涙の訳は







いつだったのだろう。
―――…君を思い始めたのは。
そんな事を言ってみたりして。
実際最初からだったのかもしれないと思った。
自分が生まれてからずっと一緒にいてくれたから。
それはある目的の為だったけれど。
あまり考える事は好きじゃないから、今好きだという気持ちだけでいいや。

そう、割り切れたらいいのに。








アクゼリュス崩壊後、魔界で断髪した。

…―――変わる。

そう決意させたのは、
アッシュと繋がっていたお陰で。

只不貞腐れていただけの不甲斐無い自分と、人々の救済へと赴く皆とを比較する事が出来たから。

これは、アッシュが故意にしてくれた事なのではないかと後々気付いた。



そして―――…


…ガイ。


彼の言葉―――「あいつを信じる」

冷え切った心がじんと温かくなるのを感じた。


それから、

それから、急いで彼の待つ場所へと向って、

急いで彼の元へと走って、

「ありがとう」そう言うと彼はとても驚いた顔をしたけれど、すぐに笑ってくれた。




それを見て、昔初めて歩く事が出来るようになった時を思った。

当時の事を聞かれると、覚えてねぇよなんてそっぽ向くけれど。

本当は、しっかり覚えてる。

あの笑顔は、彼の愛情を感じた瞬間だった。



未だ、その愛情に満ちた笑顔を見せてくれる。

それがどんなに大切で、幸せな事か。

今までそんな事にも気付かなかった、自分。

とても申し訳なかったが、これから変われば良い。

誠心誠意を持って、もう一度、皆に信頼されるような人間になってみせる。

ガイが信じてくれると言ったから、答えて見せるんだ―――…。
















旅先、とある宿に泊まる。

アクゼリュスのあの一見以来、夢で魘される事がほぼ毎日のように続いた。

眠いのに眠れなくて、もぞもぞと何度も寝返りを打つ。


「………」


その晩、同室となったガイがそんな自分に気付いたのか、声を掛けてきた。


「眠れないのか、ルーク」

「―――あ、起こしたよな。ごめん」

「いや、いいんだ。俺も眠れなかったし」

「…そっか」


もぞもぞと身体の向きを移動させたら、



「ガイ」

「ん?」


暗闇からも分かる金髪が揺れる。


「そっち、行っても良い?」

「…いいよ、おいで」


小さい呟きも聞き取れる程の静寂が、俺達を包んだ。










「なんだか、昔を思い出すなぁ」

さみぃよ、言ってガイの胸へと擦り寄る。

何も言わずに抱き込んでくる彼は、しみじみと昔を懐かしむような瞳でまるでどこかの年寄りみたいだ。


「何が?」


そんな彼を見上げて問うてみた。


「お前、眠れないとよく俺の部屋に来てただろ?」

「あー…そういえば」


そういえば、なんて。

俺もそれ思ってた。




木々が風に揺れてざわざわしてる、暗闇の中を一人歩いて。

太陽が出ている時とは、打って変わって不気味な館を涙堪えて進み行く。

俺の向日葵を、ガイを目指して。

やっと会えたその喜びは、秘密だぞって部屋に入れてくれたその温かさは、癖になるから。





「メイド達が騒いで大変だったよな。『ルーク様の夜這い』」

「?」

「はは、お前にまでは伝わらなかったか。ま、旦那様に知れたら俺の首が危なかったからなぁ」

「夜這い、か…って、おい!!」


ななななんだよ、それ。

幾分遅れて反応を返すと、そんな俺を見てガイは笑った。


「…む、何笑ってんだよ」

「ごめんごめん。いやさ、その時のお前を思い出して」


くくっと笑い止みそうにもない、彼を呆れて見返した。











「ガイさ。昔の俺の話し好きだよな」


もういいあっちい、彼の抱擁を解いて枕元に頬杖をつくと、ちらと視線を向ける。

それに気付かない彼に、ふんと鼻を鳴らして己の足をベッドにたたき付けた。


「そうか?」


やっと笑いが治まった彼も眠る気がないのか、ベッド脇に腰掛けて。


「そうだよ。何かに付けて『昔のルークは』だ」

「そんな事ないさ。今のルークも同じだよ」


大げさに、冗談みたいに、肩を竦める彼は信用ならない。


「…………」


もう、大きくなって可愛いげもない俺は要らなくなった?

素直になれない、そんな捻くれた俺は。

もし、変わったのなら今一度抱きしめて微笑んでくれる?


「どうした、ルーク。何不貞腐れてるんだ?」


黙り込む俺に、言ってみろよ、なんて優しい声音騙されそうになる。

だって、それ、他の奴にも使うんだろ。

本当は、俺だけにその優しさを向けてほしくて。


「別に…だって、本当の事だろ。ガイは昔の俺ばっかりだ」


こうやってふて腐れるのも、俺だけを見て欲しいからなのに。


「ルーク…」


だのに、困ったような顔をされる。


困らせたい訳じゃないのに、と思う。

けれど、俺の想いはお前をただ困らせるだけだったから。


「こんなんじゃ駄目だな、俺」


それを諦めるみたいに、ふっと短い息を付いた。


「変わるって言ったのに。またガイに寄りかかろうとしてる」


寂しさを紛らわすみたいに、明るい声を出した。


「さ、寝よ寝よ」


再度、自らのベッドへ潜り込もうと布団から抜け出す。



と、


「ガ、イ?」


腕を捕まれた。


「寄りかかれよ、もっと」


引かれた力のまま倒れ込むと、ぎゅっと細くも逞しい腕に抱きしめられる。

苦しい、呟くが聞く耳を持たないのか聞こえないのか、少しも力は緩められる事はなかった。


「まだ、まだ親離れは早いんじゃないか?」


親、か。

お前にとって、未だ俺はそういう存在なのか。


「いきなり変わろうとして無理したって、お前が壊れちまうよ」


少しずつ、変わっていけば良いよ。そう言った彼。


「ガイ、」


その優しさは、
息子?はたまた弟?一体、誰に対してのものなんだよ。


嗚呼、少しばかり

涙が出てきて。


「………ぅっ」


か細い泣き声を聞かれたくなくて、己の顔を彼の片口に押し付けるみたいにした。


「…辛い時は、誰だって寄り掛かる場所が欲しいもんだよ」


いつだって、言ってこい。

俺が傍に居てやるから。


そっと髪を梳かれる。


見当違いなその言葉に、
《本当に欲しいのはアイシテル》

涙が止まらなくなった。
《その言葉は、いつか他の誰かに囁くのだろう?》


「ルーク」


優しくされたら、いつまでも君を想ってしまうから。
《それでいて、また君から、離れられない》







涙する訳は、
(その優しさが胸に痛い、よ)







Since:2007.12.31
ガイの思わせぶりな態度は、本当に想っているからである。



 

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