寒の戻りも過ぎて、ぽかぽかとした暖かな日が続く中、もうすでに桜の木は薄い花弁を手放して青々とした葉を茂らせていた。
 陽が真上から少し西に落ちた頃。
 珊瑚たちと軽くお昼を済ませて、顔見知りの村人からお裾分けにと貰った饅頭を手に、柔らかな草の上に腰を下ろし何気ない話をする。
 すぐ目の前では珊瑚のところの双子が七宝の耳やら尻尾やらをいじり倒し、その隣ではそれを見てくすくすとりんが笑っていた。

 「ねぇ、かごめちゃんの初恋ってだれ?」

 腕の中のわが子のうっすらと生えた細い髪を親指でそっと撫でながら、思いついたように珊瑚が言った。

 「なぁにいきなり」

 「いや、なんとなくね。やっぱり犬夜叉かい?」

 饅頭を一つ珊瑚に渡して、私は『んー……』とさも考えるかのようにしながら、もう一つの饅頭を半分に割り、かぷりと小さく口に含んだ。
 しっとりとした生地の中にぎゅっと詰まった餡子。
 一口噛めば小豆の薄い皮が弾けて、そこから優しい甘みが零れてくる。
 久しぶりに食べた甘味に思わず頬が緩んだ。
 目を閉じてその甘みと幸せを噛み締めるようにしてゆっくりと咀嚼し嚥下する。
 ほぅと幸せを吐き出してちらりと横を見ると、『美味しい?』と微笑む珊瑚が同じように饅頭を半分に割っていた。

 「うんっ、すっごく!甘いものなんて久しぶりだわ」

 「あぁ、確かにそうかも。前はよくかごめちゃんが持ってきてくれてたからね。……で、どうなんだい?」

 脱線しかけた話を珊瑚は元に戻しながら、内緒の話をするようにぐっとその身を近づけてきた。
 こういったの話をするときの女子のきらきらとした好奇心に輝く瞳はどの時代においても変わらないものだ。
 妖怪を退治しその辺の男達よりも勇敢で、今となっては三人の子を持つ母となった珊瑚も例外ではなかった。
 そんな珊瑚の瞳に思わず小さく笑って、私は記憶を手繰り寄せた。

 「うーん、そうねぇ……」

 初めて人を好きになったのは、多分幼稚園のあのとき。
 今はどんな姿かも知らないけれど、同じクラスで駆けっこが得意で優しいあの子だった。
 その後もカッコイイなとかなんとなくいいなと気になる人は何人かいたし、それ以上にはっきりと“好き”だと感じる人もいた。
 目が合えば恥ずかしくて、上手に話せなくて落ち込んで、でもちょっとしたことがすごく嬉しくて。
 何気ないふとしたことでドキドキして、キュンとときめいたこともたくさんあった。

 「違うかなぁ」

 「違うのかい?」

 「うん」

 半分残った饅頭の皮をちまちまと小さくちぎっては口に運ぶ。
 お行儀の悪い食べ方だとは思うけど、昔のこととはいえ久々の恋の話になんとなく手元が落ち着かない。

 「あー、それはあいつ泣いちゃうねぇ」

 「ふふふ、確かにそうかも」

 冗談交じりに悪戯っ子のように笑いながらそう言う珊瑚は、紫の法衣を着たあの法師にどことなく似ていた。
 そんな珊瑚に私も同じようにして冗談交じりに返す。
 初恋が自分じゃないと知って拗ねる彼を想像して、くすくすと声が漏れる。

 「でもね、それ以外は犬夜叉かな」

 そう、初恋以外は。
 指を絡めて手を繋いだのも、柔らかく口づけたのも、熱を混ぜるようにして甘く身体を重ねたのも。
 傍にいれば安堵して、逸らされた目に苦しくなって、離れてみて思い出にもできないほどに恋焦がれた。
 独りで進もうとするその背中を支えたいと、澄んだ瞳を見てこの人を守りたいと思った。
 ずっとずっと、犬夜叉の傍にいたいと思った。
 初恋が彼じゃないのは残念だけど。
 でもそれだとまるで私ばかりが彼を好きみたいでなんだか悔しい。
 ただでさえ以前よりもたくさんのことが犬夜叉で染まっているというのに。

 「そんな表情されたらこっちが照れるじゃないか」

 ぼぅっと日常の所かしこに散らばる犬夜叉のことを考えていると、からかうような珊瑚の声に意識を戻された。
 ポッと熱くなった頬を抱えた膝で隠すようにして俯くと楽しげに珊瑚が笑う。

 「さて、と。そろそろ旦那様たちが帰ってくるんじゃないかな?」

 「……今度は珊瑚ちゃんの話を聞くからね」

 「はは、覚悟しとくよ」

 今度は珊瑚の初恋を聞いてみよう。
 根掘り葉掘り、その余裕の笑みを赤く崩すくらいに。
 初恋の相手はやはりあの法師なのだろうか。
 それとも自分と同じように、全くの違う人なのか。
 袴についた土や草を軽く払いながら、花を摘んで遊ぶ幼子たちに声をかける。
 先程よりも陽は傾き、うっすらと西陽が差し始めている。
 犬夜叉たちが帰ってくるまでにはもう少し時間があるだろう。
 今日は村の入口まで迎えに行ってみようか。
 出迎えて『おかえり』と、早く会いたかったことを伝えよう。
 多分照れながら『ただいま』と言ったあとには、目尻を下げて嬉しそうにしてくれるだろう。
 そして今日の彼の勇姿を聞いて、私も少しだけ恋の話をしよう。
 拗ねて照れる素直じゃないけれど表情豊かな彼を想像してときんと胸が鳴った。

 「ごーめー、てー」

 きゅっと繋がれた小さな温かい手に犬夜叉の手を思い出した。
 今日もあの大きな手にたくさんの報酬を抱えてくるのだろうか。
できれば今日は少なめであってほしい。
 手を繋いで帰れるといいなと、空いた右手で指を絡ませる真似をした。



  Love Wonderland!







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