた。
 すると少しだけぬるくなったみかんと、温かなかごめの指先が口の中に入ってくる。
 舌先に触れた、かごめの指先の感触に慌てた犬夜叉は、思わず含んだみかんをひと噛みしただけで飲み込んだ。

 「おいしい?」

 美味しいかどうかなど、大してわかるはずもない。
 弾けた皮の中から溢れた果汁は、甘い気はしたが、それ以上にかごめの指先が甘かった。
 どう返せばいいかもわからず、とりあえず無言で頷く犬夜叉に、かごめは満足気な笑みを見せた。
 そして、同じようにみかんをひとつ、口へと放る。
 その指先が柔らかそうな唇の形をほんのりと変えるのを、犬夜叉は逸らすこともできずに見つめた。

 「あ、これ当たりね。あまーい」

 犬夜叉の戸惑いや焦りなどどこ吹く風といったふうに、かごめは幸せそうに頬を緩める。
 そしてもうひとつ摘むと、再び犬夜叉へと差し出した。

 「はい、あーん」

 「っ、」

 いつもであれば安心する大好きなかごめの笑顔が、今の犬夜叉にとってはその身を脅かす強大な敵にすら見える。
 後ずさることもできずに固まる犬夜叉は、まるで前後左右すべてを、見えない壁に塞がれているようだ。
 甘く香るみかんと指先から視線を逸らして、固く結んだ唇を開いた。
 真っ赤になった犬夜叉を笑うように、テレビからは姦しい笑い声が聞こえていた。



  戸惑いに溺れる


ゆきまるさんのこちらの可愛らしい絵に寄せて書かせていただきました。
ゆきまるさん、ありがとうございました!



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