ふぅと吹いた筒の先から薄玻璃のような玉が次々に生まれては漂い飛んでいく。 漂い、風に揺られて、浮いて沈んで。 草の端にふわりと触れただけで、それは音も立てずに弾けて消えた。 ひとつふたつと消えても尚、次々と生み出される透明な玉は、近くで見ると七色がくるくると円を描いている。 「かごめ、それはなんじゃ?」 「これはねぇ、シャボン玉って言うのよ」 浮き沈みを繰り返しながら漂う玉に両手を伸ばしぱんと叩いてみたり、その手に乗せようとしていた七宝が尋ねる。 そして聞いたことのない言葉をかごめの声を辿るようにして呟くと、『綺麗じゃのう』とその目をきらきらと輝かせた。 「ね、七宝ちゃんもやってみる?」 「よいのか!?」 『もちろん』と微笑み桃色の容器と緑色の筒を七宝へと手渡すと、どうやらかごめはその“しゃぼんだま”とやらのやり方を教えているようだった。 七宝は先ほどまでかごめが咥えていた筒を口にすると喜び勇んで頬を膨らませながら吹いてみる。 しかしそこからはあのしゃぼんだまが作られることはなく、僅かな水滴とともに風が抜ける音がしただけだった。 二、三度繰り返してみても筒の先からは同じような風の音がするだけで、七宝はその先を片目で覗き見てからたった今まで上を向いていた尻尾を垂らしてかごめを見た。 「おらにはできんのか……」 「大丈夫よ、七宝ちゃん。優しく吹くの。ふぅって」 息の音も聞こえぬほどに優しくゆっくりと。 かごめが吹いてみせたその先からはやはり次々としゃぼんだまが零れ出ていく。 陽の光を受けてきらきらと輝き、時折陽の中に姿を隠しては再び透き通り七色の姿を見せる。 それは眩いほどに美しく目に痛い。 そう、まるで目の前で無邪気に笑う少女に似ていた。 再び小さな手に渡った筒を今度は恐る恐る、と言ったふうに七宝が吹くとその先は薄い膜を大きく膨らませ、あと少しというところで弾けた。 『あ!』と悔しげな声を上げながらもう一度。 教わった通りにそぅっとそぅっと。 漸く見せた七宝のしゃぼんだまはかごめのものと同じように風に揺られてその行先を変えていった。 きゃっきゃとはしゃぐ声も風に乗り共に遠くへ流れ行く。 その後も筒の先からぽろぽろ、ぽろぽろと。 数え切れぬほどのしゃぼんだまが四方八方へと漂い行くその中で、ゆらゆらとひとつここまで来たものは先ほどかごめが吹いたものだ。 他のものよりも少しだけ大きなそれは、風に揺られてはしなやかにその形を変えた。 目の前で僅かな浮き沈みを繰り返しながら、その七色の中に逆さに俺を映した後に鼻先に触れて、ぱちんと微かな音を残して消えた。 触れた鼻先と水滴の飛んだ頬には一瞬だけの冷たさを残す。 ふわりと香った爽やかな匂いはどことなくかごめに似ていた。 「どうしたの?」 ふと翳って惚けていた表情のままそちらを向くと、小首を傾げたかごめと目が合った。 「いや、」 この胸に空いた隙間をどう伝えたらいいのかも分からず口篭るが、かごめはさして気にする様子もなくただ『ふぅん』と返事をしただけだった。 そして横の茂みに腰を下ろすと軽く伸びをして穏やかに目の前を見つめる。 辺りには先ほどの爽やかな香りに甘さを混ぜた匂いが漂った。 それはまるでしゃぼんだまに包まれたようで。 「ね、綺麗でしょ?」 「ん?」 「シャボン玉」 七宝が吹き続ける無数のしゃぼんだまを、目を細めて見つめるその横顔は穏やかに微笑む。 「あぁ……綺麗だ」 気付かれないよう視線を送る。 吹かれ続けるしゃぼんだまは止むことがない。 柔らかな風がふわりと過ぎて目を閉じると、隣の匂いを一層強く感じて深く息を吸った。 閉じた視界のその奥も微かな光は差していて、浮くような微睡みは心地がよい。 上機嫌にかごめが何かを口ずさむ。 知らぬ音が俺の耳にはただ優しい。 その鼻歌はこの耳に触れるようにしてしゃぼんだまを揺らすのだろう。 少しだけ、しゃぼんだまが消えるまで、もう一度深く息を吸って吐いて。 ゆらゆらとした、この薄玻璃の中へと身を委ねた。 この薄玻璃の中にいるように。 |