ただいま、と帰ってきたら、妻が猫になっていた――――そんなことを言われて信じるものが、どれほどいようか。 まぁ、半妖やら妖怪やらがそこらにいるのだから、何があっても不思議ではないのだが。 つい先ほどまで、衣の紐や念珠をおもちゃに遊んでいた当人は、今は犬夜叉の膝の上で丸くなっていた。 すやすやと穏やかに眠るかごめを見つめて、犬夜叉は深々とため息をついた。 事の起こりは一刻と少し前。 もう既に東の空に、月が顔を出し始めた頃。 村での力仕事を終えて帰ってきた犬夜叉を待っていたのは、戸を引っ掻く音だった。 カリカリと聞き慣れない音に混じって、何やら動物の鳴き声がする。 具体的には猫のような。 首を傾げながら戸を開くと、そこにいたのは黒猫――――の耳をつけたかごめだった。 よく見れば黒い尻尾もちらちらと裾から覗いている。 「は?」 目を丸くし、呆然とする犬夜叉を見つけると、かごめは不安げな表情を一変させた。 「にゃぅ!」 可愛らしい鳴き声と共に、小さな身体は軽々と犬夜叉へと飛びついた。 「か、かごめ!?」 「みゃぁ」 名前を呼べば、くりくりとした瞳を嬉しげに細めて、頬ずりする。 犬夜叉が帰ってきた喜びを全身で表現している。 そんな熱烈な歓迎ぶりに幸せを覚えたのも一瞬。 半ば条件反射に抱きしめてから、首を振った。 愛しい愛しい妻が、こんなにも可愛く出迎えてくれている。 なんと素晴らしい話だ。 しかしそれは人であれば、の話。 当然、猫にされた理由も分からずに、手放しに喜べるはずがなかった。 「おい!何があった!?」 犬夜叉が必死に問いかけてみても、当のかごめは首を傾げるだけに終わる。 これでは埒が明かないと、かごめを抱え楓の元へ行こうとすると、さも悲しげな鳴き声が腕の中から聞こえてきた。 はたと目をやれば、先ほど戸を引っ掻いていたときのような表情。 「かごめ……?」 か弱い鳴き声と身体にしがみつく細い腕。 袴の裾から出た尻尾は、犬夜叉の手首に巻きついて離れないでいる。 犬夜叉の首筋に、頬や鼻先を必死に擦りつける姿も、全部全部、ただ甘えているように見えた。 そういえばここ数日、かごめを抱きしめてやったのはいつだったか。 眠るときこそ抱いてはいたが、のんびりと腕の中に囲うことは数えるほどしかなかった。 「甘えたかったのか……?」 「にゃぅ」 猫になってはしまったが、愛しい妻には代わりない。 もしかしたら、明日には元に戻っているかもしれない。 心配も不安も溢れるほどにある。 けれども今は思いきり、かごめを抱きしめてやりたかった。 「……明日は、楓ばばあんとこ行くからな」 かごめの頭をひょこりと生えた耳ごと撫でると、ぱっと表情が華やいだ。 そのまま小さな頭を、手のひらにぐりぐりと押し付けられて、なんだか妙に擽ったい。 照れ隠しに口をへの字に曲げながら、もうひと撫でふた撫でしてやると、気持ちよさそうに喉が鳴った。 「今日だけだかんな」 「にゃーう」 分かっているのか、いないのか。 ため息を零す犬夜叉にかごめは飛びつくと、カサついた唇をぺろりと舐めた。 「なっ……!!」 無邪気な笑みを浮かべるかごめに、頭を抱えた犬夜叉が、ひと晩どう過ごしたのか。 それはまた別の、内緒の話。 かわいく誘って 犬福さんのこちらの素敵な絵に寄せて書かせていただきました。 犬福さん、ありがとうございました! |