「あっつーい」

 強い日差しを返した手のひらで遮りながら、かごめは痛いほどに輝く日に目をやった。

 「暑い暑い言うんじゃねぇよ……余計に暑くなんだろ……」

 煩わしく纏わり付く顎下の汗をぐいっと拭う。
 少しでも涼しいところで、と木陰に入ってはみたものの、僅かばかり暑さが落ち着いただけで、身体の線を辿り流れる汗は一向に引くことはなかった。

 「なによ、じゃあ寒いって言えばいいの?」

 「おぅ、暑い暑い言うよりましだ」

 売り言葉に買い言葉とでもいうのか。
 かごめは『あー、寒い寒い』と言い始めた。
 それがあまりにも幼く、思わず苦笑しながら『うるせーよ』と返すと、暑さで気が短くなっているのか食ってかかるようにしてこちらを振り向いた。

 「あんたが言ったんでしょ」

 「んなに言えなんて言ってねぇよ」

 わざとらしく膨らませた頬は紅を差したように、いつもよりもほんのりと色づいている。
 珍しく結われた髪は生温い風に遊ばれてふわりふわりと舞い、深緑の襟ははたはたとその風の行く先を教えた。
 強い日差しを受ける手足は細く白く輝き、晒された首筋を伝う汗はきらきらと輝きながら、ほんのりと日に焼けた胸元へと吸い込まれていった。
 思わずごくりと喉が鳴る。
 あの頬や唇に自分のそれを寄せてみたい、あの細い指先で触れてほしい、あの白い手足に自分のものを絡ませてみたい、あの伝う汗を舐めとりたい。
 どんな柔さの肌なのか、どんな甘さで触れるのか、どんな熱を携えるのか、どんな味をしているのか。
 突如湧き上がる本能は喉をからからに枯渇させる。
 潤うはずのない乾きに、溜まった唾液を誤魔化すようにしてもう一度飲み込むと、唸るような音がした。

 「犬夜叉?」

 ぼぅっとしている俺の顔を覗き込みながら、かごめは影を作る。
 枝葉の間から薄らと差す陽にちらちらと輝く頬の産毛は幼く、今の自分には少し痛い。

 「大丈夫?陽に当てられちゃった?」

 労る指先が湿った髪を避けて熱い額へと触れる。
 この暑さの中、意外にもかごめの指先はひんやりとしていて、それが柔らかく熱を奪っていく。
 それなのに身体の熱は冷めることはなくて、火種を燻らすようにしてじわりじわりと熱を上げた。

 「んなヤワじゃねぇよ」

 焦りを隠して離そうと掴んだ手首は驚くほどに細いかった。
 まじまじとその細さを見つめているとかごめが小さく首を傾げる。

 「どうしたの?」

 「……いや、なんでもねぇ……」

 「そう……」

 納得はしていない、とでもいうような返事と視線から顔を背け腕を組む。
 少しでも意識を逸らさないと、あの細い手首に再び手を伸ばしてしまいそうだ。
 それに次に伸ばしてしまえば掴むだけでは足らなくなる。
 現に身体の奥の火種は消えることは疎か、小さくすらなっていないのだから。
 目を瞑り熱の行方にやきもきしていると、ぱんっと乾いた音が聞こえかごめが立ち上がる気配がした。

 「よし!犬夜叉、川に行きましょ!」

 「は?」

 「川に行ってご飯食べましょ。で、水浴びしましょっ」

 言うが早いかかごめは返事も聞かずにいそいそと荷物をまとめる。
 黄色く大きな荷を背負う背中を唖然と見つめて声をかけた。

 「や、おれは別に」

 「私が行きたいの」

 『連れてって』と無邪気な笑顔を向けられて断る術などは残念ながら持ち合わせてはいない。
 考える間もなく気が付けば首を縦に振っていた。
 こいつはいつもそうだ。
 我儘を言うようにして気遣う。
 強請られるように言われて、それが自分のためだと気付いているのに『仕方ねぇな』とその我儘を聞くふりをして頷くおれに優しく笑う。
 その優しさにやわやわとおれの中で塊になったいろんなものが解されていく。
 そうして解されたその跡は空に游ぐ雲のように柔らかくなるのだ。

 手を引くようにかごめが掴んだ俺の手に、もう先ほどの熱さはない。
 身体の熱も消えはしないが、噎せ返るような本能は影を潜めた。
 あぁ、こいつには適わねぇと重たい腰を上げ、痛いほどの日差しを背負うかごめの手を握った。



  









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