犬夜叉たちとの突然の別れから、もうそろそろ季節は三巡しようとしている。
 戦いが終わり井戸が閉じたとき、不安はあれど、またあちらに行けるのではないかと期待していた。
 しかしいくら願えども祈れども、井戸が通じることはなくて、もちろん彼らに会えることもなかった。
 もうあれは夢だったのではないかとも思えるが、あのときの制服がそうではないと教えてくれていた。

  ***

 もうまもなく春と言えども、夜の空気はまだ冷たい。
 小さく身震いして口元まで布団を引き上げ、ほぅとため息をつく。
 近頃はぐっすりと眠れることが少なくて、目を閉じればすぐにでも眠れそうだ。
 それというのもあの夢のせいなのだ。
 こちらに戻ってから何度も見るあの夢せい。

 鮮やかな新緑を揺らす穏やかな風。
 きらきらと草花についた朝露を照らす木漏れ日。
 懐かしい空気にあの場所だとわかる。
 すぐそこの茂みを越えれば、恐らく骨喰いの井戸があって、この先にはあの大木がある。
 そしてその下には会いたくて仕方がない彼がいるのだ。
 夢だとわかっていても、結末を知っていてもそこへと足が動く。
 早鐘を打つ胸をおさえながらたどり着くと、やはり彼はいた。
 緋色の鮮やかな衣に白銀の髪を靡かせて、振り向き私を認めると、はちみつ色の瞳で優しく私を見つめながら口元を緩める。
 そして大きな温かな手を差し出しながら、大好きな声で私の名前を紡ぐのだ。

 “かごめ、かごめ”、と。

 それがたまらなく嬉しくて手を伸ばすけど、その爪先に触れることすらできなくて、無我夢中で追いかけて、気づけばいつの間にか辺りはただの闇になっていた。

 はっ、と目を開けて、いやな汗を拭いながら呼吸を整える。
 ぐるりと見渡して見慣れた部屋に安堵するとともに、また夢だとわかって涙がこぼれた。
 まるでもう会えないよ、と。
 もう触れられないよ、と。
 もうさよならだよ、と言われているようで。
 いっそ嘘ならよかった。
 私を呼ぶ声も、見つめる瞳も、差し出された手も、おぶさった背中の広さも、埋めるとお日様の匂いのする髪も。
 夢や幻ならこんなにも苦しい想いをしなくてもよかったのかもしれない。
 もうどれだけこんな時間を過ごしたか。
 あとどれだけこんな時間を過ごすのか。
 こんなにも辛くて苦しくても、もう忘れたいと思っても、それでも彼を夢に見て喜んで駆け寄る自分がいる。
 触れたり微笑みあうどころか、好きの一言も伝えられないのに。
 諦められずに、どこにも行き場のない想いを引きずっている。
 彼の姿や声や匂い、触れた感覚がどれだけ曖昧になろうとも、会いたいと、好きだという想いは、ただそれだけに埋もれてしまいそうなほどに募る。
 あの時たしかに私はあそこにいて、彼と出会って、彼を好きになった。
 この胸を掻きむしりたくなるくらいに、想いが溢れ出す。
 好きなのだ。
 好きで好きで仕方がない。
 どうしようもないくらいに彼を求めて止まないのだ。
 叫びたくなるほどの想いに苛まれて、クローゼットの奥にある制服に手を伸ばす。
 擦り切れた袖口に、薄汚れたスカートの裾、深緑の襟は隅の方が少しだけ綻んでいる。
 懐かしいその制服を抱きしめれば、少しでも向こうの世界を感じられる気がした。
 溢れ出る涙に制服が歪み、詰まる鼻がそこから漂う匂いを鈍らせる。
 嗚咽に喉がつまり胸苦しさが増す。
 涙が滲み所々にあとを残した。

 「…しゃ、いぬや、しゃ…」

 夢の中でしか会えない、夢の中ですら思うように会えない彼に会うために再び瞼を伏せた。



  










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