おやすみなさい





昔々、あるところにルークがいました。

朝が来て、
昼が過ぎ、
夜になり、

世界中の皆が寝静まった頃、ルークは眠れないので外へ出ました。

外と言っても、この世に誕生した時にとても悪い預言を告げられたルークはお屋敷の外へは出る事が出来ませんでした。

ルークはそのお屋敷に比べ小さな小さなお庭に出ると、夜空一面に広がる星達を見ました。


…―――ふと、ガイの事を思い出しました。

ガイは髪の毛がひまわりの色(えと、なんていってたっけ?きいろ…?)で、とってもキレイで、ルークの一番大好きな人です。


「ガイに会いに行こう」


そうしてルークの小さな冒険は始まりました。











「がーいー」


一人で歩く廊下は素足には冷たく、暗く、しんと静まり返っていました。

一人は淋しく、ルークは泣きたくなってしまいました。


「うぅ…」


けれども、ルークは思い出しました。

『男はそう簡単に泣いちゃ、ダメだ』

ガイは、いつも言っていました。

ルークが転んで泣きそうになると、そう言っていたのです。


「ぐっ」


ルークは小さな小さな拳を握り締め、涙をぐっと堪えました。


『がい、おれ、なかなかったっ』

そう告げた時の彼は、自分をぎゅっとしてくれるから大好きでした。


「(はやく、ガイにあいたい)」













彼の目指す部屋までの距離は、とてもとても短いものでした。

しかし、つい最近歩けるようになった彼にとってそれはそれは長い道のりでした。


庭に植えてある木や草花がいつしか絵本で見た、あの怖いお化けに見えたり。
屋敷に飾られている鎧兜を通り過ぎると、カタンカタンと音が聞こえてきます。
さらに、ルークが三歩歩けば、三歩分の足音が何処からともなく聞こえてくるし。
怖くなって走ってみれば、それに比例して足音も速度を増すのです。

けれどもそれは、広い廊下でしたからルークの足音が響いていただけなのでした。


それでもやっぱり、ガイに会いたいルーク。

これでもかと言うくらいに強く目を瞑り、小さな手の平で両耳を押さえつけて塞ぎ、時々つまづきながらも、前へ前へと進みました。

ルークはよちよちとことこ歩いて走って、やっとの事でガイの部屋までたどり着きました。













「………」


こん、こんこん。


「……がい」


もう一度。こんこん…控えめなノックが響き渡ります。


「がい、がい」


早く起きて。早くしないと恐いお化けが来るんだよ。
後ろから着いて来る足音は消えましたが、またいつ現れるかルークには分かりません。

もう一度、ドアを叩こうと手を握り締めた時。
かちゃり、ドアノブを捻る小さな音がしました。


「ルーク?」


真っ暗な屋敷内に、黄色の光。開いたドアから顔を出したのは、ルークの捜し求めていたガイラルディアでした。


「お前、また来たのか。駄目だって言ったろ?」


ルークとガイは主人と使用人と言う立場です。
しかし、幼いルークにはそれが何なのか理解で出来ません。

本来は従者と同じ床に入るなどあるまじき事なのですが、小さなルークには分からなかったのです。

「がいはおれがきらいなの?」


ですので、『来るな』と言われて悲しくなってしまいます。


「そんなこと、ある訳ないだろ」


じわりと瞳を濡らす涙を右手でごしごし擦ると、優しい声と共に抱き上げられてほお擦りを受けました。
暗くてガイの顔はよく見えませんでしたが、微笑んでいるようです。
良かった、ルークは思いました。


「がいといっしょがいい」


一人は怖いし寂しいものでした。

かと言って、両親の所へ行けば公爵としての…と説かれますし、何より自分を見ると泣きそうな顔をする母上の元にいると落ち着かない気分になるのです。

なので、優しく温かく自分を包んでくれるガイがルークは一番好きでした。
大きな手に頭を撫でられると、いつまでも一緒に居たいと思います。


「がい、」


お願いと抱き着けば『参ったなぁ』と少しばかり嬉しそうな声を聞きました。


「…内緒だぞ?」


そっと手を引かれて連れられたガイのベッドはルークのそれと違い固くてごわごわして質劣るものです。

しかし、それがルークには最高に寝心地良いものなのでした。


「おやすみ、ルーク」






おやすみなさい
(きみのそばでしか、ねむれないの)




2009.12.19


 

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