穏やかな昼下がり。
 昼餉を終えて膨れた腹を軽く摩ると、犬夜叉はごろりと身体を横たえた。
 囲炉裏を挟んだ向こう側には、洗い物を終えて今朝摘んできた薬草を選り分けるかごめの姿。
 ひとつひとつ手に取っては、丁寧に汚れを取り笊に分けていく。
 口元に笑みを携えながらも、真剣な目で薬草を見つめては、時折難しげに眉を寄せる。
 ころころと変わるかごめの表情をひとしきり眺めると、犬夜叉はくありと欠伸を零した。
 (…………暇だ)
 村での手伝いも妖怪退治の依頼も、なんの予定もない穏やかな日。
 かごめも休みであれば、町かどこかへ行こうかとも思ったが、草花が豊かに茂り始めるこの季節。
 かごめは毎日のように地念児の畑を手伝ったり、村の奥に自生する薬草を採りに行っていた。
 それに加えて、怪我人病人がいればそちらへ赴き、誰かが産気づいたと言われれば楓と共に方々へ走っていた。
 そして夜は夜で、明日も早いと寝てしまう。
 何事にも一生懸命に取り組むかごめが、楽しげにしている仕事なのだから、もちろん悪いなどとは言わない。
 ただ、ここ最近はふたりきりでのんびりと過ごせる時間が、今までよりも減った気がする。
 犬夜叉は季節が変わってからのことを思い出し、口をへの字に曲げた。
 黙々と手を動かすかごめは、犬夜叉のほうをちらりとも見ない。
 それがまた気に食わないのだ。

 「かごめー」

 「はーい」

 特に用事があるわけでもない。
 なんとなしに名前を呼ぶと、いつも通りの返事が聞こえた。
 けれども視線は逸れることがない。
 それに今度は眉根を顰めると、もう一度名前を呼んだ。

 「かーごめー」

 「なぁに?」

 格子窓から射し込む陽射しも、時折吹き込む風も緩やかに時間が流れていることを伝える。
 会話を続けるだけの言葉を持たない犬夜叉は、かごめの返事を聞いては口を噤んだ。

 ぼんやりとすることもすぐに飽きて、かごめの瞬きの回数でも数えようかと思い始めた頃。

 「かーごーめー」

 「もうちょっと」

 ダメ押しに呼んだ名前に、かごめは視線も手の動きも乱すことなく、くすくすと笑った。
 この単調なやり取りの意図は、とっくのとうにバレているようだった。
 笊を見遣れば、残りはあと少し。
 もうちょっと、の言葉に嘘はないようだ。
 細い指先が最後のひとつを掴むのを、犬夜叉はそわそわしながら見つめた。


 「よしっ、終わった!」

 選り分けた薬草を外に干すと、かごめは犬夜叉の前に腰を下ろした。

 「お待たせ」

 「……おう」

 子ども扱いされているようなそれが、どうにも気恥しくて、犬夜叉はかごめに背を向けると、そのまま柔らかな身体に頭を預けた。
 ふわふわしていて、温かくて、いい匂いがする。
 目を閉じればその夢心地な感覚はいっそう際立った。
 欠伸で出た涙を拭うほどに、待ちくたびれた甲斐があるというものだ。
 かごめも素直に甘えてくる夫の頭を愛しいげに撫でる。
 さらさらとした髪を梳いては、時折指に巻きつけて、きらきらとした光を楽しんでいた。
 そんな優しい時間を過ごしていたそのとき。
 ふと胸を掠める感覚に、はたとかごめの手が止まる。
 ちらりとその方を見遣っても、なんらおかしなことはない。
 気のせいかと思ったのも束の間。
 今度ははっきりと胸の先を擦られて、目を向ければ、そこではふさふさとしたふたつの耳が、明確な意思を持って動いていた。

 「犬夜叉……」

 はたはたと耳を動かしながらも、呼ばれた名前に返事もせずに、犬夜叉は澄ました顔で目を閉じる。
 かごめはため息すると、なおも動き続ける諦めの悪いふたつの耳をしかと掴んだ。

 「なにするのよ」

 もう、と膨らませた頬は桃色に染まっていた。
 犬夜叉は掴んだ指先から器用に抜け出すと、かごめへと向き直り、薄い腹に顔を埋めた。
 そのまま甘えるようにぐりぐりと擦り付けて、ぎゅうっと抱きしめる。
 そしてちらりと目を向けて、赤らむ顔にこちらが優勢だということを知る。

 「暇だろうと思って構ってやったんだろ」

 ほんの少しだけ上げた口角でそう言うと、かごめは目を瞬かせ頬の赤みを強くした。
 熟れた林檎のような頬をひと撫ですると、犬夜叉は伸び上がりながら、何か言いかけた唇に口づけた。



  



まりーさんの素敵な絵に寄せて、書かせていただきました。
まりーさん、ありがとうございました!






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