貴方専用の恋人








「…死武専から離れるな、か」

それは、死神様から離れる事を許されないという意味であって。
つまり、彼はこれから(少なくともこの争いに決着が着くまで)完全に死神様の武器という事になる。

「まぁ、これは一大事だしなァ。仕方ないっちゃ仕方ないんだけど」

指で挟んだ煙草の煙を燻らせて、椅子の背もたれに体重を掛ける。
ぎぎっ、ぎ。その椅子は古いもので、俺の体重に堪えられず鈍い音を上げた。

「でもなー…」

傍にいて欲しいんだ。
仕事と思うも煮え切らない。こんな気持ち、十数年ぶりだ。























もう二度と手にする事はないと思っていた“彼”を目の前にして、手に取って、俺は知らずの内にソレを渇望していたのだと気付いた。ぞくりと粟立つような感覚。魂の興奮は衰える事をしらず喜びに奮えて。彼の魂も少なからず興奮を覚えているようだった。
笑いが、止まらなかった。
先輩もこの日を待ち望んでたんじゃないか。


先輩、先輩先輩せんぱいセンパイねぇスピリット。俺、まだ貴方を―――…







『こら、シュタイン!』
何やってんだやめろ、解剖しようとすれば俺の名を呼び叱咤する声がする。長い説教は俺を苛つかせるのに。

『…んだよ、こっち見んな』
そうやって、頬を染めるアンタは馬鹿で。余計に興味を、欲をそそられるだけなのに。
そんなばかなあんたが、好きなんだ。











「シュタイン、」
「あ、先輩」

死武専の長く続く廊下の角を曲がると、目立つ紅髪と鉢合った。
最近デスルームに入り浸っているらしいスピリットとまさか会えるとは思ってなかったので、どきり心臓が跳ねた。

「…久しぶり。最近どうです?」

なんて安っぽい言葉。
有りがちな、そんな挨拶。別に言葉なんて用意していなかったから、それしか思い付かない。会いたかったくせに、会った時の事は考えてはいなかった。

「別に、話す事なんてねぇ…あ、」
「ん?何です」

何か思い出したように声を上げたので、何かと問う。対して先輩はもごもごと口ごもるから、聞こえないよと声を掛けた。
すると、今度は凄い勢いで首を振る。

「い、いや。ほんと何でもないから」
「…なに?」
「本当、いいよ。俺が女々しかった」

じゃあな、と横を通ろうとする先輩は全くじゃあなという雰囲気ではなくて。

「死神様と、何かあった?」

逃げる先輩の腕を捕まえて、問う。途端、かあと朱くなった頬。アンタってつくづく隠し事苦手だよね。

「ね、なんかされたんでしょ」
「は?違ぇよ…ほんと、何でもねぇから離せ!」

ほっとけよもう構うな俺に!掴まれた腕を振りほどこうと暴れる。俺は先輩に危害を加えるはずないのに。叫び散らす彼に苛ついて、強引に引き寄せ口を塞いだ。

「…なに、もう俺は触れる事すら赦されないの?」

触れただけの唇、名残惜しくてゆっくりと顔を離した。は、短い息を吐くソレに指を這わせてすべらかさを味わう。

「…それとも、死神様に色々と教えて貰ったから?」
「違うそうじゃねぇ」
「先輩、」

俺、気が狂いそうだ。

「分かったから。分かったから、そんな顔すんな」


「ほら、これ。やるよ」

差し出されたのは、小さな花が押してある栞。

「好きだろ、その花」
「………」

何だこれは。ご機嫌取りのつもりか。
それにしたって何だってこんなものを持ち歩いてる?デスサイズと謡われる彼だが、頭はめっぽう弱く、活字を目にしたら頭痛に見舞われるという奇怪な持病を抱える。栞が必要な本を読むはずがない。
意図が掴めない。
上目にちらちらと俺を見る先輩は、唇を尖らせている。照れてる、のか?

「ほら、俺がデスルーム入り浸って学校行かなくなったから、会えなくなっただろ?それなのに…最近、俺ん家にも来ないから」

驚いた。アンタ、それ言ってる意味分かってる?
寂しい、会いたい話したい触れられたい。つまり、そういう事でしょ。

「い、嫌な奴でも、毎日毎日顔合わせてたら日課になっちまうだろ。そんなもんだろ?デリケートな俺なら尚更だしな!」
「はぁ、そんなもんなんですか?」
「そんなもんなんだよ。だから、んとにさ、調子、狂うんだよ」

摘んだ花だって、枯れちまうし。
俯いた彼の発する言葉の語尾が、だんだんと小さくなっていった。

「何怒ってるか知らねぇけどさ、それやるから機嫌直せよ。な?」

俺に渡そうと雑草に近い小さな花を探して摘んで、花瓶にでも挿したんだろう。しかし待てども俺が来ないから、花は元気をなくしていって。彼なりに考えた末、それを押し花にして栞を作り永久保存する形となった訳だ。
不器用な先輩が小さな花を、俺を想いながら。
嗚呼、笑いが止まらない。

「あ、笑うんじゃねぇよこらシュタイン!」

ハハハ、と俺にしては豪快かつ爽やかな笑い声が響く。
一方の先輩は、「あれ、笑って良いのか?この場合」なんて独り言を始める。

「もう、怒ってませんよ。大丈夫」

笑い掛けてやれば、それを見てほっとしたような顔をするも慌てて姿勢を正す先輩。俺の一挙一動でころころと変わる表情がかわいい。

「毎晩通い詰めしますから、そんな寂しそうな顔しないで下さい」
「毎日来んのかよ!ってか、誰が寂しいか!!」
「先輩からのお誘いを無下に出来る訳ないでしょ?」

喚く先輩の腕を乱暴に引き寄せて抱きしめれば今度は暴れる事なくて、暫くしてゆるりと腕を回された。

「やくそく、まもれよ」
「…はい」








「あーあ、スピリット君を物にする絶好の機会だったのにねぇ。逃しちゃったみたい?」






貴方専用の恋人
(恋人なんて、認めた覚えねぇよ!なんて、そんな顔で言われても)



2009.8.24
スピリットは死神様専用の武器だけども、ってお話。花の話はまた。


 

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